好意と戸惑い
そんな私をよそに、彼はふいに真面目な表情になると、私をまっすぐ見て重々しく言った。
「とにかく、こうして会えたからには、どうしても言っておきたいことがあったんだ。
あの時、私は死んでも貴女を守るつもりだった。だが、力及ばず、逆に危険な目に会わせ、あまつさえ助けてもらうことになってしまった。本当に、申し訳ない……何か、私にできることがあれば言ってほしい。
償いをしたい」
芋を拾おうとした手がとまる。向けられた視線が刺さるように感じられ、私はどう答えたものか迷った。
本当の思いはいえないが、さりとて彼の言葉に頷くこともできない。
しかし、向けられた真摯な眼差しに、なにもいらない、とは答えられなかった。それならば……。
「……そんなこと、して頂く必要はない、と言いたいのですが、ひとつお願いがあります」
ザーティフは何も言わずに待つ。気づけば、他の面々もおしゃべりをやめてこちらの方を見ている。私は息を吐きつつ、答えた。
「きっと、また今回のようなことが起こる可能性があります。その時にも、今回のようにご協力願えないでしょうか?
この地は直接シュロヴァス王国の領地ではないですけど、領地の内部にある以上、大神殿からの助力が受けられない場合、どうしてもあなた方の力をお借りするよりないですので」
こと、魔族に対して騎士たちの力は微々たるものだ。だが、魔物に対しては事情が違う。魔物には剣が通じるのだ。さらに、僧侶の助力があればより確実に仕留めることができるようになる。
私の申し出を聞いたザーティフは、ふっと息をついてすぐに頷いた。
「お安い御用だ。それなら、任務の暇なときを見つけてこちらにも巡回に来ることにしよう。
私は今、ガズラーというここからさほど離れていない街にいる。そこは交易が盛んな場所で、魔族に狙われやすいことから、騎士や兵が大勢詰めていて、私以外にも隊長がいるから、融通はきくだろう」
「そんな、無理してまで」
「構わない。無論、ほかにも何かあれば言って欲しい、そうだ、欲しいものがあれば買って届けさせよう、なにかあるか?」
ずいっ、と近寄られ、私は曖昧な笑みを浮かべて首を横に振った。必要な物資は、定期的に大神殿から送られてくるからだ。
そう伝えると、ザーティフは明らかに残念そうな顔になった。
それにしても、と私は思った。
いくら私が命の恩人であっても、少々熱が入りすぎじゃないだろうか。
だが、この感覚には覚えがある。勇者パーティにいたからずっと忘れていたが、大神殿にいた頃は時々こういう風に男性に詰め寄られることはよくあった。
どうしようか、と思っていると、大きな咳ばらいが聞こえた。
「隊長……僧侶殿がお困りです。そのくらいにして、我々はそろそろ休みましょう。明日には戻らなければなりませんから」
あの女性騎士だった。その声を耳にし、ザーティフは我に返ったように、近づけていた体を離した。
安堵しつつ、女性騎士を見ると、私だけでなく、ザーティフにまで冷やかな視線をくれている。それを見て、彼女の凍てついた態度の理由がなんとなく察せられた。
ザーティフは少し恥ずかしげに椅子から立ち上がり、頭を下げる。
「申し訳ない、つい……。だが、本当に何かあれば言って欲しい。私だけではなく、部下たちでも構わないから」
「ありがとうございます。そのお気持ちだけで嬉しいですよ、それより、お疲れでしょうから、どうぞ先にお休みください。部屋にご案内しますので」
そう告げて立ち上がりかけると、ティセーラが声をあげた。
「ああ、リフィエ様はまだお食べになっていてください。私がご案内しますから」
「でも」
「いいですから」
ティセーラはなぜかにこにこしながら私を見やると、すぐに食堂の扉へ向かう。その笑顔はやめて欲しい、と心底思っている間に、彼女は騎士たちを連れて行ってしまった。
私は椅子に座りなおし、かなり冷めた煮込みを口にした。それでも味は良かったが、最初食べた時の嬉しさは霧消してしまっていた。
やがて食事が終わると、オッシュがぽつりとつぶやいた。
「あの隊長、リフィエ様のことを好いておられるようですね」
「えっ、あ、あ~、そう、みたい? かな」
突然声を掛けられ、しかも内容が内容だけに微妙な答えになってしまう。好意は感じる。しかし、恋愛感情かまではまだわからない。
「中々、良い若者のようで」
「はあ」
生返事を返していると、ティセーラがにやにやしながら戻ってきた。その笑顔の意味が理解できないほど鈍くはない。
私は苦い表情でティセーラを見た。
「まさかあの隊長とお知り合いだとは思いませんでしたよ。しかも、あちらはリフィエ様のことずっと熱っぽい目で見てましたね」
「……ティセーラ、あの方と私は別に」
「けど、いつかはリフィエ様も結婚しなくてはなりませんし、あの隊長も候補に入れておいたらいいですよ。
魔物退治を手伝って貰いましたが、騎士にありがちな高慢さもなくて、剣の腕もかなりのもの、その上見た目も悪くありませんし、性格も実直そうで、私は気に入りましたよ」
楽しげに語るティセーラの言葉に、私は気が重くなった。
まだ結婚のことは考えたくなかった。けれど、いつまでもそれから逃げるわけにも行かない。
それは義務だからだ。
元々、恋をしたひとと結婚するなどという夢は見ていない。それより、結婚というものをするつもりが全くなかった意識を変えるほうが大変だ。
私は、誰かの伴侶となれる自信がない。
自分に、そんな価値があるとも思えない。
それに、恐らくあの副官の女性騎士はザーティフが好きだ。友情などではない、恋愛的な意味で好きなのだろう。だからこそ、ザーティフが好意を寄せる私の存在がうとましいのだ。
彼女から、ザーティフを奪うなんて私にはできそうもない。
ならば、誰ならいいのだろう。
私という枷に拘束しても構わないひと?
そんなひとがいるわけがない。
どう考えても答えのでない問いに疲れてしまった私は、トレイを手に厨房へ戻ると、まだぶつぶつ言っているティセーラに言った。
「とにかく、その話はまた別のときにしましょう。今日はもう遅いし、明日もあの人たちを送らないと行けないんだから、朝食の支度もあるし、私たちも片づけて寝ましょう」
ティセーラは不満そうだったが、オッシュは私の言葉に頷いて、一緒に片づけはじめてくれた。
そうして、この日は幕を閉じた。
☆ ☆
それからというもの、ザーティフは定期的にミルズの村を訪れるようになった。部下だけが訪れるのだろうと思っていたが、むしろ彼がいないことのほうがまれだ。
それだけでなく、ザーティフが来ればあの女性騎士がもれなくついてくる。自分の見ていないところでふたりの仲が深まりでもしたら大変だと思っているのだろうなと感じた。
どうしてザーティフがそれに気づかないのか、それが一番ふしぎで、他の部下たちは気づいている様子だった。
魔物たちの出現率は日を追うごとに増え、村に戻る騎士たちがケガをしていることも増えた。
私の能力も向上し、癒すのに苦労はなかったものの、心苦しさは増すばかりだった。
なぜなら、魔物がこれほど多く出るその本当の理由を、ザーティフに伝えていなかったからだ。
全て、私のせいなのに……。
なかなかふくらまない聖木のつぼみを眺めながら、私はひとつ決断をした。ザーティフに、きちんと説明しよう。
その上でまだ手伝ってくれるか問うのだ。
そうしないと、心苦しくてたまらなかったのだ。