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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第九章
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再会、そして激戦開始

 すると、ようやく異変に気付いたヴェレクトが叫んだ。


「こいつっ! やめろ、今すぐやめやがれ!」


 力で抑え込もうとするが、浄化の力は暴走をはじめていた。私は力を抜いて、それに身を任せる。床の上に座り込み、浄化の力が魔素に浸された人々が、輝く欠片となって散って行くのをただ見つめた。


 ヴェレクトは本性を現し、獅子の姿となって吼えた。魔素があふれて、浄化が弱まる。

 それでも私は構わなかった。

 やがて、四肢から力が抜け始める。


 ぐらりと体が傾き、肩から床に倒れた。ああ、これで終わるのだ、そう思った時、少し離れた場所から声がした。


「リフィエっ!」


 と、同時に、うなりをあげる吹雪が押し寄せ、ヴェレクトの魔素が弱まる。けれど、私に顔をあげる力は残っていない。床に横たわったまま、起こっていることをただ推察した。


「ユウマ! とにかく早く行け、あの赤い化け物はあたしたちが押さえるから」


「ごめん、頼んだ」


 耳鳴りの外で、声がする。懐かしい声だった。

 ついに幻覚を見たのだろうかと思ったが、次いで聞こえた足音と、抱き起こされた感覚に違和感を覚える。

 まぼろし、と言ってしまうにはあまりにも確かな感触。


「何なんだこれ、収まれ、収まれ、収まれっ!」


 悲痛な怒号が耳を打つ。展開された温かな波動が、拡散する浄化の力を覆い、元へ戻そうとしているのがわかる。私は抜け出て行った自身の力が、ゆっくりと戻って来るのを感じた。

 冷え切って、脱力していた体が温かくなってくる。

 

「……、……ぅ」


 喉の奥から、微かな吐息がもれた。

 血がまた息をふきかえして全身をめぐっていく感覚に、しばらく身をゆだねる。

 それは心地よく、同時にひどく恐ろしいものでもあった。

 今、自分がしがみついている人物が誰であるか、頭ではなく心が理解していた。


 ――実を渡すときまで、会いたくなかった。


 彼に抱く感情は、消そうとしても消えてくれなかった。

 この自分を、必要としてくれた手。

 すがってくれた手の温もりが、どうしても消えない。


「リフィエ、あぁ、良かった……」


 まだ思いまぶたをゆるゆると開ければ、以前より精悍さの増した顔がぼやけて見えた。


 髪が少しのびている。まとうものすべてが、変わっていた。以前は鎧すら嫌って身につけなかったのに、今は胸部と腰回りを覆う革鎧を身につけ、防御効果のあるアミュレットも首に掛けられている。

 鎧にはいくつもの傷があり、ここしばらく彼がどれほど過酷な環境に身を置いていたかが知れた。


「どう、して?」


 まずこぼれた言葉は疑問だった。

 どうして勇者たちがここにいるのか、いるはずがないと思っていた。魔王が暮らすこの城は、恐ろしいほど広大なのだ。

 すでにここに乗り込んでいることは予測していたけれど、まさか助けに現れるとは。


「ここは魔王城だよ。俺たちは今、四滅将と戦っているんだ。その最中に、浄化の力を感じた。それがリフィエのだってことはすぐにわかったよ……だから、ヴェレクトのいる場所を目指して来たんだ」


