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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第六章
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神殿からの呼び出し



 闇の中に、きらきらと舞う金色の珠が見える。

 それらは踊るようにひとつの場所に寄り集まり、やがてひとつの光の塊になった。光を見透かすように目を凝らせば、光は闇の出口だと気づく。

 出口の向こうに、柔らかな緑が広がっている。

 風に揺れる草原と、小さな村。

 その近くに、そびえるように生える巨木が見えた。季節は秋のはじめで、やや枯れた葉のなかに、実がなっているのがわかる。それに触れようと手を伸ばす。

 と、指先が触れるか触れないかの距離で、景色が砕け散った。


 景色の残骸が、雪のように降り積もる。

 その中に、懐かしい顔を見た気がした……。



  ☆  ☆



「……っ」


 目を覚ますと、そこも暗がりだった。

 けれど、さっきまで見ていた真っ暗闇ではなく、窓から月と星の明かりが射しこむ、優しい闇だ。


「ああ、そうか」


 結局、耐えきれずに勇者の背中で意識を失ってしまったことを思い出す。だとしたら、ここは宿屋だろう。ひとりで寝ているのは、気を使ってくれたからだろうか。


 何とか体を起こそうとして、寝台に手をつくと、喉が痛んだ。

 さらに全身がだるい。まだ魔素の影響が抜けきっていないらしい。レフィセーレの術で外傷は完全にふさがったが、さすがに四滅将の放つ魔素はそれだけ強力だということなのだろう。

 肉体に滲みこんだ魔素は、微細に散っており、除去には時間がかかる。とはいえ、私は僧侶であるため、さほど時間はかからない。

 今晩一晩しっかり休めば回復するはずだ。


 私はゆっくりと体を起こし、窓の外を見た。


 正直、迷っていた。胸を押さえて、息を吐く。夜気がしんしんと体に凍みこんでくる感覚にしばし意識をゆだねる。

 そうしていると、落ちつく。

 それでも、迷いは消えない。


「どうしよう」


 こんなことになる前までは、自分は勇者の側には必要ないと思っていた。けれど、ヴェレクトとの邂逅が全てを変えてしまった。今、彼を支える手はひとつでも多い方がいい。

 そう思うのに、あの日の痛みが胸を刺す。

 

 私は、ただの仲間でしかないという事実が、ここに留まるのを拒絶している。この仲間たちと共にいることが、苦しくて仕方ないと訴える。

 それなのに、放っておけないとも思う。

 仲間に生じた亀裂が何とかなれば、心おきなく離脱出来る。

 ふと、こうなる前の晩に勇者と話したことを思い出した。彼は、とても寂しそうな目をしていた。

 それでも、僧侶としての私は、もうこれ以上旅を続けられない。


「とにかく、明日何とかしてみよう。ウェーンデンの王都までは一緒に行くんだから」


 わだかまりを残して別れるのは嫌だった。

 綺麗にケリをつけられないと、次に進めない。――彼を、忘れることができない。それは苦しい。


 私は、窓にもう一度目を向け、星を見た。

 輝く星は、冬の到来を告げている。

 もう一度きちんと横になり、目を閉じる。


 次に浮かんだのは、ヴェレクトと相対したときに突然起こった出来事だった。あれは、一体何だったのだろう。あれのせいで、私はどうやらヴェレクトに目をつけられてしまったようだ。

 それについても、何か対策を講じなければならない。

 といっても、何が起こったのかがわからない以上、あまり有効な手立ては思い浮かばない。これについては、大司教様あたりに相談してみるより他はない気がした。

 人形にされるなど絶対嫌だが、逃げきれる自信がないのも確かだ。


 山積する問題にうんざりしながら、私は眠ろうとする。

 しかし、次々と浮かぶたくさんの思いに邪魔され、朝まであまり眠ることができなかった。



  ☆  ☆



 朝餉の席には重苦しい空気が漂っていた。

 手にしたパンをちぎって口に運ぶも、何も味がしない。それを感じ取ってか、他のお客たちは遠巻きにこちらを見つつも一定の距離をとっている。宿の人まで注文をとりに来ると、そそくさと厨房に戻って行ってしまった。

