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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第八章
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伸ばされた魔手



「私はね、あのひとに一度助けられてるの。そのとき決めたのよ、次は私が助ける番だって。

 まだ女として見てもらえなくても、努力してればって。

 でも、気づいたらあのひとの心には誰かがいた。誰なのかはすぐにはわからなかったけど、ここへ来てようやくわかったときの私の気持ち、あなたにわかる?」


 とっさに返事ができなかった。

 彼女の気持ちは痛いほど理解できる。勇者との旅の途中、逃げだしたいと思うほどに傷ついたあのときの私と、目の前のジーナが重なった。


「わかんないわよね。恋なんかしたことないんでしょうし。勇者と旅をする僧侶に抜擢されたり、聖地を任されたりして大変だものね。

 ねえ、あなたは色々と持ってるじゃない。

 これ以上、私から奪わないで、……隊長を、奪わないで」


 声が出なかった。

 一度はあの大きな手にすがりたいと思ったからこそ、言い訳をするように思えてなにも言えなかった。


「話はそれだけ。といっても、あなたが本当に隊長を好きなら私には止められない。でも、あなたが本当に私の父に恩を感じているのなら、隊長に言い寄るなんてできないわよね」


 そう問われ、ますます声が出なくなった。

 ジーナはそんな私を見て、気に入らなそうに肩をすくめると、部屋を出て行った。

 残った私は、大きく嘆息する。


 心の中で、様々な感情が浮かんでは消える。そんなつもりはないのに、どうしてこちらのことも考えてくれないのか、あなたに言われた心の傷は今も痛む、それでは償いに足りないのか――。

 思っても考えても、まるで意味のないことばかりがぐるぐると廻る。


 しばらくの間はそこでそうしていた。

 やがて、夕暮れ近くなっているのに気づくと、遠慮ぎみに戸が叩かれる。戸越しに、オッシュの声がした。


「リフィエ様、何かあったのですか?」


 私ははっ、として顔をあげると慌てて言った。


「いえ! 大丈夫です。そろそろ夕食の支度ですよね、私も手伝います」


 答えて立ち上がると、戸に歩み寄る。開けるとすぐにオッシュと目が合った。幸いにして泣いてはいなかったので、気遣わしげなオッシュは少し安心したようだった。

 そのまま連れだって厨房へと向かう。


 ティセーラは騎士たちに同行しているのか姿が見えない。


 私はあえてなにも考えないことにした。

 それでも、深く沈みこんだ痛みは消えるわけもなく、私をじりじりと蝕みつづけていた。



  ☆  ☆



 それから数日たった。


 毎日ミロムの実を眺めていた私はすぐに異変に気づく。成長が止まっている。血の気が引く思いだった。

 理由ならなんとなく見当がついてはいるが、こればかりはすぐにどうにかできるものでもない。


 ただし、影響があったのはミロムの実のみで、神聖呪文の力には変化がなく、村人の治療には影響が出ずに済んだ。

 私はその日にやらなければならないことを急いで終わらせると、祭壇へ向かった。


 心の穢れを取り除かなくては。

 その一心で、必死に祈った。


 そんなとき、後ろから声が掛けられた。


「うわ本当にいた。てっきり大神殿にいるものだとばかり思ってたから、驚いたな」


 私は弾かれたように後ろを向いた。

 光をたっぷりと取り込むつくりになっている祭壇部分は明るく、すぐには確信が持てなかったが、声には聞きおぼえがあった。

 少し低めの、自信にあふれた綺麗な声。


「やあ、久しぶり」


 片手をあげてどこか皮肉っぽい笑いを浮かべた、人間離れした美貌を持つどこか中性的な女性、ツィーラがいた。



  ☆  ☆



 突然の来訪に驚きながらも、私は彼女を応接室へと連れて行く。ツィーラは特に何を言うでもなくついてきた。

 部屋に入ると、すすめられる前にさっさと腰をおろし、ツィーラは苦笑まじりに口を開く。


「なんていうか、静かな場所だな。あたしはずっと街にばかりいたから、こういうとこでの暮しって想像しにくいんだけど、あんたには向いてる気がするよ」


「ええ、私もそう感じています」


 答えたあと、沈黙が下りる。ツィーラはなにか言いたそうだったが、急かす必要はないので、待つ。風がたてる音と、鳥の声だけが響く。少し離れた場所から、ティセーラが誰かと談笑している声がした。


 正直、私はこの訪問がふしぎだった。

 私とツィーラは特に仲が良かった訳ではない。それはサーミュヤウェティーナにもいえることだが、どちらかといえばサーミュの方が親しかったといえる。

 必要事項以外では、ほとんど口をきいた試しがない。


 そんな彼女が、わざわざ私に会いにこんなところへ来るなどとは思えない。何か理由がなければ。


 やがて、オッシュがお茶を持って来てくれた。

 ツィーラは珍しそうに彼を眺めて、お茶を口にする。


 こうして改めて見ると、とても綺麗だと思う。半分森の妖精の血を引く彼女はどこか透明な雰囲気を持つ。まあ、やってることは人間の犯罪者と同じだし、口調も態度もかなり悪い。

 しゃべらせるとガッカリするタイプだ。

 実際、私はそうだった。エルフの美しさに見とれたあと、あたしあんたみたいな女嫌いだから、気軽に話しかけんなよと言われたときにはなんて美貌の無駄遣いだと心から思ったものだ。


 ツィーラはお茶をちびちびと飲みながら、なかなか次の言葉を発しようとしない。私は微妙な空気に、いたたまれなさを感じた。

 いっそのこと、こちらから訪問の理由を聞いてみようかと思った矢先、彼女は言った。


「あれが聖木なんだ、確かにそんなふしぎな空気を感じるね。森の木々とは存在感がまるで違う、こう、びりびり来るような感じだ。

 リフィエはあの木を守ってるんだね」


「ええ。とても大切な木ですから」


「まだ春だってのに、実がなってるんだね。……厄介な」


「え?」


 ツィーラが最後に呟くように言った声は小さくて聞き取れなかった。しかし、どこか不穏なものを感じ取った私は、ツィーラを良く観察してみた。いつも感じていた、清風のような気配のなかにどこか淀んだものが混じっていることに気づく。


「けどまあ何とでもなるかな?」


「ツィーラ?」


 呼びかけに振り向いた彼女の瞳に、赤い炎が見えた。それが何なのかすぐにはわからなかったが、一拍ののちに頭ではなく肌が察した。

 咄嗟に距離をとろうと立ち上がるが間に合わない。

 当然だった。

 私の動きなどツィーラからすれば止まって見えるくらい遅いのだ。


 首に強い衝撃を感じ、鼻先が触れあわんばかりに近づけられる。必然、瞳をまともにのぞきこむことになった私は、そこに刻みこまれた魔法をまともに食らうことになった。

 抵抗する余裕などない。

 赤い光に全身を拘束され、さらに魔法文字が展開するのを見ながら、私はどうして、どうしてと内心問いを繰り返す。


 ここは聖域。


 魔が侵入できない場所のはずなのに――なぜ。


 しかし、その疑問に答えてくれるものはなく、そのまま私は展開された魔法によってどこかへと転移された。



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