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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第八章
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過去からの痛み


 翌日、ザーティフは帰って行った。


 私は日が高くなるまで寝台でもんもんと考えごとをしていたが、小さな決意と共に起きると、それまで決して見ようとしなかったものを見るために神殿の記帳室へと向かう。


 僧侶のいる各神殿には、大神殿から様々な情報が書かれた羊皮紙や木片が定期的に届けられることになっている。この小神殿にそれらが届けられるようになったのはごく最近からなので、そう量はないものの、私の知らない情報は記されているはずだ。


 ――私が知りたいこと。

 それは勇者に関わる情報だった。


 ずっと目を反らしてきたが、この状況が変わるには、勇者に魔王を倒してもらうしかないことがわかったのだ。

 ヴェレクトがちょっかいを出してくることがなくなれば、騎士たちに巡回してもらう必要はなくなる。


 そして、勇者とのことがきちんと決着すれば、おのずとマールム一族としての使命に目を向けられると考えたのである。

 おかげでろくに寝ていない。

 隈のできた目で記帳室へ向かう。


 簡素な木の扉をひらくと、独特の臭いが鼻をつく。

 室内は執務机ひとつと壁をうめつくす棚で構成されており、かつてここが大きな街だった頃の記録全てが残されていた。

 新しく届けられたものは執務机の上に丁寧に並べて置かれており、私はここへ来た頃のものから読み始める。


 殉職者や、新たな仲間の紹介、その月の予定などは飛ばして、勇者について書かれたものを探しては読む。

 それで大体の足跡はわかった。


「何かあったのかしら」


 木片を手に私はつぶやく。

 これを見る限り、彼らの旅はそれまでが嘘のような速さで進んでいる。大神殿からこのミルズにこれが届くまでにはかなりの時間がかかることから考えても、今頃は魔王が居を構える地まで到達している可能性が高い。

 恐るべき早さだ。

 とてもではないが、私ではついて行けなかっただろう。

 私がパーティにいた頃はここまで急いでいなかった。


 何か、急ぐようなことが起こったのだろうか。


 しかし、ザーティフや騎士たちの話からはそこまでの緊迫感は感じられない。もっと別の理由がある。もしかしたら、私という足かせがなくなったことが影響しているのかもしれないと思い、ちくりと胸が痛んだ。


