運がないのです。
地下通路は迷路状に広がっていた。壁には等間隔に松明を差し込む器具がとりつけられていて、炎が明々と周囲を照らしている。おかげで進むのには困らなかったものの、曲がり角や行き止まりのたびに魔物と出会い、その度に戦闘になる。エーミャの案内があっても、なかなか目的の場所へと辿りつくことが出来ず、私たちは焦れてきていた。
「くそ、何でこんな凝った造りになってやがるんだ」
苛立ち混じりに勇者が吐き捨てる。
私も同じ気持ちで、ため息をつきつつ、疲れから壁に手を掛けた。すると、なにやら「がこん」と音がして、遠くで何かが唸るような音がしはじめる。私は青ざめた。一斉に振り向いた三人から凄まじい非難の視線が浴びせられる。
すみませんごめんなさいゆるしてください。
「なあ、この音ってまさか……」
勇者の言葉は最後までつづかなかった。私の足もとにいきなり大きな穴が開いたからだ。当然、とっさの行動に移れない私は悲鳴すらあげられずに落とし穴に落っこちる。勇者が「リフィエ!」と切羽詰まった顔で叫び、手を伸ばした。私も手を伸ばしたが指先は空を切るばかり。これは人生終わったなと思った瞬間、勇者が飛び込んできた。
私は目を疑い、耳に三人の絶叫を聞きながら、地下へと落下していく。
勇者は両手を伸ばして、私の手をつかむと、自分の方へと抱きよせて、下方に向けて呪文を唱えた。それは風を起こす魔法で、私たちは地面に叩きつけられる寸前にふわりと浮きあがり、地面へと着地することが出来たのだった。
☆ ☆
落とされた先は、天然の洞窟のような場所だった。けれど、かがり火がいくつも置かれているので、もしかしたら人工的に作られた場所なのかもしれない。足もとを見れば、なんとなく血の跡があるような気がして、私は気分がますます落ち込んだ。
「……すみません、本当に、私は運が悪いんです」
私はしなびた野菜みたいになりながら謝った。もし私の運を数値化したとしたら、きっと絶対マイナスの方に近いだろう自信がある。欲しくない自信だけど、あるのだから仕方がない。しかも、どうやら勇者のチート能力をもってしても補完出来ないほどだった。
「いや、しょうがないよ。まさかあんな所に罠が仕掛けられているなんてわかんないしさ」
「いいえ、きっと私以外の方々は気づいていたと思いますよ」
自嘲気味にうなだれて告げると、勇者は少し困ったような顔をして私の肩を叩いてくれた。
「何にしても、リフィエが死ななくて良かった。ゲームと違ってここじゃあ生き返れないもんな」
「……はあ」
勇者はたまに良くわからないことを言う。恐らくは元いた世界での知識なのだろう。
チート、とやらも最初は何の事だかさっぱりわからなかったけれど、彼に色々と説明してもらってやっと理解することが出来たのだ。
「さて、なんかかがり火はあるし、上に行けそうな道もあるから、とりあえず行ってみようか」
「はい」
私と勇者は周囲を良く確認しながら歩きだした。とりあえず、合流した時のことは考えないことにする。考えるだけで足の動きが鈍ってくる。絶対にネチネチと説教されるだろうし、ヘタしたらパーティを追い出される可能性もある。とりあえず、ダンジョン置き去りだけは絶対に嫌だ。
いや、とにかく考えないようにしなくては。私は必死に違うことを考える。
そうしていたら、今度はさっき抱き寄せられたときの感触を思い出してしまい、張りつけてみた笑顔が強張る。あれ依頼、野営のとき以外は必ず夜を一緒に過ごすようになっていた。彼は時々、寝ぼけて私を抱き寄せることがあり、その度に胸をかきむしりたい衝動に駆られる。
いっそのこと、言ってしまおうかと何度も思った。けれど、拒絶の言葉を聞きたくなくて、私は本心を言えないでいる。
結婚のことを聞かれたとき、言ってしまえと叫ぶ心を押さえて建前を告げたのもそれが理由だった。
思わず「はぁ」とため息をつくと、勇者が立ち止まって振り返った。
「どうしたの、疲れた?」
「え、いえっ! 何でもないです」
「本当に、少し休もうか? リフィエは体力あまりないし、無理はしないでくれ。いざってときに回復役がいないと、いくら俺でもきついからさ」
「私は平気です。それより、早く皆さんと合流しましょう。それに、こうしている間も賢者様や町の人たちは苦しんでるんです……そんなこと言ってられません」
私はそう言った。本当は添い寝役にされてからあまり良く眠れずにいたので、疲れてはいる。しかし、町のひとたちのことや賢者のこと、泣きついてきたエーミャの顔を思い出せば、そんなことは口が裂けても言えない。
私のせいで勇者をこんな場所へ連れてきてしまっただけでも心苦しいのに……と思っていると、勇者がなぜか険しい顔で訊ねてきた。
「もしかして、俺とふたりきりが気まずい?」
「……え?」
予想の斜め上を行く質問に、私は困惑した。
しかも、彼は歩み寄って来て、私の耳に口を寄せる。戸惑って身体を硬直させ、頭の中が白紙状態になってしまっている私の耳に、低い声で囁いた。