 私を抱えたまま、少し安堵げに彼は言った。

 信じられない思いで、その顔をまじまじと見る。しかし、私は失念していたことに気づく。

 勇者は、ときにとんでもない察知能力を発揮するということを。こと、彼においてはありえないということが適用されないのである。


「……そう、ありがとう」


 呟くように言うと、床に手をついて体を起こす。そうしないと、このままだ。ほんのわずか離れた先では、サーミュとウェティーナがヴェレクトと交戦している。

 少し見ただけでわかる。

 早く助けなければ危ない。


「私は平気だから、行って……」


「……ああ、すぐに終わらせるから、待ってて」


 座り込んだ私に、勇者は暗い怒りを宿した目を向けた。彼は床に置いた剣をとると、その場で何かを小さく呟いた。それから手をヴェレクトに向ける。

 彼の手に神の力が収束し、それが具現化。

 浄化の力を持つ槍が生まれ、ヴェレクトへ殺到する。


 が、ヴェレクトは予測していたかのように、自身の前方に魔素で幕をはり、それを弾き飛ばした。

 そこへ、勇者が風のように突っ込む。

 獅子の姿だったヴェレクトは再び人型に転身し、鋭い爪で勇者の剣を受けた。


 甲高い金属音が連続で響く。


 サーミュとウェティーナは左右に散開してじりじりと後退をはじめた。ああなった勇者に対し、ヘタな助力はかえって邪魔になるからだ。ふたりはゆっくりと私のところまで下がると、守るように前に立ちはだかる。


「久しぶりだな、リフィエ。まさかこんな場所で再会することになるとは思わなかったよ」


「本当ですわよ。でも、正直あなたに戻ってもらえるのはとても助かりますわ、嫌とは、言いませんわよね?」


 掛けられた言葉に、私は頷く。


「もちろんです。こうなった以上、最後まで一緒に戦います」


 言いながら、私はやはりという思いがしていた。いるはずのレフィセーレとエーミャの姿がない。現れたのは、勇者とサーミュとウェティーナの三人だけ。

 よく回復役もおらずにここまで来られたものだと思ってみたら、ふたりともあちこちに傷を負っている。

 末端部分など、魔素に汚染されている箇所もあった。

 薬草や回復ポーションだけでは追いつかないのだろう。


 もう少し休めば、彼女らを治療してあげられる。私は胸に手を当てて、体の中に神の力が巡るのをじっと待った。

 さきほどから自分に神聖呪文をかけていたのだ。


 それから視線を転じれば、勇者の猛攻が目に入る。まるで、暴れ狂う竜巻のようだ。

 わずかずつ、ヴェレクトが追いつめられている。


「びっくりしただろ? だけど、あんたと別れてからユウマは変わった。常に焦っているような、急いでいるような感じなんだ……ついて行くのが大変だったよ」


「はい、ツィーラから聞きました。……その、レフィセーレ様の裏切りのことも」


 私が告げれば、サーミュが振り返って驚いた顔をした。


「あいつに会ったのか? なあ、あいつ、どこか様子が変じゃなかったか?」


 私は頷くと、どうしてここにいるのか説明した。レフィセーレに操られたツィーラに、ここに連れて来られたこと。ツィーラがヴェレクトの住処に捕われていること。人質にされていたことなどを。

 ふたりはその話を聞くと、怒りに顔をゆがめた。


 何か言いたげに、しかしまだ気を抜けない状況であるため、感情をこらえているのだろう。ふたりは少し押し黙って、勇者の方へと顔を向ける。


 戦いは苛烈だった。


 すでにヴェレクトは人の姿を保てず、獅子の姿になって応戦していた。荒れ狂う炎がその巨大な口から放たれる。

 勇者は、それを結界ではばみ、体に切りつける。

 何度か炎を食らっているためか、焦げくさい臭いが漂っている。腕や足など、鎧に守られていない箇所はざっくりと裂け、血が滴っていた。


 勇者は、魔法と神聖呪文に剣を織り交ぜながら、いつ息をしているのかわからない攻撃を繰り返している。

 獅子はその凄まじい身体能力と魔法で、傷を負いながらも勇者に攻撃を的中させる。


 勇者のあれほどの力を持ってしてもも四滅将は手ごわいのだろう。それでもまだ、勇者の方が勝っている。


 私はその様子を眺めながら、つ、と立ち上がった。


 視界に、ヴェレクトが入る。同時に、周囲に並べられた人々の姿も。彼らの気持ちに思いをはせる。どれほど苦しかっただろう。悲しかっただろう。

 友人や恋人、家族を手に掛けたものたちはどれほどの痛みを感じたのだろう。


 その報いを、味わわせる。


 私は静かに、神聖呪文を唱え始めた。



 

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