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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第五章
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不穏な終幕



「そんな訳ないよな? この気配は相当な高位魔族のはずだ。だとしたら、こんな場所にいる理由はお遊びか、ここに来る人間で何をしていたか知らないが、へどが出る」

「お前……」


 口から血を流し、ザーティフの姿で立ち上がったヴェレクトは初めて笑みを消し、呟くように言う。


「そうか、外から来た異分子」


 じっと勇者を観察するように見る。

 しばらく睨み合いが続き、やがて先に口火を切ったのはヴェレクトの方だった。彼は横たわって治療を受ける私を見ると、ふっと息をつく。


「え~と、勇者、だったか。こっちでのお前の呼び名は。その様子だと、何も知らないわけだ、かわいそうに」


 ヴェレクトはそこで言葉を切って、私を含むパーティを順番に見て行く。最初に、向けられた視線に身をすくめたのはレフィセーレで、次がウェティーナだった。さらに、騎士隊長のロニード・ロラウェイ。

 私とサーミュにツィーラ、部下の騎士たちは不思議そうな顔で様子を見ている。実際、何のことだか全くわからない。何がかわいそうだというのだろう。

 確かに、突然召喚されていきなり魔族からこの世界を救え、などと言われて、重い役目を負わせたことに違いはない。

 けれど、それとヴェレクトの言っていることは、全く違う気がした。


「ほうほう、知ってるやつと知らないやつがいる訳か。まあ、俺がここで教えてやってお前の心を折るのもいいが、そこまでして見たいわけでもないしな。後で他の奴らに聞けばいいさ」

「待てよ! さっきから何を言っているんだ?」


 勇者が困惑したような声を投げかけるが、ヴェレクトはそれを無視して、視線を私へと向けてきた。


「そこの三流僧侶、いや、……リフィエだったか。

 お前のその力、実に興味深い。その上、あれほどの精神力、お前程度の力でこの俺にくってかかってきた奴は初めてだ。

 気に入った……いずれ必ず俺のモノにしてやる、その時には本体で相手をすることになるだろう。楽しみにしておくんだな」

「なっ……!」


 そんなの絶対にごめんだと言いかけた私は、声を失くした。

 なぜなら、ザーティフの肉体から何かがするり、と抜け出すのが見えたからだ。

 途端、力を失ったザーティフの体が糸の切れた人形のように倒れる。

 ――ああ、良かった。

 そう思った矢先、ヴェレクトの精神体が嫌でも視界に入ってきた。


 がっしりとした体躯は想像通りだったが、彫りの深い顔立ちに吊りあがった目、全てから攻撃性を感じさせる造作ながら、人を魅了するものに満ちている。

 彼は驚いている私を心底愉快そうに見ると、

「じゃあな」

 と一言残してそこからかき消えた。


 勇者が慌てて攻撃を開始したが、もうここにヴェレクトはいない。

 小さな舌打ちの後、場を静寂が包むと、次いで気まずい空気が漂いだす。私はレフィセーレによる治療を受けながら、どうしようかと迷った。


 目だけあげて勇者を見ると、その背中はどこか力なく、うつむいているように見える。それまで信じてきたものが足元から崩れ落ちようとしているのを、何もできずに眺めているかのようだ。


 私は手を伸ばして、その背中に触れたいと思った。

 支えてあげたい。

 彼は苦しんでいる。それを取り除けたらと願うが、どう言葉をかけてもダメな気がした。

 きっと、彼は今、必死にヴェレクトが言った意味を考えているはずだ。なぜ、頼られて世界を救う旅をしている自分をかわいそうだなどと言ったのかを。そういう想像というのは悪い方へ流れやすい。

 ましてや、その言葉の意味を知っているものがこの中にいるのだ。今までずっと旅をしてきた仲間のなかに。

 心に育った猜疑の芽は、そう簡単に駆除できるものではない。


 彼の不安を晴らす材料を何ひとつ持たない自分が、ただ歯がゆくて仕方なかった。皆、口をつぐんで誰かが空気を変えるのを待っていた。こういうとき、まっ先に行動を起こすはずのレフィセーレですら、うつむいたまま、もうほとんど治った私に、まだ呪文を掛け続けている。


 誰も破れなかった静けさを破ったのは、サーミュだった。大きなため息をついた後、彼女はヴェレクトの言葉に反応した面々、特にロニード・ロラウェイをぎろりと睨んで言った。


「とにかく! ここでこうしていても始まらない。一旦街へ戻ろう。それで、今夜はゆっくり休んで、明日色々と聞かせてもらう。ツィーラ、リフィエもそれでいいな?」


 あえて名の上がらなかった私とツィーラに向けて問う。


「ああ、あたしは構わない」


 ツィーラはきつい表情で頷くとウェティーナに冷たい視線を向けた。彼女はうつむいて唇を噛み、視線を合わせようとしない。

 最初からパーティにいたのに、なぜそんな大切なことを黙っていたのだと言いたげに見えた。仲間だと思っていた気持ちを踏みにじられたかのような気がしたのかもしれない。

 私も、そんな気持だった。


「はい、それが一番だと思います」


 ツィーラから少し間を置いて、私も頷いた。

 視線の先にはレフィセーレがいる。その表情はひどく苦しげで、勇者の方を一度も見ようとしていないことに、気づかないではいられなかった。

 彼女は最後まで勇者召喚に反対した人物だった。

 だからこそ、それを押し切った神殿に失望してひとりで旅に出ている。その時は単純に、自分たちの問題に関係のない者を巻き込むことを嫌ったからだと思っていたけれど、もし、もっと別の理由があったとしたら。


「よし、じゃあ戻るぞ。ロラウェイ隊長もそれでいいですね?」

「あ、ああ。だが、我々はまだその魔人の娘を連れ帰るのを諦めた訳ではないぞ」


 ロラウェイの言葉に、サーミュは冷笑とともに答えた。


「勝手にすればいい。ただし、エーミャを連れて行きたくば、仲間であるあたしを倒してからになる。それが可能なら挑んでくればいい」


 そのセリフに、ロラウェイは一瞬押し黙り、少し迷った様子で口を開く。


「サーミュ……お前、まだ私を」


 が、サーミュはロラウェイの言葉をさえぎるように手を叩いて大きな声を出した。


「さあ! とっとと帰るよ。ほら、ユウマもぼけっとしてないで、リフィエを運ばないと。あたしはエーミャを運ぶから。いつまでもこんな陰気なところにいたら気が滅入る、町へ戻ろう」


 きびきびと動き出したサーミュにつられて、ようやく全員が呪縛状態から回復した。勇者も、やや頼りないがしっかりとした足取りで私のところへやってくると、背中を向ける。

 彼の背を借りるのに抵抗がなかったかと言えば嘘になるが、運んでもらわなければ移動できないのも事実だったので、おとなしく背中を借りた。


「ありがとう、ございます」

「……いや、当然のことだよ。それより、無事で良かった」


 にじみ出たようなその声に、すがるような響きを覚えて、私は瞠目した。心が揺れる。決心が鈍る。肩に頬をつけたまま、私は嘆息した。感情の揺らぎを抑え込もうと目を閉じる。

 ものを考えるのが辛い。

 そのまま気だるさに身を任せて、私は思考を放棄した。



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