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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第十章
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再会の罠



 部屋を出ると、暗い廊下に出る。

 青白く不気味な魔素の炎がゆらめくなか、仲間たちと進んでいく。ほんのわずか前にここをヴェレクトと歩いた時の絶望感が、すでに懐かしいものに感じられた。


 パーティはいつもダンジョンでそうしてきたように勇者を先頭に、次にツィーラ、ウェティーナと私、最後尾にサーミュという順で並んでいる。時にはツィーラが先頭をつとめることもあったが、ここにいる魔族や魔物は彼女を一撃で屠れるほどの強者ばかりだ。

 その代わり、勇者のすぐ近くで罠に目を光らせている。


 しばらく進むとヴェレクトの居住区を抜けたのか、雰囲気が一変する。今度は古代の神殿のようなつくりの場所に出る。

 柱廊に出ると、強い風が吹き付けてきた。

 風は体を芯から凍らせるような冷たく、乾いたもので、入り混じる清冽な匂いで朝なのだとわかる。ここに来てずいぶん時間がたったのだなと思った。


 さらに目をこらせば、遠くに山の稜線が見える。

 どうやらずいぶんと高い場所にいるようだ。魔王城となっているこの建物がどれほど巨大なのか思い知らされ、めまいがしそうだった。


 やがて柱廊を抜けると、今度は奥に扉が見えてきた。

 ここまでまだ魔物に出会っていない。


 何かの罠だろうか。

 そう思ってからすぐ、私はレフィセーレがなぜ魔族側に協力しているのだろうかと考えた。

 少なくとも、私の知る彼女には、魔族の味方をする理由が見当たらない。聖女として敬われ、期待され、それに応えるだけの力ももっている。


 何が彼女をそうさせたのか。

 慕ってくれた人々や、何より勇者を裏切ってまで魔族につくのには、相応の理由があったはずなのだ。

 それは一体なんだろう。


 などと考えているうちに、扉の前に辿りつく。勇者はいったん立ち止まって、警戒しつつゆっくりと扉を開く。

 中は暗く、これまで歩いてきた廊下と同じように青白い魔素の炎がゆらめいているのがわかる。


 そっ、と勇者に続いて中に足を踏み入れ、私はふと首筋がちりちりするような感覚に襲われる。


「何か、ヤバい感じがする。みんな、気をつけろよ」


 どうやら同じ空気を感じ取っていたらしい勇者が緊張に満ちた声で警戒を促す。私たちはそれに頷くと部屋の中を確認した。

 室内には装飾的な柱があり、見上げると巨大な金属製のシャンデリアが釣り下がっている。つる草をかたどった美麗なシャンデリアを眺めた私は、ふと違和感を覚える。


「あの、シャンデリア……」


 誰に言うでもなくつぶやくと、近くにいたウェティーナがつられてシャンデリアを見やる。

 途端、彼女ののどからうめき声がもれた。


「ウェティーナ?」


「あれは封魔法陣……」


 驚愕と恐怖に彩られた瞳をいっぱいに開き、ウェティーナは何かを言いかけた。が、空気が噴き出す音とともに突然炎の灯ったシャンデリアから、魔素の炎が降り注いだのだ。


 と同時に、シャンデリアの下方に何かが映し出される。それはウェティーナの言った通り魔法陣だった。ただし中央にぽっかりと何も文字や模様のない部分がある。

 そこにはしばらく闇がたゆたゆっていたが、やがて霧が晴れるように消え、別の風景が映し出される。


 そこには、ヴェレクトのところで見た、しかし違う状態でひとびとが捕らえられていた。彼らは穏やかな顔で眠っているようにすら見えるが、その体には鎖が巻きついている。

 ヴェレクトのところより遥かに人数は少ないが、その異様な光景に私たちは息を飲んだ。

 呆然とそれに見入っていると、勇者が呻くような声をだした。


「……あれは、まさか、エーミャ?」


 私は目を見張り、彼の注視している場所に目を向けた。視界に、暖かみのある赤が入り込み、私はそんな、と声をあげた。

