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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第九章
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魔族の目的



 それから私はツィーラと様々な話をした。

 けれど、ここから抜け出すすべだけはついに見つからず、時だけが無情に流れて行く。

 しばらくたち、話すことも尽きたころ、ようやく部屋の扉が開かれた。


 驚いたことに、そこにいたのはヴェレクトだった。

 何か用があれば配下の魔族や魔物をつかわすと思っていたのだが、彼は遠慮なく部屋に入って来ると、寝台に掛けたままの私の腕をつかんだ。


「来い、お前に見せたいものがある」


 反論の余地もなく引っぱられて、そのまま引きずられるように部屋の外へと連れ出される。

 外は長い廊下になっており、薄暗いそこを青白い魔素の炎が照らし出している。

 見張りの姿もなく、静まり返ったそこは不気味のひとことに尽きた。


「四滅将! どこへ行く気だ、リフィエに何を……」


 ツィーラが後を追おうと声をあげて立ち上がるが、さえぎるように扉が閉ざされる。室内から、くぐもった怒声。

 私は恐怖に駆られながらも、問うた。


「ツィーラと私を離してどうする気?」


「別に何もしない。あの娘はお前が逃げださないための人質だからな。もちろん、お前の態度いかんによっては何が起こってもおかしくはないが」


 口端を持ち上げて嘲笑を浮かべたヴェレクトを、私はただ睨むしかできなかった。

 ここへ来て、なぜここまでの力の差があるのか、なぜ魔族はこの世界を奪おうとするのかという疑問がわく。恐怖から目を反らす目的もあったが、私は話し続けることにした。


「……逆らったりはしないわ。

 ねえ、どうしてあなたたちは私たちの世界が欲しいの。魔素に染めなければまともに暮らせもしないここを、わざわざ手間をかけて侵略するの?」


 それは、大神殿でも何度も議論の的になったことだった。当の魔族に話を聞くことはできない。何より、侵略の目的は上位の魔族しか知らないという。

 下位の魔族と戦闘中に交わした会話から、それが本当であることはわかっている。


 なら、魔王の側近たる四滅将ならば知っているのではと思ったのだ。


 ヴェレクトは一瞬ふしぎそうな顔をしたあと、

「そういや、そうか。知るわけないか」

 とぼやいた。


「なら教えてやる。俺たちには、お前たちにはまだある自分の世界とやらがない。だから世界が欲しいんだ」


「ないって、そんな訳」


「崩壊したのさ……俺たちはその直前で逃げ出した生き残りだ。世界は、ひとつの神にひとつずつ。そして、俺たちの神は死んだ。その神の力をわずか持つ魔王によって、俺たちは生き延びたが、生き続けるには世界が必要なのさ」


 私は驚きに目を丸くした。

 世界が複数あることはわかっている。なぜなら、勇者の存在が複数の世界があるということを示しているからだ。

 しかし、それが消えることがあるなんて思わなかった。


 神は――神とは完璧で永遠の存在だと思っていた。


「じ、じゃあどうしてあなたたちと私たちではこんなに差があるの? 同じ、神に生み出された者なのに」


「そう、俺たちはみんな神の子だ。ということは、俺たちの神の方がお前たちの神より強い力を持っていたって訳だ」


 私はさらに驚くことになった。

 足元が崩れ落ちて行くような感覚に襲われ、ふらつく。しかし、ヴェレクトに腕をつかまれたままなので、転ぶこともなく先へと進む。


「俺は弱い奴は嫌いだ。魔族だろうと魔物だろうと、この世界の人間だろうとな。だからこそ、ここを作ったんだ。

 さあ、ついたぜ。ここをお前に見せたかったんだ」


 部屋を出てどれほど進んだのか全くわからないまま、私は廊下の先にある階下への階段を見た。その先に、大きな金属製の扉がある。

 ヴェレクトは私の返事など待つことなく扉を開ける。


 その先に広がっていた光景に、私は声を失くした。


 青白い、魔素の炎。ゆらゆらとゆらめいて気味の悪い影をつくりだすその炎に照らされてずらりと並ぶのは、人間の姿だった。みな、目を閉じて胸の上で手を組み、棺桶のなかで静かに眠っている。棺桶は床に寝かされているのではなく、立てられて並べられていた。


