思いがけぬ再会
その夜、ティセーラはきちんと無事に帰ってきた。
心の底から安堵し、体から力が抜ける。しかし、喜びを表す前に、大いに戸惑うことになった。なぜなら、帰ってきた彼女はひとりではなかったからである。
それだけではない、彼女が引きつれて来た者たちのなかに、見知った顔があったのだ。
「な、何で……?」
呻くように漏れた声に、ティセーラは笑顔で答えてくれた。
「森の中で会ったんです。彼らはシュロヴァス王国の騎士で、大神殿の要請を受けて近くの街から来て下さったんですよ。彼らと協力して、魔物も無事に浄化しましたし、これで村人たちも狩りに出られますよ」
「そ、そうですね、ありがとうございました、ティセーラ。それで、ええと……」
私はティセーラ越しに彼らを見る。
やたらと見覚えのある鎧と剣、紋章につい目が泳ぐ。なんでだろう。なんでいるんだろう。そしてどうしてそんなに嬉しそうなんだろう。
とにかく挨拶しなくては、と無理やり笑顔を浮かべる。
「シュロヴァスの騎士の皆様、要請にお応え下さり、本当にありがとうございます。今日はもう遅いですし、どうぞこちらにお泊り下さい。大したものは出せませんが、温かいものをお作りします」
「いや、こちらもずっとあの魔物を追っていたのだ。むしろ協力に感謝している。本来ならここで立ち去るべきなのだが、夜も遅いので、そちらのご厚情に甘えさせて頂く」
彼はそう言って、頭を下げた。
「……では、こちらへどうぞ」
宿舎の中に騎士たちを招き入れると、隊長と思しき青年が私を見る。そして、彼は言った。
「久しぶりだな、マールム殿。まさかこんなに早く再会することになるとは思わなかったが」
それはこちらのセリフだ、と思いながら、私もまた笑んだ。
「私もです、お久しぶりですザーティフさん」
そう、ティセーラと共に現れたのは、勇者たちと別れる直前に出会った、私がこの力を顕現するキッカケになる出来事で知り合ったシュロヴァス王国の騎士、グラント・ザーティフその人だった。
あの時よりやや立派な鎧を身につけた彼は、精悍さが増していた。
ただ、あの時共にいた他の騎士たちの姿はない。
「所属が変わられたんですね、ガーロンさんはお元気でしょうか」
最後に挨拶に来てくれた老騎士の名を口にすると、ザーティフは温かい笑みを見せた。
「ああ、もう流石に年なので、騎士は辞めて家族と暮らしている。彼から聞いたが、私のことを心配してくれたとか、御覧の通り、元気で隊長職を拝命することができた。本当に感謝している」
「隊長? じゃあ出世なさったんですね。おめでとうございます」
もしエーミャのことで何かあったらと思っていただけに、彼の昇進は素直に嬉しかった。
また、ガーロン老騎士にも何もなくて良かったと思った。
ザーティフは照れたような顔をしながら言う。
「それほどの昇進ではないが、貴女を守ったことが評価されたようだな。魔人を逃がした責任を、将軍はずっと感じておられたようだ。……それにしても、貴女がこんな場所にいるとは、勇者殿と旅しておられるかと思っていたのだが」
「それについてはまた後で、どうぞ、食堂へいらして下さい」
私はまだ話したそうなザーティフの質問を保留して、彼らを食堂へといざなう。騎士たちの数は全部で五人。驚いたことに、女性の騎士が混じっている。サーミュのような女性騎士は数が少なく、目にする機会はなかなかない。思わず見つめてしまうと、かなり強く睨みかえされた。
慌てて目を反らす。
やはり、好奇の目で見られるのは嫌なのだろうなと得心して、私は彼らのための寝室を整えるべく、食堂へ案内した後は寝具などを収納してある部屋へと向かった。
☆ ☆
宿舎はまだここが大きな街だった頃の建物のため、騎士たちが少し増えたくらいでは手狭に感じることもなかった。
寝具なども、治療に来る人々のために用意した分があるため、それで足らすことができたが、長く使われていなかったために、多くの部屋の掃除が行き届いていない。
私は何とか使えるように軽く掃除し、それから食堂へと戻った。
騎士たちもティセーラも食事を終えてくつろいでいる。
ただし、あの女性騎士はくつろいだ様子はなく、常になにかを警戒しているように、あちこち見まわしていた。
彼女は戻ってきた私をみるなり不快そうに目を細めて、顔を反らした。
確かに、ちょっとぶしつけに眺めてしまったことは認めるが、そこまで嫌われる理由がわからない。私は戸惑いながらも、騎士たちに寝室の用意が整ったと伝えると、礼が返ってきた。
必要になったら案内しますからと言い置いて、私も食事をとるために厨房のオッシュに声をかける。
「ありがとう、大変だったでしょう」
「いえ、大したことありませんよ。リフィエ様もお食事になさってください」
「そうね、お腹が空いたわ。あなたもまだなら一緒に食べましょう」
「はい」
オッシュは頷いて、ふたりぶんの食事をトレイに並べる。私は自分のぶんを持って席につくと、食事をはじめた。
今日のメニューは塩漬け肉と野菜の煮込み、芋に香辛料と肉の脂身や野菜を練りこんだお腹のふくれる団子だった。これで食欲旺盛な騎士たちを満腹にさせようとしたことがうかがえる。
それにしても、オッシュは本当に料理が上手だ。不味かったことなど一度もない。いつかその秘訣を教えてほしいものだと思いながら、ゆっくりと温かい料理を口にしていると、ザーティフがやってきて、隣りの席に手をかける。
「ここ、いいだろうか」
「え、はい、どうぞ」
何だろうと首を傾げながらも頷くと、彼は椅子に腰かけ、口をひらく。
「とてもおいしかった。まるでどこかの店で食べているみたいだった。旨くて温かい食事、ごちそうになった」
「いや、そんなご大層なものじゃないですよ」
「そんなことはない。任務の最中は食事だけが楽しみなんだ。マールム殿は幸せだな、これを毎日食べているんだから」
「ええ、毎日楽しみなんですよ」
笑顔で答えつつ、私はまたしても戸惑っていた。
なぜなら、最初に会った時のザーティフと、目の前のザーティフが別人に見えたからだ。顔のつくりはかわっていない。相変わらず厳しい相貌をしているし、体も大きい。声もかわらない。喋り方も堅苦しいままだ。
しかし、態度が違いすぎる。
あんなに偉そうだった上、常にぎすぎすしていた彼はどこへ行った。こんなほがらか笑顔はあの時もついぞ見ることはなかった。
隊長職につくというのはこういうことなんだろうか。
「そうだろうな。それにしても驚いた……てっきり勇者殿と共におられるかと思っていたのだが、こんな場所で再会しようとは」
「え、ええ。まあ、私の僧侶としての力ではこれ以上は無理だと大司教様が判断しましたので」
マールム一族のことやら聖木のことやらを話すと大変なことになりそうなので、私はとっさにそう答えた。ザーティフはそうでしたかと頷きながら、すこし嬉しそうに笑んだ。
「だが、私はこれで良かったと思う」
「えっ」
「ここしばらく、勇者殿の話を耳にするたびに、その苛酷さが伝わって来るようで、そんな場所にいるのかと心配していたんだ。
貴女にはそんな過酷な旅は似合わない、こういう場所で、人々に癒しを与える方が似合っていると思う」
いきなりの発言に、私は思わず匙から芋団子をぽとりと皿の上に落してしまった。今まで誰にもそんなことを言われたことはない。
呆然としていると、ザーティフはさらに話をつづけた。