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第1章

 地に撒かれた白い花が香り、太鼓がとうとうと鳴った。人々の顔は喜びに輝き、皆祝福の言葉を口にする。楽の音が高くなり、愛らしい乙女たちが舞い踊った。

 舞い踊る娘たちのなかから、白い装束に身を包んだ、一際美しい娘が現れた。小麦色の艶やかな肌に、黒い絹のような長い髪。その目は碧玉さながらに輝き、唇はアネモネの葩のようである。肌の色こそ浅黒いが、高い額に細い弓のような眉、すらりとした体つきは、ギリシアの絵壷から抜け出た姫君さながらの気品に満ちている。彼女の名はジーナ、美しい花嫁である。優しい瞳にすっきりとしたその姿は、欧州広しといえど、これほどまでの美姫に見えることはまずあるまいと誰もが思い、はっと息を呑むほどの美しさである。

 美しいジーナに、一人の若者が優しく腕を差し出した。彼もまた、白い装束を纏い、白い帽子を身につけている。すらりと背が高く、遠くを見るように澄んだ切れ長の瞳は黒曜石の黒。きりりとした黒い眉にすっきりと鼻筋の通った顔立ち、象牙のように白い肌。白い花婿の装束を着た彼の姿は、地上に舞い降りた若い楽神そのものだ。彼の名はアーロン、吟遊詩人であり、国一番の美姫ジーナの花婿だ。これまた、女も男も皆惚れ惚れと見蕩れるほど、美しい若者である。

 ジーナは彼の手に、自分のほっそりとした手をそっと重ねた。二人は優しげに見つめあい、そして微笑んだ。人々の祝福の声はますます高くなり、白い葩が二人に降り注いだ。  

 美しい二人は、部族の誇りだった。婚礼の宴席は粗末ではあったが、誰もが幸福に酔い痴れていた。噎せ返るような白い花の香り、鳴り響く楽の音。舞い踊る娘たち、晴れ着に身を包み、喜びに満ちた人々の顔。歓喜に朦朧としつつ、アーロンとジーナは手に手を取って天幕へ入った。天幕の外では、一晩中賑やかな宴が続くことだろう。だが、二人が床に就こうとしたそのとき、華やかな宴席に似合わぬ、いかつい鎧を着た衛兵が現れた。

 突然やってきた招かれざる客に、人々は死神を見たかの如く慄いた。楽の音はぴたりと止み、たった今まで陽気に歌い踊っていた娘たちも、その場に凍りついたようになってしまった。

「ジーナという名の娘はいるか?」

 割れ金のような声で衛兵は尋ねた。だが、誰も彼もが口を噤み、答えるものは一人とてない。辺りは、ただならぬ沈黙に包まれた。

 天幕の外の異変に気付いたアーロンは、思わず外へ歩み出た。衛兵の姿を見て、彼は一瞬驚いた。だが、彼はすぐに穏やかに、しかし威厳をもって衛兵に向かった。

「衛兵殿、私はこの宴席の主、吟遊詩人のアーロンと申します。我々は貧しいジプシー、住処を定めず、街から街へ流離う身です。しかし、我々はお役人に咎められるような、やましいところはございません。それは天がご存知の筈。本日は我が婚礼の日、どうかお引取り願いたい」

 衛兵は横柄に答えた。

「お前のような小童に用があって来たのではない。ジーナという娘はどこだ」

 アーロンは軽く息を吸い込み、応じて言った。

「ジーナはそれがしの妻。如何致しましたか」

 衛兵は続けた。

「国王がお前の妻を御所望だ。大人しく差し出すがよい」

「お断り申し上げます」

 アーロンはきっぱりと言い切った。人々はどよめいた。

「私は貧しい身、あるのは妻と、父が遺したこのリュートのみ。王様は財宝に囲まれ、多くの美姫を侍らせていらっしゃるとお伺いします。お慈悲をもって、どうかお引き取り下さい」

「生意気な小僧だ」

 衛兵の剣が鞘走り、アーロンの右肩に深く斬り込んだ。彼は気を失って倒れ、衛兵はずかずかと天幕に入り込んだ。衛兵はジーナをじろじろと見回すと、恐怖に慄き、必死で抵抗する彼女を、無理矢理馬に乗せ、王宮へと連れ去った。

 暫くして、漸く我に返った人々は、すぐさまアーロンに駆け寄った。肩から血が流れ、意識を失っている。華やかな宴席は、一瞬にして嘆きの底に突き落とされた。

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