 若い男女が多い。もっと多いのは騎士や戦士、僧侶、僧兵や魔術師たちだった。

 私は、真っ白になりかけた頭で、彼らがいったい誰なのかの見当をつけていた。

 鎧姿の騎士たちは、圧倒的にシュロヴァス王国の紋章が入った盾や鎧、剣を身につけている。ザーティフとその部下たちがまとっていた、見慣れたその姿。


 思わずその場にくずおれかけるのを、ヴェレクトが支えた。振りほどきたかったが、力が出ない。


「……これが、人形?」


「正確には違うな。まあ、強い奴は従順さには欠けるから、洗脳の魔術をかけてあるからそう見えるのも無理はないが」


「どうして、こんなこと」


 腐るでもなく、朽ちるでもないまま眠りこむ彼らの顔をながめながら、私は問う。


「決まってる、俺たちの仲間にするためだ。さっきも言ったが、俺は弱い奴は嫌いだが強い奴は好きだ。例え敵でも、簡単に殺すのはもったいないだろ。

 だからここで、こいつらを魔族として生まれ変わらせているんだよ」


「生まれ、変わる?」


 そんなことが可能なのか?

 元々別の神の子として生まれた人間を、彼らと同種にするなど不可能なのではないのか。

 あのエーミャでも、魔族よりは人に近かったのだ。

 そんな私の疑問に答えるように、ヴェレクトは自慢のコレクションでも見るような顔で説明をつづける。


「そうだ。こいつらの魂と肉体、双方を魔素に浸して、ゆっくりと造り変えている。成功例は少ないが、聞いたことあるだろう? 知り合いに殺された奴らの話を」


 私は大きく目を見開く。

 知っている。だからこそ、四滅将ヴェレクトは四滅将のなかでも最も憎まれているのだから。


 それを理解した瞬間、今度は別の恐怖が浮かぶ。

 私をここに連れてきたということは、ヴェレクトは彼らと同じように私も魔族化させるつもりなのだ。

 そうして、やがて心も体も創りかえられた私は、かつての仲間を襲う……。


 じわり、と目尻に涙がたまる。

 すると、ヴェレクトはそれを掬いあげて、口元へ持っていくと嗜虐的な笑みを浮かべてなめとった。


「悔しいのか? だが、どうせここが俺たちのものになるのは時間の問題だ。お前たちは弱すぎる。俺たちが狼なら、お前たちはただ駆られるうさぎだ。

 だが、お前は違うな。だからこそ、欲しい」


 顎に、長い指がかかる。

 ヴェレクトが何をしようとしているのか悟って、私は必死にその手を払いのけた。

 しかし、すぐにまた捕らえられてしまう。


「抵抗すればするほど、欲しくなる。いくらでもすればいい、そのままのお前がいいんでね」


「嫌、魔族になるくらいなら、死んだ方がましよ!」


 私は全力を振り絞った。

 神聖呪文を唱える暇などないし、神の力を受取りやすくする杖もない。けれど、浄化の力ならそんな面倒なことをしなくても済む。

 歯を食いしばって、力を込めると、周囲の魔素が浄化されはじめ、ヴェレクトの腕から煙があがる。


 それでも、彼は捕らえた腕を離そうとしない。

 むしろ、見開かれた目が炯々とした光をたたえ、貪欲に輝いているのがわかる。


「凄まじい力だな」


 熱い吐息が頬にかかり、私は悲鳴を上げる。振り絞った力が、ヴェレクトの全身からあふれ出した魔素にのみこまれていくのが感じられる。


 このままねじ伏せられるのなら、自害しよう。


 今まで私を生かしてくれたひとや、好いてくれたひとたちの敵になるくらいなら、その方がいい。

 私は、浄化の力を絞り出しつづけた。

 そうして、限界を迎えてもまだ使い続けると、今度は生命力を削るのだ。やがてそれすら尽きれば、僧侶は金の粉となって散るのだという。

 そうして散った僧侶は神の元へと行くと言う。


 ――ごめんなさい、ツィーラ。あなたを助けてあげられそうもない。


 私は、まず巻き込まれたツィーラに謝り、次いで大司教やティセーラ、オッシュにも謝った。

 命を助けてくれたウェインにも謝った。他にも、たくさんのひとに謝りながら、最後に勇者に謝る。

 ミロムを届けてあげられなかった。あれがなければ、彼は帰れないのに――。ごめんなさい。


 せめて、私ではないマールムが見つかりますようにと祈った。それくらいしか、できることがなかった。


 涙が一粒、宙に舞う。



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