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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第一章
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賢者様は聖女様でした。

 それから、すっかりいつもの優しげな態度に戻った勇者とともに、洞窟をひたすら登ったり下ったりしつつ、たまに魔物と出くわしては戦闘。私は上から滴る水滴で濡れた岩肌ですべって転倒して、たまに迷惑をかけつつ、何とか上の迷宮に戻ることが出来た。


 戻ってからは早かった。勇者が女であれば見境なく発揮されるほほ笑み落としの能力で女の魔物を捕獲して、案内役もゲット。あれよあれよと言う間に最奥部へと到達することが出来たのだった。


 と言っても、まだ仲間たちとは合流出来ていない。彼女たちも恐らくここへ向かっているのだろうから、いつかは合流出来るだろうし、何よりとんでもない人々ばかりであるため、放って置いて問題ないよという勇者のむしろ問題発言に突っ込みを入れつつ、私たちは奥へと進む。


 やがて、最奥部にあるという祭壇がある場所へ続く扉の前に辿りつくと、勇者は案内してくれた亜人種の、緑色をしたやや醜い女の魔物の急所を突いて気絶させ、適当な場所に寝かせてやると、改めて扉と真っ向から向き合った。


 簡単には開きそうにない、重厚な鉄製の扉だ。


「何か、開けるために必要な呪文とかありそうですね」


「……面倒くさい」


 勇者はだるそうな様子で言うと、やおら手のひらを扉に向けてかざした。私はまさか、と思って止めようとしたが間に合わなかった。


爆雷風(イクスプロージョン)!」


 何かに触れると凄まじい爆発を引き起こす雷撃をあっさり放ったのだ。それは小さな音を立てて扉に触れたあと、凄まじい勢いで爆発して扉に大穴をうがった。


 ちなみに、魔法や神聖呪文を使う場合、魔力や精神力が必要になるのだが、勇者が魔力不足に陥っているのをわたしは今まで一度も見たことがない。つまり、強力な魔法が使い放題というわけだ。何でも、精霊たちに祝福されまくっているため、足りなくなる前に彼らが勇者が望んだ術を発現させてくれるのだそうだ。ゆえに、勇者自身は魔力を消耗しないのだそうだ。


 それはともかく、私は頭を抱えながら勇者にもの申した。


「ああああ、もしここが崩れたらどうするんですか、生き埋めになって人生終わるのは嫌ですよ私!」


「大丈夫だよ、地の精霊が俺を守ってくれるから」


「それは貴方だけに適用されるのであって私には影響しないんですよ?」


「うん、だからリフィエが俺にくっついてれば平気だよ」


 爽やかな笑顔でいけしゃあしゃあと言う勇者。私は何だか頭が痛くなってきた。


「何言ってるんですか、ここには町のひとたちや賢者様もいるし、仲間たちだっているんです。お願いですから無茶は止めてください」


「そうだったね、ごめんごめん」


 謝罪の言葉に誠意がかけらも感じられない。それだけではなく、目が笑っていない。私は肩を落としつつ、何がそんなに気に障ったのだろうと考えながら言った。


「……何か、まだ怒ってますよね? 言いたいことがあればここを出たらいくらでも聞きますから、町の人たちと賢者様を助けるまでは普通に行動してくれませんか?」 


「後でちゃんとさっきの質問に答えてくれると約束してくれればそうするよう努力するよ」


「わかりました」


 私は渋々そう言った。実際、先ほどの質問に対する答えなど全く変わっていないのだが、ここはそう言っておかないと困る。すると、勇者は満足そうな猫のように目を細めて、扉に向き直ってから、いつもの軽い調子で言った。


「よし。じゃあ約束だ。

 ……あのさ、ここはこの程度の爆発じゃ崩れないよ。わかってたからやったんだ……町の人たちもいるかもしれないってのに、そんな無茶はしないよ」


「そうですけど、穏便に済ませる方法を選択して欲しかったんです」


 私はため息をつきつつ言った。


 勇者は「今度から気をつけるよ」と気をつける気が全くなさそうな返事をした。彼のやることが上手くいかなかった試しはないので、大丈夫なのは理解しているのだが、いかんせん、心臓が悲鳴を上げている。あまりダメージを負いすぎると早死にするかもしれない、と本気でそう思った。


 やはり、私は表舞台には向かない人種のようだ。


 そんなことを思いつつ、爆発で大穴が開けられた扉からに近づく。大穴からは中の様子がすっかり見えた。そこは比較的広い広間のような場所で、中央にある巨大なクリスタルが青い輝きを放って室内を照らしている。私は勇者につづいて中に足を踏み入れると、大きく息を飲んだ。


「……まさか」


 エーミャの言っていた言葉を思い出して、私は唇を引き結んだ。


 中央に輝くクリスタルの中には、美しい女性が閉じ込められていた。まるで眠っているかのような穏やかな顔だが、その顔には見覚えがあった。


「聖女、レフィセーレ様」


 金糸銀糸で縁やすそが飾られた白い法衣をまとった美しい姿に、私は思わず顔を歪めた。


 少しだけくせのある流れるような黒髪。すらりとのびた手足。その声は優しく、弦楽器のように響く。彼女の声を聞いて、恍惚となる者すらいる。閉じられたまぶたの向こうには、エメラルドグリーンの輝く瞳が眠っていることを私は知っていた。


 生まれる前に予言を受け、魔王と戦い、この世界にはびこる呪いを完全に浄化するという宿命を背負わされた聖女レフィセーレ。彼女は、人々の期待にこたえるためだけに生きてきた。少し前に、大神殿が勇者を召喚したことに怒ってひとり旅立った後も、人々を救いながら巡礼する美しい人のうわさが絶えたことはない。


 私はその痛々しい姿に、思わず口を手で覆う。


 それから、隣の勇者を見ると、――彼は見惚れていた。それまでの軽い調子はなりをひそめ、初めて世界を目にした子どものように、聖女レフィセーレに魅入られていたのだ。


 私はその目を見て、心臓が冷たい手で撫でられたような感覚がした。全身が、氷で出来た彫像に抱きつかれたみたいに冷えて行く。先ほど願った勇者に相応しい相手。レフィセーレは間違いなく相応しい人物だった。


 しかもお互いに、魔王を倒すという使命を持つ者同士。


 これほど整った状況があるだろうか?


 ――恋に落ちるのに……。



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