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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第五章
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仮初めの聖域



「そうだ、せっかくだから名乗っておくか。俺は四滅将しめつしょうがひとり、ヴェレクトだ、以後お見知りおきを」

「ヴェレ……クト」


 口にした名前は現実味を欠いていた。

 それは、魔王の配下の中でも最も戦闘能力の高い者たちのひとりだったからだ。そんな奴がなぜこんな場所に、どうして魔王の近くに侍っていない。そう思ったら、考えを読まれたらしく、彼は微かに笑う。


「面倒なんだよ、軍を率いて統率してなんて、俺のやりたいことじゃねえしな。俺だけであいつら一万人分の力がある。必要になったら呼べと魔王にも言ってあるんだ……それまでは迷い込んできたねずみで遊んでいるとな。だが、今日は面白い小鳥が二羽も舞い込んできたからな、久しぶりに楽しいぜ」


 呼吸が止まりそうになるのを何とかこらえ、私は再びてのひらを見た。金色の光がすぐに浄化し、魔素は消える。

 しかし、この空間に漂う魔素の濃度は凄まじい。

 いつ、エーミャが影響を受けるか気にかかった。

 もしも暴走し、その手で私やザーティフを殺してしまえば、彼女は一生救われまい。


 ――私の命は、もう尽きたも同然ね。


 ただでさえ不幸体質なのだ。

 もう逃れるすべはないだろう。いつかこんな日が来るような気がしていた。僧侶たるものは常に生と死と共に在れと神殿に入ってすぐに教わる。それを胸に生きてきた。しかし、やはり死ぬのは怖い。けれど、私にはまだやれることがある。

 それをやらないままで終わるのだけは嫌だった。

 

 今の私に出来ること、――つまり、エーミャの手にかからず死ぬことと、ザーティフだけでも逃がすこと。


 ひびの入った杖を強く握り、私は道具類を思い浮かべる。その間、エーミャはヴェレクトから魔素を浴び続けている。

 小さな口から、抵抗の呻きが発せられるたびに、ヴェレクトが嗤う。


「ほらほら、我慢しないでこっちへ来い。どっちにいたって半端ものなお前は、そのまま狂うのが一番楽なはずだぜ」

「ぃ……ゃ、っ」


 すぐにでも殴りに行きたい。助けに行きたい。

 ぎり、と奥歯を噛みしめ、耐えろと言い聞かせる。記憶を呼び起こし、犠牲となった人々がもたらした知識を思い出す。

 四滅将ヴェレクト。

 魔術に長け、特に得意なものは炎系の術。獣化したときの姿は獰猛な獅子。弱点は――不明。

 ただし、恐ろしいほど短気。


 以上がヴェレクトに関して知っている情報だ。それ以上はどれほど唸っても思い出せない。何かあったはずなのに……。私は唇を噛む。たったそれだけで何ができる?

 自分の足りない頭が恨めしい。もうちょっと記憶力があればと悔しさに杖を握る手に力がこもる。白くなるほど力をこめた指先を見て、不意にあることを思いついた。

 顔をあげると、エーミャは地面にへたりこみ、その頭上からヴェレクトが甘い言葉を囁きつづけている。一刻の猶予もなさそうだ。バカバカしい思いつきだが、もうこれで行くしかない。

 私は大きく息を吸った。


「そこの馬鹿魔族! ……こっち見なさいよこの弱虫!」


 怒鳴るように吐きだした言葉。すると、ヴェレクトが胡乱げにこちらを振り向いた。


「あんた、怖いんでしょう」


 いつもなら絶対にしない、というかできない高慢ちきな言い方を心がけ、私は小馬鹿にするように言った。


「はぁ? 何寝ぼけたこと言ってやがんだ、気でもふれたか」

「ふん、勇者と旅してきたこの私が、あんた程度の臆病者相手に気がふれたりする訳ないじゃない。私はただ、四滅将ほどの魔族が、弱い方から相手にしている姿に幻滅しただけよ。

 あんた程度の小虫が配下なら、魔王退治もそれほど大変じゃなさそうね」


 鼻を鳴らして小馬鹿にしたような顔をしてみる。できているかは知らない。だが、上手く行っているようだ。それまで怪訝そうだったヴェレクトの顔に、はっきりと苛立ちの兆候が表れはじめていたからだ。

 彼の視線は完全にエーミャから外れ、こちらに向いている。

 正直に言うならめっちゃ怖い。顔が強面のザーティフだから余計かもしれない。足から力が抜けそうになるが、今行動を起こせるのは私だけなのだ。しっかりしろ私。


 言い聞かせるうち、もうひとつヴェレクトに関する情報を思い出した。

 もしかしたら、時間稼ぎができるかもしれない。私は次にぶつける言葉を自分の中に探す。


「フン、安い挑発だな、そんなものに俺が乗るとでも思ってんのか?」

「あら、私は事実を述べているだけよ。そりゃあ、半魔族のエーミャから洗脳した方が楽よね、体に聖なる力が流れている私たち僧侶を操るなんて不可能だもの。殺すことは出来ても、貴方の人形には出来ないわ。

 それでもねぇ、プライドってものがないの?」


 憐れむような目でヴェレクトを見てやる。


 四滅将の中でも、最も人間たちに憎まれている彼の趣味は、気に入った人間を魔素に染め、自身の配下として人間と闘わせたり、自身の身の回りの世話をさせたりする行為だ。そして、飽きれば殺す。魔素に侵された体は土に還っても人に害をなすため、僧侶によってそれこそ骨の一片も残らずに浄化される。

 今までそうやって家族や恋人を奪われた者たちが彼に戦いを挑んだが、ことごとく還らぬ人となった。


 そんな化け物が、例え精神だけとはいえ私の目の前にいる。


 勝とうと思っている訳でも、倒そうと思っている訳でもない。この身では、命を掛けても追い返すのが精いっぱいだろう。

 まずは、エーミャから引き離す。

 それから、ザーティフの体から追い返すのだ。


 私は虚勢を張りながらヴェレクトの返答をじっと待った。


「……いいだろう、そこまで言うならお前から殺してやる」


 ――かかった!


 足音もなく近づいてくるヴェレクトを見ながら、私はごくりとのどを鳴らした。一歩。二歩。三歩。うまくいくかはわからない。ゆるりと伸ばされた腕が、手の爪先が鼻先に触れるか触れないかの距離に来た時、私は用意していた術を発動させた。


 微かな耳鳴りのような音のあと、小さな石が圧力を受けて軋むような音が充満し、最後には薄い陶器が砕け散った時に似た音とともに、周辺の視界が一気に晴れて、呼吸が楽になる。


「お前っ!」


 ヴェレクトは慌てて手をひっこめ、私から距離をとろうとする。だが、もう遅い。私は口元にうっすら笑みを浮かべながら、いつもの口調に戻って告げた。


「ようこそ、仮初めの聖域へ。四滅将ヴェレクト。あなたは、しばらくここから出ることはできません」



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