 そこにいた、小さな影。

 ほかにも子どもの姿はあったが、見間違うはずもなく、それはエーミャだった。


「どうしてあの子が? だって、あの子はレフィセーレについて行ったんだ。あたしたちを裏切ることはわかってて、それでも」


 ツィーラが険しい顔で誰に問うでもなく言う。

 そのとき、エーミャと仲間たちの間にあったことは聞いたことでしかないが、きっと辛かったと思う。

 どんな思いでついていったのか、そのエーミャがあんな場所で鎖に縛られて眠っているなどと、信じられなかった。


 罠だろうか。


 考えられない話ではなかったが、魔法陣が映し出す光景はあまりにも鮮明で、疑いを抱き続けるのがむずかしい。


「ウェティーナ、この魔法はどういうものなんだ?」


 勇者が問う。その表情は、明らかにこの陣の見せている場所に行こうとしているように見える。


「これは、扉ですわ。この魔法陣によって、映し出されている場所を封印しているのです。術をかけた者か、術者に許可された者しか通ることはできませんわ」


「何とかならないか?」


 問われたウェティーナは難しい顔をして魔法陣を見つめて黙り込んでしまった。私もまた、この術を破壊できないかと考えた。

 神聖呪文には魔と名のつくすべてを浄化して消し去るものがある。それは、魔法も例外ではない。


 そもそも、魔法は神に敵対するものの力を借りるか、神の教えに反する術法全般のことだからだ。

 ――だが。


「私がこれを壊すことはできますが、そうした場合この術が繋いでいる場所に行くことができなくなる可能性があります。神聖呪文の魔法浄化は、あくまでも術を破壊するだけですから」


「そうか、じゃあ俺たちを味方だと誤認識させることは?」


 黙り込んだままのウェティーナは、少し困惑した様子で重い口を開いた。


「できなくはないと思うのです。ですが、うまくいかなかった場合は、わたくしたちの居場所を敵に教えてしまうことになります」


「構わない。むしろ四滅将がでてくるのならありがたいくらいだ、奴らはなかなか自分の巣からでてこないからな」


 勇者はやや皮肉っぽい笑みを浮かべた。

 確かに、いちいち彼らが待ち構えている場所まで行くのは骨だ。だが、来るのは四滅将だけではない。

 魔族や魔物が大量に押し寄せてくる可能性だってある。


 それでも、勇者は構わないと言っているのだ。私たちに問わなかったということは、自分一人でなんとかしてしまうつもりなのだろう。私は嘆息した。

 ここまで無茶を言うということは、勇者は怒っているのだ。


 しかも、かなり。


「……わかりましたわ、ユウマ様がそこまでおっしゃるのでしたらやってみます」


 観念したように頷いたウェティーナは、杖を構えて目を閉じる。深い集中状態に自分を持っていくときのやり方だ。

 ウェティーナは優れた魔法使い。その彼女を持ってしても、簡単にはいかない術式だということなのだろう。


 専門外の私たちは彼女の邪魔にならないように下がる。

 勇者だけは、何かあった場合すぐに対応できる位置に立つ。


 私はウェティーナの杖から魔力が統制された状態で流れ出してくるのを感じた。彼女の杖は先端に特殊な力を持つ宝玉がはめこまれている。冒険の途中で手に入れたものだった。

 ふと、その杖から魔力ではないものを私は感知した。


 ――首筋がチリチリするこの感じは……。


 記憶を探り、なんだったろうかと思い出そうと試みる。その間も、ウェティーナによる魔法陣の書き換えが進む。

 その光景に、私は引っ掛かりを感じた。


「ツィーラ、おかしいと思いませんか?」


「え、何が?」


 私は思わずこういうことに敏いツィーラに声を掛けていた。これは、かつて潜ったダンジョンで感じたものと似ている。トラップだらけで、運が悪い私は、仲間や勇者に散々迷惑を掛けてしまった。

 そのときの嫌な感じがさっきからしているのだ。



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