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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第九章
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嵌められた勇者たち



 手を貸さなければ、そう思って寝台から降りようとしたが、色々な衝撃から回復しきっていなかった体は言うことをきかず、そのまま床に転げ落ちてしまった。


「……痛ぅ」


 強かに打った肩と腰をかばうように起き上がると、呆れた声がした。


「何やってんの? 相変わらずどんくさいねあんたは」


 嘲笑交じりともとれるもの言いに、私は反射的に答えていた。


「ごめんなさい」


「謝ることじゃないでしょ。それに、どんくさいのはあたしも同じだったしね。全く、今度会ったら絶対に切り刻んでやるあの女」


 苛立ったように物騒なことを言うツィーラに、私は問いかけてみた。


「……あの、何があったか聞いてもいいですか。さっき四滅将に会いましたけど、詳しいことまでは教えてくれなくて、それに、本当にレフィセーレ様は」


「そうだよ、あの聖女があたしを陥れた。あたしは最後までパーティを抜ける気なんかなかったよ。けど、戦闘で傷を負ったあたしを治療している最中に、とんでもなく強い洗脳系の術を掛けられた。自分の意識が押し込められて、あたしは自分が意思とはちがうことをするのをただ見ているしかできなかった」


 悔しげに語るツィーラに嘘をいっている様子はない。

 やはり、真実なのだ。


 虚脱感に襲われかけたものの、まだ知りたいことがあった私は、さらにツィーラに問う。


「それで、そのまま私のところへ来たんですね。じゃあ、最後に勇者たちと別れたのはどの辺りなんですか?」


 ツィーラが操られて離脱させられたというのなら、今同行しているサーミュやウェティーナも危うい。彼女たちがいなくなれば、勇者はひとりで戦わなければならなくなる。

 いくら勇者が神から様々な能力をもらっているといっても、頭の後ろに目がついているわけでもないし、どんな魔法も使える訳ではない。


 何より、回復役が裏切り者だというのは致命的だ。


 まだミロムの実は収穫できる状態ではなかったし、それをもぐことのできる管理者である私はこんな場所にいる。


「確か、シュロヴァス王国のクノーヴァって場所だ。最北端の町から三つ手前で、魔族は凄まじいほど手ごわかった」


 その答えに私は愕然とした。

 勇者一行が猛進していたという話が本当なら、すでに魔族がこの世界へ来て最初に奪い取ったかの地へ乗りこんでいてもおかしくない。

 そんな救援の呼びにくい場所で裏切りに会えば……。


「あたしさ、聖女の目的はまずあんたを離脱させることだったんじゃないかと睨んでる。回復役は一番邪魔だからな。

 それだけじゃない、あんたはユウマの支えだったんだろ。それを失ってから、ユウマの行動が変わったよ。

 世界の浄化も放ったらかしで、ひたすら先へ進もうとする。正直、ついて行くのは大変だった。なあ、変だろ?」


「そう、ですね。勇者はそんなふうに行動する人じゃなかった」


 勇者は、レフィセーレにそそのかされたのだろうか。

 愛おしいと感じている女性が望むことを、叶えようとしている。そんな風に私には思えた。


 まるで代わりの杖を求めるように。

 偽りの甘い言葉に惹かれて、そこには罠があることなど疑いもせず。


「そして、仲間の中で一番勘の鋭いあなたを次に外した」


 私が言うと、ツィーラは頷く。


「サーミュは強いが意外に鈍いし、ウェティーナは魔力を使うから、魔の者たちには力を封じやすい。奴らにとって最大の脅威はあたしらだったって訳だ」


「ええ」


 頷いたあと、レフィセーレはどうしてすでに離脱している私をわざわざヴェレクトにさらわせたのだろうと考えた。

 さらにはツィーラまで与えて――。

 思い当たるのはミロムしかなかった。