 うん、気持ちはわかる。

 私だって出来れば逃げだしたい。しかし、当事者なのでそうはいかないのだ。とりあえず、さし障りのないことを口にしてみることにする。


「ええと、あの、昨日は助けにきてくれてありがとうございました。それと、勝手な行動をとってごめんなさい」

「ああ、全くだ。かなり驚いたぞ」

「ご、ごめんなさい! リフィエは悪くないの、あたしが……」


 それまでしゅんとうなだれていたエーミャが泣きそうな顔をする。


「それに、あたしのこと、黙っていてごめんなさい。迷惑はかけられないから、ちゃんと謝ってからお別れしようと思ってました。

 本当にごめんなさいっ!」


 赤い髪の毛が揺れ、エーミャは頭を下げる。その姿に一瞬驚いたものの、サーミュとツィーラは苦笑した。勇者も微笑を浮かべ、困ったような顔をしている。


「そうだな、これからはああいう勝手なことをされちゃ困る。何か行動を起こす場合は、きちんと言ってからにすること、いいか?」

「……えっ!」

「そうそう、何で何も言ってくれないのさ、せっかく仲間になったっていうのに、これじゃただの同行者じゃないか」


 サーミュがいたずらっぽい顔で片目をつぶる。


「ああ、それとも、あたしたちと違って、あんたは仲間だと思ってなかったってこと?」


 ツィーラが意地悪な質問を投げる。すると、エーミャは困惑しつつも、その意図を悟ったのか、泣きそうな顔で問う。


「あたし、あたし……そんな、じゃあ、ここにいていいの? フィセル様と一緒に、皆といてもいいの?」

「うん、もちろんだよ。そうだろ? リフィエ、フィセル」


 勇者がこちらに振る。私は当然だとばかりに大きく頷いた。


「そうですよ、誰がいちゃだめだなんて言いましたか? ね、レフィセーレ様」

「え、ええ。そうね」


 しかし、レフィセーレは歯切れが悪い。その面前に座ってスープをぐるぐるかき混ぜているウェティーナも顔色が悪かった。おそらく、ふたりは私以上に寝ていないものと思われる。


 そんなふたりの様子をよそに、エーミャがついに泣き崩れた。嗚咽に混じって、ありがとうを繰り返す。私はその背を撫でてあげながら、硬い表情のレフィセーレを見やる。

 彼女は思いつめたような顔をしていたが、やがて諦めたように唇を引き結ぶと、勇者を真っ向から見た。形の良い唇が、わななきながら開いて、何かを伝えようとした時だった。


 突如、勇者の剣の柄頭にはめられた石が輝いて、そこから光の珠が飛び出し、声を発した。


「リフィエ・マールムはここにいますか?」


 流れ出した声は穏やかな男性のものだ。


「あ、はい、います」

「そうですか。では、今からすぐに神殿へ来て下さい。重要なお話があります。もちろん、勇者様たちもご一緒にお願いします」

「神殿、最寄りの場所で良いのですか?」

「ええ、構いません。出来るだけ急いでください」

「わかりました」


 穏やかな中に緊迫したものを感じ取りながら頷く。心の中に、何か嫌なものが広がる。不安だった。

 それでも、呼び出されたからには行かなくてはならない。


「また魔族がどこかで暴れてるとかかな」


 ツィーラが首を傾げる。しかし、サーミュが訝しげに口を開く。


「それなら勇者はいませんか? と聞かれるはずだよ。でも、さっきの伝書光はリフィエを呼んでたから、別のことじゃないか?」

「そう、ですね。とにかく行くしかないでしょう、他にも色々とやりたいことはありましたけど、仕方ありません」


 ヴェレクトの残した言葉についてや、騎士隊とエーミャの問題など、片付けたいことはある。それでも、神殿からの呼び出しは最優先事項なのだ。あの光は伝書光という神聖呪文のひとつで、離れた場所にいる相手と会話出来るという優れものなのだが、用いることができるのは高位の僧侶のみである。そのため、これが使用されたということは、位の高い僧侶を使える人物――つまり、大司教クラスから呼び出されたということになる。


 勇者、という存在は自由気ままな旅人などではない。あくまでも神殿関係者として扱われている。

 また、旅を補佐する役割もあるため、呼び出しには勇者側も応える必要があった。行き先の情報や、様々なものの補給などを受けるためである。


 そんな訳で、燻ぶるものを抱えながら、私たちは食事を終えて宿をあとにすると、神殿へと足を向けたのだった。


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