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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第九章
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紅の獅子の終幕



 ミロムに触れてから、日々神の力を感じとりやすくなっていた私は、この場所でもかなりの力を集めることができた。


 私がやろうとしているのは、空間浄化だ。魔族が住みついたダンジョンなどで、複数の僧侶が集まって行う広範囲の浄化である。


 しかし、今の私はそれをひとりで、しかもわずかな労力で行うことができた。


 足元から、じわりと滲むように魔素が消えて行く。それが眠らされている捕われのひとびとに到達すると、浄化された部分がきらめく粉と化し、さらさらと流れて行く。

 彼らが、神の御許へ行くことができますようにと私は静かに祈る。

 この苦痛しかない檻から解放され、安らぎを得られますように。眠りにつけますように。


 やがて、淀んでいた空気すら浄化され、呼吸が楽になる。


 そこでようやく、ヴェレクトがこちらの光景に気づいた。


「貴様! やめろ!」


 ぼっ、と炎がこちらへ放たれる。しかし、それは私に辿り着く前に勇者の剣によって吹き散らされる。


「どこ見てる、お前の相手は俺だろう」


「ちっ、くそが」


 ヴェレクトは勇者の剣を紙一重でかわし、全身の毛を逆立てた。真紅の獅子の周囲を風の刃が取り巻く。そのまま、ヴェレクトは勇者に向かって地を蹴った。

 触れればたちまち切れる風の刃が突撃してくる。

 勇者は思わず避けたが、その先にいたのは私だった。


 ――避けられない!


 咄嗟にサーミュとウェティーナが立ちはだかり、迎撃態勢をとるが、彼女たちでも止められない。

 私はとっさに結界を張ろうとするが、これも間に合いそうもなかった。


 だめか、と思った時、私たちの前に勇者の背中が現れた。


「っあああ!」


 腹の底から叫び、剣を盾のように構えた勇者に、ヴェレクトが衝突する。凄まじい音がし、削れた石の床が砂となって舞い上がる。思わず目を閉じた私は、ごふっという呻き声が聞こえてすぐに目を開いた。

 まだ砂はおさまっていなかったため、目がざらつく。


 けれど、状況の確認が先だった。急いで目を走らせると、私の数歩手前に勇者の背が見えた。

 その彼の前に、ヴェレクトが立っている。

 頭部を勇者の胸にくっつけるようにした彼は、わずかののちに、ぐらりと傾いだ。

 