 レフィセーレは知っていたのだ。私自身ですら知らなかった私の力を。


「くそっ! ようやく操り人形から解放されたってのに、こんな場所に閉じ込めやがって」


 壁を叩く音がし、私は虚ろな目で顔をあげた。

 焦燥感に駆られながらも、ここから出られないのはたまらなかった。私の力がもっと強ければ。

 そう思いながら、室内を見渡す。


 どこかの城の一部屋のようだった。

 陰鬱な黒っぽい石壁に、開け放たれた窓。そこには鉄格子がはめられ、さらに魔力で結界が張られている。

 室内にあるのは大きな寝台がひとつと、棚、テーブルと椅子が三脚。壁にはタペストリが掛けられ、暖炉もある。


 気をつけながらふらつく足で立ち上がり、格子越しに外を見やれば、獣頭の魔物がうろついているのが視界に入ってきた。

 空気はひどく冷たく、紫ががった雪が舞っていた。

 さらに視線を下へと移動すると、大量の雪が積もったままだ。


 私のいたミルズでも雪解けははじまっていたから、ここはそれより北だろう。もしかしたら――。


「ここ、もしかしたら魔族たちの本拠地かもしれない」


 だとしたら、そこにある城はひとつきりのはずだ。恐ろしく巨大で、かつて大国を築いた王が狂気の果てに造らせた迷宮城。

 そして今の呼び名は魔王城。


 その魔王の配下の中でも最も位の高いのが四滅将だった。その一角であるヴェレクトならば、城の中に自身の住まいを与えられていてもおかしくはない。

 もし、勇者たちがここへ乗りこんできているとしたら、うまく逃げだせさえすれば会えるのではないだろうか。


 ――もしも、今の私の力がヴェレクトに敵うなら。


 私はそろり、と手近な壁に近づくと、両手をあてた。強い魔力を感じる。ここを一点集中で浄化すればあるいはと思ったのだ。

 てのひらに、脈打つ熱を感じる。

 そこに意識を集めると、神殿にいたときとは違い、神の聖なる力が感じにくくなっていることに気がつく。

 それでも微かな力を集めて念を込めた。


 途端、雷撃でも食らったような衝撃が両腕を襲い、私は再び尻もちをついた。ツィーラが驚いたように駆けよってくる。


「リフィエ! あんた今なにをしたの?」


「いえ、その……浄化の力で何かできないかなと思って。何もしないまま魔族のおもちゃになるなんて絶対に嫌でしたし。でもだめでした」


 力ない笑いとともに告げると、ツィーラは少し呆れた顔をした。


「……なんていうかさ、あたしあんたのこと誤解してた気がするよ。旅してたときはもっと堅物で真面目で気の小さいいい子ちゃんだと思ってたんだけど、どうも違ったみたいだね」


「え~と、そうみたいですね」


 私はツィーラの意外な告白に苦笑いを浮かべた。

 実際の私は、真面目だとは思うが、堅物でもないしいい子ちゃんでもない。気も小さくないと思う。自分では。


「正直にいうと、あんたのことあんまり好きじゃなかったんだけど、なんか印象が変わったな。こんな無茶をする馬鹿だとは思わなかったよ」


「すみません」


「だから、謝ることじゃないだろう。そういうとこが嫌だったんだ。あんたまるであたしらが怖いみたいな態度とるからさ」


 それは実際そうだったのだからどうしようもない。曖昧な笑みを浮かべながら、私はそう思った。

 少なくとも、戦う前から降参したくなる相手を前にして、無礼な態度なんてとれる訳がない。というかとった後が怖い。


「まあ、今はどの道一蓮托生みたいだし、お互い気をつかうのはナシね。あたしの味方はあんただけだし、あんたの味方もあたしだけだ」


「ええ、そうですね」


 頷いた私は、心が温かくなっていることに気づいた。

 もしかしなくても、距離を作っていたのは私の方だったのかもしれないと思ったのだ。

 たまたま、同じ男を好きになってしまった同士、どこか似たところがあるのかもしれない。


 もう勇者とのことは終わったし、後に残るのはミロムを彼に渡すと言う使命だけだ。

 ならば、こだわりは捨ててしまおう。


 私はそう誓った。



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