呪われた町 二
勇者はすがる少女を抱えたまま、うねうねと動く人間の子どもほどの大きさがある植物の魔物に近づくと、凄まじい速さで剣を振るった。哀れ、魔物はただの千切りキャベツのような姿となって石畳に降り積もり、全く動かなくなった。
しかし、それですべてが終わったわけではなかった。
同じ姿をした魔物たちが次々と教会からあふれ出てきたのである。
「このような小物、いくらかかってきたとしても問題になりませんわ!」
そう宣言したのはウェティーナだ。仲間たちは戦闘が開始されたことを知ると、いつものようにウェティーナから距離をとる。彼女は満面の笑顔で高笑いをあげながら爆炎魔法(広範囲、避けないと仲間でも危険)を放った。
植物の魔物たちは一斉に炎に包まれながら爆発に巻き込まれて、枯れ葉となって役割を終える。
「リフィエ、この子を頼む」
勇者はそう言って、武闘家の少女を私に押し付けると、教会へ向かう。しかし、まだまだ植物たちはあふれて来ており、きりがない。私は彼らから距離をとるために、少女の手を引いて後ろへと下がろうとした。だが、少女は踏みとどまった。
「いや! お願い、助けて、フィセル様がまだ中にいるの!」
「……それってもしかして、賢者様のこと?」
私は王様が言っていた言葉を思い出して訊ねてみた。
「そうよ、町のひとを救うために来たの。あたしは止めたんだけど、フィセル様は苦しんでいる人たちを救う方が自分の命より大切だっておっしゃって、でも、敵わなくて捕まってしまって……」
少女の大きな瞳から涙がこぼれる。
私は胸が痛んだが、繰り広げられている戦闘が終わらないことには教会へは行けない。
少女は私の僧衣のすそをつかみながら嗚咽を繰り返している。頭の左右で結んだ赤い髪が揺れる。泣きはらした目はすみれ色だが、悲しみで曇っていた。年齢はまだ十歳前後。なぜ賢者のフィセルという人物と一緒にいるのかはわからない。
とりあえず、私は少女の剥き出しの白い肌に手をかざすと、癒しの呪文を唱える。
「大丈夫、きっと助けるわ。今勇者様たちが魔物を倒してくれるから、それから一緒に行きましょう」
「……勇者、あのひと、勇者さまなの?」
その言葉に、少女の嗚咽が小さくなる。まだ悲しみに暮れてはいたが、その中に希望の光が宿ったことがわかる。
「そうよ、世界一強いひと。だから、少し待ってて」
「うん、わかった」
少女は素直にうなずいて、癒しの光を受けている。その目は勇者に釘付けで、白い頬には赤みが差している。どうやら勇者はまたしても乙女の心を奪ってしまったようだ。私はため息をつきつつ、戦闘が終わるのを待った。
やがて、教会から魔物が吐きだされなくなると、勇者は私たちの方へやってきた。私は先ほど聞いた賢者のことを勇者に伝える。彼は「そうか」と言った後で、少女に向き直った。
「それで、君の名前は?」
「あたしはエーミャ、武闘家だけどまだ未熟で……あたしがもう少し強ければフィセル様を」
そう言うと、少女エーミャの目にみるみる涙がたまっていく。勇者はそんな彼女のあたまをぽんぽんと優しく叩くと、言った。
「そんなに泣くな。賢者フィセルは俺たちが必ず助けるから、けど、それには君の力が必要だ」
「あたしの……何をすればいいの、何でもする!」
「よし、それじゃあフィセル様とやらが捕らわれたという場所まで、俺たちを案内してくれ。そこに魔族がいるんだろう?」
勇者が訊ねると、エーミャは首を激しく縦に振った。
「あいつ、フィセル様が町の人たちを助けに来たこと知ってて、町の子どもたちを人質にしたの。だから、手も足も出なくなったフィセル様は……水晶に閉じ込めらちゃったの。あたしはフィセル様が結界で隠してくれたから、何とか逃げられたけど……フィセル様」
「わかった、わかった。とにかく、俺たちに任せておけば大丈夫だ。町の人もフィセル様も助けて、魔族は必ず倒すよ。さあ、行こう」
そう言うと、勇者は座り込んだエーミャを立たせて、私たちに告げた。
「と言う訳だ。これで魔族の居場所がわかる……あとは仕上げに行くぞ」
『はいっ!』
全員の返事がハモる。
にしても、こうも簡単に魔族の居場所がわかるとは、やはり勇者には運が味方しているらしい。けれど、早くことが終わるのなら全然いい。早く町の人たちを助けてあげよう。そう思いながらエーミャと手をつないだ勇者の背中を見やる。
すると、隣のツィーラが不機嫌そうに言った。
「あの子どももユウマが気に入ったようだね。それに、フィセルか……何か聞き覚えがある気がするんだよなあ、多分有名だった気がするんだけど……リフィエ、聞いたことないか?」
「いいえ、聞いたことはないと思いますけど、ただ、似た名前なら……」
「何だ? 違っててもいいから言って見てくれないか?」
珍しく焦ったようすのツィーラに、私は戸惑いつつもふと思いついた名前を口にする。
「僧侶たちの間ではほとんど伝説になるほどの方で、レフィセーレ様という方がおります。神の祝福を受けて生まれ、神聖呪文を生まれたときから使えたという、美しい女性です。今は各地を巡礼しながら人々を救う旅をしておられるとか」
そう説明すると、ツィーラはもの凄く嫌そうに顔をしかめた。
「あたしの勘が間違ってなければ、きっとすぐにその人と会うことになると思うよ」
「……それってどういう?」
「そのままの意味さ。フラグ立ちまくってるじゃんこの状況。あ~あ、またライバルが出現か、ふたりいるだけでもウンザリしてるってのに、なにその伝説つきの奴とか、嫌になるよ」
何やら疲れたように言いながら、ツィーラは肩をすくめた。私は彼女の言っている意味がわからずに、首をかしげた。けれど、何となく嫌な予感なら私もしている。恐らく、彼女の言う「フラグ」とやらが原因だろう。
しかし、教会へと足を踏み入れてすぐ目の前に開けた地下への通路を見ると、全ての考えは吹き飛んでしまった。
そこから先はダンジョン。魔族の領域だった。