 重いものが倒れる音。

 立ったままの勇者。

 その足元に、血だまりが見えた。私はざっと青ざめて、勇者に駆け寄った。


 声もなく彼の体を見ると、両腕がだらりとぶら下がり、剣が落ちた。良く見れば、裂傷だらけで骨が見えそうだ。息を飲んだ私は、急いで治癒の呪文を掛けた。

 じわじわと、傷がふさがって行く。

 勇者の身につけている服の袖は、もう用をなさなくなっていた。ぼろぼろで血だらけのそれを見て、私はぎゅっと唇を引き結ぶ。


「……ありがとう」


 痛みからか、声がざらついている。私は彼の声に無言で首を横に振った。生きていた。それだけで良かった。この凄まじい傷を癒せる力を持てたことに、ただ感謝した。

 やがて、勇者の傷を癒し終えると、ようやく倒れたヴェレクトに意識が行く。

 もう事切れているのだろうか、と思いながら近寄れば、薄らと目が開いた。


「やっぱり、な……お前が、聖、女だった、か」


「え?」


「思った、通り、凄ま……じい力だ。俺の、モノにしたか、ったな」


 途切れ途切れに、ヴェレクトは言う。ぜい、ぜいとしか聞こえないが、彼は確かに笑っていた。


「まあ、いい……強ぇやつに、倒さ、れるなら、仕方ねぇ。けど、俺の主は、こんな、もん……じゃねぇぜ。

 せいぜい、あがけ……」


「当然よ、あがいてそして倒してみせる」


 私は真っすぐに彼の目を見た。

 赤い宝石のような瞳から、徐々にきらめきが消えて行く。その姿は、まさに将にふさわしいものだった。

 最後まで、強さにこだわるところが、この魔族らしいとすら思った。だから、目は逸らさない。


「ああ、綺麗、だ……この、世界の空は、好き、だったな」


 最後は掠れたが、何を言ったのかはわかった。そのセリフを最後に、四滅将ヴェレクトは死んだ。

 命の灯が消え去ると、彼の体は黒い粉となってさらさらと流れ、完全にそこから消え去る。


 何の痕跡も残さずに。


 私はふと、ひとは神の元へ行くが魔族はどうなるのだろうと思った。彼らの神はいないのだ。

 もちろん、答えなど出るはずもなかったが、それでもこの自身の欲望に純粋な魔族を完全には憎み切れなかった。

 向けられた感情は暴力的だったが、彼もまた、私を必要だと言ってくれた存在のひとりだったからだ。


 私は、彼の魂が安らかでいることを祈り、そっと胸に手を当てた。



  ☆ ☆



 それから少しして立ち上がると、私は振り返って勇者を見た。彼はなんともいえない顔でこちらを見返している。

 どういう思いがそこに表れているのか、くみ取ろうとした矢先、倒れていたサーミュとウェティーナがやってきた。


「これで、残る四滅将はあとふたりだね。まあ、リフィエも加わったし、どうやらツィーラのやつもここに捕まってるらしいから、合流すれば少しは楽になるかな」


「えっ、ツィーラも?」


 勇者が驚いたように問うた。私はもう一度ここに連れて来られた経緯を話す。レフィセーレに心を寄せていたであろう勇者に告げるのは心苦しくもあったが、言わない訳にはいかなかった。


「そっか、じゃあまずはツィーラを助けに行こうか」


「あ、待ってください。その前におふたりを治療させてください……このままじゃ、良くないです」


 勇者の言葉に頷きかけたサーミュとウェティーナに、私は言った。実際、ふたりとも少し辛そうだった。

 ふたりは問うように勇者を見た。彼はそれもそうだねと頷いて、少し離れた。


 私はすぐに治療を開始した。以前とは違い、長々と神聖呪文を唱える必要がないため、それはすぐに終わる。

 ふたりとも、時間がかかるのを覚悟していたらしく、終わりましたと言った時は目を見開いた。


「リフィエ、別れた後何があったんだ?」


「話せば長くなります。今はツィーラを解放することを優先しましょう」


 聞きたそうなふたりに、私はそう告げた。それに勇者も同意し、まずはツィーラが捕われている部屋へと向かうことになった。道は一応憶えているつもりだったが、恐怖で頭がいっぱいだったこともあり、時々間違えた。

 けれど、やがてあの部屋に辿り着き、私たちはツィーラと合流することができた。


「ユウマ! 皆……リフィエ! 良かった無事だったか。あいつに連れて行かれたときはもうだめかと思ったが、ああ、何か気が抜けた」


 ツィーラは驚いた後、そう言ってへたりこんだ。ずいぶんと心配させてしまったらしい。

 結局、へたりこんだツィーラの回復を待ちがてら、状況の確認をすることになった。


 部屋の絨毯の上に車座になって座ると、まず口火を切ったのはサーミュだった。彼女は自分の荷物を取りあげて広げると、暗い顔で告げた。


「これを見て欲しい」


 全員が広げられた袋の中身をのぞきこんだ。

 そこには、薬草や回復ポーション、その他戦闘に欠かせないものが詰め込まれている。ただし、数が頼りないほど減ってしまっていた。

 それはとりもなおさず、勇者たちがここへ乗り込んでほぼ時をおかずに、レフィセーレが裏切ったことを示していた。


「見てわかると思うが、これしかない。もしこのまま進んだ場合、リフィエにかかる負担が凄まじいことになるだろう。もし、戻れるなら一旦戻った方がいいと思うんだ」


「確かにな、あたしの装備も中途半端だし、リフィエも杖がない。ユウマだって消耗してるようだし……」


「でも、ここから戻るのはあまりにも危険なんじゃありませんこと?」


 その通りだった。私は少し間を置いてから言った。



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