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 その夜。


 食事を終えて、井戸の水を使って一日の汚れを清めてから部屋に戻ると、すでに勇者がいた。妙に据わった目つきで寝台を占領している。これはお説教をくらいそうだな、と思いつつ、私は話しかけてみた。


「あの……何だか怒っているように見えるのですが」


「どうして昼間一緒に来なかったんだ……?」


 勇者は間髪入れずに問うてきた。これはきちんと説明しておいた方がいいかもしれない。けれど、それを言う前に確認しておきたいことを聞いてみる。


 今まではハッキリさせるのが怖くて聞かなかったのだが、こうなった以上聞かないでいることは出来ない。つまり、彼女たちの恋心に、彼が気づいているかということだ。


「それは昼間に説明したではありませんか。それより、どうして私について来て欲しいだなんて言ったんですか。まさか、彼女たちの気持ちに気づいていない訳じゃありませんよね?」


「気持ち? ああ、それはいくらなんでもわかるよ。あれだけ露骨にやられたらね。まあ、男だし、美人に囲まれてる気分は悪くないよ。皆すごく魅力的だし……でも、だからこそ相談相手には出来ないんだよ」


「と言いますと?」


「あいつら、何着ても褒めるだけだし、性能について訊ねても勇者様なら何でも使いこなせます! ……だってさ。結構長いこと一緒に戦ってきてるんだから、俺の得意技とか癖とか知ってるはずなのに、何のアドバイスもくれないとか……その点、リフィエはちゃんと意見を言ってくれるだろ?」


「ああ、そうですね」


 私は納得した。彼が不満そうだった理由もわかった。今まで武具屋で繰り広げられてきたであろう光景がまざまざと脳裏に浮かぶ。彼女たちは勇者に好かれたいという思いから、彼を否定するようなことは一切口にしないのだ。


 しかし、私はうそがつけない性質であるせいで、似合わなければ似合わないとはっきり言う。


 そこで私は最初の頃には、彼からよく相談されていたことを思い出した。そこまで考えて、わたしはちょっとひらめいた。もしかしなくても、彼は友人に飢えているのではないだろうか。何しろ、あの三人がいるために、気安く話せるタイプの人間は近寄ってこないのだから。


 良くわかった。ようするに、こうして夜、私と過ごしたがった本当の理由がだ。


 彼は、気安く話せる友人と夜を過ごしたかったのだろう。確かに、私ならその役目を引き受けることが出来る。胸に、小さな痛みが走った。私はそれを必死で無視した。


「だから一緒に来てほしかったのに、結局買えなかったよ」


 何だかふてくされたようすで言う勇者。そんな様ですら絵になっている。美形ってすごい属性だと思う。別名を女殺しと名付けたいくらいに。


「それは申し訳ありませんでした。でも、やっぱり私は一緒に行けません……彼女たちの邪魔になりたくないのです。ですが、夜にならいくらでも相談にのりますから」


 私はそう答えた。彼らと一緒に武具屋に行けば、見たくないものを見ることになる。今のところ、三人のうちの誰かに特別な感情を抱いているようすはないが、いつどう転ぶかはわからない。


 確信しているのは、決して自分は選ばれないだろうということだけ。だから、ひたすら予防線を張る。ほんのわずかでも隙を見せて、好意を示されたら、希望を抱いてしまう。その後で希望が絶望に変わったらと考えると怖かった。


「何で? あいつらに遠慮してるんなら気にしなくていいよ」


 勇者は不思議そうに言った。思わず「違う」と言いかけたが、すぐに口をつぐむ。私がしているのは遠慮などではない。危険回避だ。けれど、それをあからさまに言ってしまうのは気が引ける。勇者と関わりのないとき、彼女たちはとても良いひとたちなのだ。戦闘中などはちゃんと守ってくれるし、怪我を治したときには丁寧にお礼を言ってくれる。まあ、ひとりツンデレが混じっているが。


「そうですね、では、僧侶としてのアドバイスが欲しいから同行を求めたのだと彼女たちに言って下さい。そうしていただけければ、一緒に参ります」


 事前に報告しておけば、少しは風当たりが弱まるかもしれない。そう考えて私は言った。こんな行き違いでパーティの空気がぎすぎすするのは嫌だ。それなら一番良いのは、私が勇者に異性としての興味を全く抱いていないのだ、と彼女たちに心から信じてもらうことだろう。と言っても、お邪魔虫扱いはされるだろうが。


「……わかった。あのさ、ちょっと聞いていいかな?」


「何ですか」


「リフィエは、本当に一生僧侶をつづけていくわけ? 結婚して幸せになりたいとか考えないの?」


「……ええ。前にも少しだけお教えしたように、私の家族は魔族に奪われました。他にも私のように苦しんだ方々がいます。私は僧侶として、彼らの力になりたい、勇者様に同行することにしたのもそれが理由ですから」


 結婚の二文字を聞いて、わずかなりと動揺したことをさとらせないように笑顔で説明する。


 私の家族は、幼い時に魔族に殺された。ひとり残された私は修道院に入れてもらい、とても良くしてもらったのだ。おかげで、今こうして生きて、誰かの役に立てている。それがひどく嬉しい。彼女たちが救ってくれなければ、こうして生きていたかどうかもわからないのだ。


「そっか。……さて、そろそろ寝るか、じゃあ今日も添い寝よろしくな」


 一瞬、勇者の顔に寂しさがよぎったように見えた。だが、すぐに明るいいつもの笑顔に塗り替えられてしまったので、気のせいだと片づけた。彼は立ちあがると、たじろぐ私のことなど全くおかまいなく寝台に引きずりこむ。すぐにろうそくが消されて、室内は闇に閉ざされた。


 一応夜着には着替えていたので、このまま眠ってしまっても良いのだが、やっぱり落ち着かない。だというのに、ごくわずかの時間で彼は眠りに落ちてしまった。本当に添い寝効果はあるらしい。


 しばらくじっとしていると、体に腕がまわされて心臓が大きくはねる。


 いつか、私ではない他の誰かがここにおさまるのだろう。嫌な感情が胸を満たす。何とかしてそのどろどろした思いを消そうとするうちに、安らぎの眠りが訪れた。



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