 だが、そんなことでつまづいてはいられない。

 さらに読み進めていくと、ある箇所で思わず声をあげた。


「えっ、うそ……」


 そこに書かれていたのは、ツィーラの離脱だった。

 勇者たちの強行軍に耐えられなくなったためだと書かれている。

 私の知る彼女はサーミュほどではないがかなり忍耐強かったはずだ。むしろ、ウェティーナの方がか弱かった。


「きっと、ウェティーナは魔法で色々と補ってるのね。でなければ説明つかないし……そう、ツィーラもか」


 呟いて、私は不安に襲われた。

 確かに勇者は強い。恐ろしく思えるほどに。だからこそ勇者などという役割を与えられたのだから。

 が、死なないわけではないのだ。

 もし、どこかで命を落としたらと思うと、白い布に墨を流したように心が暗く染まるのを感じる。


 どうにかして、困難にあっても彼が生きつづける方法はと考えて、ようやく自分の使命を思い出した。


 ――ミロムの実。


 あれには勇者を人として元の世界へ帰すだけでなく、瀕死の重傷も癒せる力があったはずだ。

 私は記帳を元へ戻して、花の散ったミロムを思う。

 ザーティフたちに気を取られて、祈りがおろそかになっていたのか、成長がゆっくりになっている。


「今やるべきは、ミロムを一刻も早く実らせること」


 それがきっと、未来を拓いてくれる。

 私は部屋を出ると、すぐに木へと向かった。

 外は良く晴れて、雪も溶け、地面からは新たな緑がのぞいている。風はまだ冷たかったが気にならなかった。

 ひざまづいて、祈る。


 どうか、勇者に力を――と。



  ☆  ☆



 それから数日、熱心に祈ったかいもあり、実が見えはじめた。ぷっくりとした緑の実はまだとても小さかったが、それでも嬉しかった。


 やるべきことを見据えてからは迷うことも減り、眠れるようになった。ザーティフと騎士たちは変わらず巡回してくれている。感謝しつつも、あまり親しげにすることはやめた。

 決着がつかないまま、答えをだすのは私にはできそうもないからだ。


 それでも、ジーナは私に憎しみの目を向けるのをやめなかった。

 ある日の午後、私はジーナに声をかけられた。


 今にも雪か雨が降りそうな、どんよりと曇った空を見ながら、日課の祈りを済ませたあとのことだった。話があるという彼女とともに宿舎の応接室にむかう。

 心配顔のティセーラとオッシュに大丈夫だと会釈してから室内へ。


 部屋にはテーブルと長椅子や布張りの椅子が並べられており、私は座るようにすすめた。しかし彼女は腰をおろさず、立ったまま硬い声で言う。


「ずっと、いつ気づくかと思って見てたのに、全然気づかないのね」

「え?」


 仇でも見るような目で見つめられ、私は居心地が悪くなった。


「この顔見てもまだわかんない? まあ、まだ子どもだったから変わっちゃったとは思うけど、私はすぐにわかった。

 ねえ、レウリーという名前の知り合いに心当たりは?」

「レウリーさん、ですか」


 つぶやいて記憶をさらう。神殿関係者だろうか。もしかしたら、治療のかいなく亡くなってしまった誰かのことなのだろうかと思うが、レウリーという名に心当たりはない。


「まあ、あなたも子どもだったし、じゃああなたの両親が行商してた頃の仲間には?」


 私は問われた内容に愕然と凍りついた。

 まだ名前は思いだせなかったが、あのときの記憶がよみがえってくる。悲鳴に近い恨みの声。叩きつけられた怒り。


「それとも、ウェインって言えばわかる」

「……っ!」


 今度ははっきりとわかった。そして、彼女の髪や目、顔立ちを眺めてある少女と重なる部分を見出すと、足が震えた。

 魔人に襲われたとき、次々と仲間たちが逃げては殺されていくなかで、最後まで抵抗した勇敢な男性がいた。


 ウェイン・レウリー。


 私をかばって殺された彼には、幼い娘がいた。その名前がジーナで、彼は良く、嬉しそうに娘の話をしていた。

 君と同じ年頃の娘がいるんだ、きっと友だちになれるんじゃないかなとよく言っていた。

 そうだ、思いだした。

 ウェイン・レウリーの死に顔も。

 生きろと言って笑って息絶えたときの体の重みも。


 そのあと叩きつけられた怒号も。


 ――あんたが死ねば良かったのに!


「やっと思い出した? 私はすぐにわかった。

 その綺麗な顔も昔のままよね、何もしなくても、黙っていても誰かに愛される綺麗な顔。

 どれだけの大人が必死にあなたを守ったんだろうと思うと、吐き気がするわ。その大人の中に、私の父もいたのよね。そうして、あなたは私から父さんを永遠に奪った!」


「それ、は……」


 心臓の鼓動がうるさい。

 耳鳴りがする。

 暗く陰ったジーナの金色の瞳に浮かぶ怒りが怖い。


「わかってるの。あなたは子どもだったんだし。

 でも、あなたが結果として私から父を奪ったことには変わりない。力ない子どもだったあなたを守った父を私は尊敬している。

 そのことを責める気はないの。

 でも、あなたはまた私から奪おうとしてる」


 誰のことだかはすぐにわかった。苦い思いと共にその名を口にする。


「……ザーティフさんのこと?」


 問えば、悲しい笑顔で彼女はうなずく。


「そう、もう気づいていると思うけど、私はあのひとが好きなの。あのひとは私のことを部下としか見てくれてないけど、ずっと憧れてた。だから騎士隊に入ったのよ。同じ隊に配属されたときは運命を感じたわ」


 そう語る彼女はとても綺麗な顔をしていた。

 私はただ息をつめて、耳を傾ける。


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