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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第五章
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術の正体



 地を音もなく蹴り、小さな体をしならせて、ほんのわずかの間にザーティフの懐に飛び込む。狙いはみぞおち。放つのは一撃必殺の技。

 どうやら気絶させるつもりのようだ。


 力は強くとも体の小さなエーミャでは、腕力にもの言わせて無理やりとりおさえるような真似は不可能だ。だからこその判断だろう。

 しかし、向こうもそれは読んでいたのか、飛びのいて逆に蹴りを繰り出してきた。

 あのくらいの蹴りなら避けられる。私はそう思った。

 が、めき、という嫌な音がし、エーミャの体は一瞬で横に吹っ飛んで壁に激突した。


 私は小さく呻いて、呪文を治療のものへと切り替える。

 金色を帯びた光が、壁の下でうずくまるエーミャを優しく包む。彼女はそれに気づくと、地に手をついて咳きこみながら立ち上がった。

 結われていた赤い髪がほどけ、唇からは血がにじみ、服には土、むき出しの腕や足には擦過傷がいくつも出来ており、凄まじい有様になってしまっている。


「……っ」


 それでも、エーミャはまだ余裕のあるザーティフに向かって地を蹴った。今度は攻撃ではなく、距離をとるために。彼女は私をかばうように前に立った。その小さな背は、大きく息をしている。

 まだ回復が足りないのだ。

 そもそも、半魔族であるエーミャには神聖呪文は効きにくい。

 レフィセーレほど強力であれば別だが、私程度では普通の人に使った時の倍ほどかかってしまうのだ。


 ザーティフは動かない。その小さな隙に思う。

 どうして勇者たちと別行動をとってしまったのだろうかと。こんなことになるなら、エーミャを止めておけば良かった。

 すると、まじまじとエーミャを観察していたザーティフが面白そうにいった。


「……ほう、珍しいなお前。俺と似た生命力を持ってるくせに、この世界の人間なのか。ってことは~、そうか! 混ざりものだなお前」


 からかうようなその声に、ぴくりと小さな肩が揺れる。


「それがなに、そういうあんたはただの術でしょ!」


 必死に言いかえした声は震えている。私は回復を途絶えさせないように注意しながらも、ザーティフの様子を見た。

 ここまできても、まだ彼に掛けられた術の正体がわからない。

 すると「彼」はエーミャの言葉に一瞬きょとんとした顔で黙りこむと、次いで激しく笑いはじめた。

 閉ざされた室内は剥き出しの石壁。そこに笑い声がぶつかり、反響し、さながら四方八方から狂った笑い声を聞かされているように感じられ、恐怖心があおられる。

 それも計算されているのだろうか、と歯がみしたときだった。


 「彼」の笑い声がぴたりとやみ、呆気にとられていたエーミャに突然てのひらを向けた。そこから、火の嵐を閉じ込めたような火球が出現し、凄まじい早さでこちらに襲いかかってきた。

 思わず後ずさった私とは対照的に、逃げ遅れたエーミャはその何発かを食らってしまう。


 腕や足に火球が当たり、エーミャのくぐもった呻き声と同時に、脂の焦げる嫌な臭いが鼻をつく。

 が、優れた反射神経が彼女を救った。

 当たったのはごくわずか。その上、最初にかけた魔術防壁の効果で傷は浅い。

 だが、それとは別に、思わず呟きがもれる。


「……どうして? ザーティフさんは魔法騎士じゃなかったはずなのに」


 私が知る限り、呪術や魔術で他者を操るタイプの術では、当人の持っている能力しか使えない。

 だが、ザーティフは魔法騎士ではない。魔法道具も所持していない。なぜそんなことを知っているのかといえば、ここに来る前に戦力確認のため聞いたのだ。

 さらに、話の流れで魔法騎士には憧れていたが、自分には才能がなかったとも言っていた。


 その彼が、なぜ術を使えるのだ。


 そもそも、魔術を使うということは、自分の精神力を使って世界に働きかけることであり、これを行うには生まれ持った才が必要なのである。それが欠如しているザーティフが、例え操られているにせよ魔術を使うことはあり得ない。

 ただひとつの可能性を除いて。


「……まさか」


 呟いた声は掠れていた。導きだされた答えを口にするのは恐ろしかった。口が渇き、足はすくみ、心臓が激しく打つ。

 すると、そんな私の様子に気づいた「彼」がにやりと笑った。

 淀んだ赤い目が私を映して愉悦に揺れる。


「ようやく気づいたか。まあ、魔族が住みついたなんて場所にのこのこやってくる奴は、よほど自分の力に自信があるか、とことん馬鹿かのどっちかだろうが、お前らは完全に後者だな」


 言って肩をすくめる。

 今だ事情がわかっていないエーミャだけが、構えたまま問うてきた。


「リフィエ、どういうこと?」


 私はごくりと喉を鳴らし、答える。


「ザーティフさんは操られてるんじゃない、乗っ取られたのよ。それも、ここに住み着いているっていう魔族に」

「……っ!」


 一瞬にしてエーミャの顔色が変わった。

 青ざめ、驚愕に唇を震わせる気持ちは痛いほど理解できる。なぜなら、目の前の存在が魔族であるなら、かなりの高位魔族だろうからだ。

 自分たちが試しに使おうとしていたのは低位魔族。

 私たちは騙されていたのだ。

 ずいぶんと以前に現れ、特に近隣の村を襲うでもなく、罠がふんだんに仕掛けられた場所に住みついた魔族。実力があればそんな場所などわざわざ選ぶまいと決めつけた結果がこれだ。


 自身の正体が知れた「彼」は、それまで片鱗すら見せなかった本来の威圧感を放っていた。

 ザーティフの中にいるのは彼の魂だが、それだけでこの圧力。

 ただ立っているだけだというのに、全く隙が見えない。本体はどれほど強いのだろうと思うと、冷や汗が流れた。


 ――だめだ、もう終わりだわ。


 もし、レフィセーレが勇者たちに事情を説明し、彼らが危険だと判断して助けに来るなどという幸運にでも見舞われない限り、私たちが助かる確率は極めて低い。

 それに、来たとしてもそれまで生きていられるかどうかもわからない。

 どうしよう、どうしたらいい。

 混乱し、頭が真っ白になりかけた私だったが、目の前の光景に息を飲んだ。

 エーミャが、震えながらも再度身構えたのだ。


「え、エーミャ?」


 諦めかけた私にとって、彼女の行為は無謀にしか見えなかった。


「ここで諦めたら、あたしはいつまでたっても混ざりもののままで、フィセル様の側にいることすらできない。

 最初は、フィセル様さえ理解してくれてればいいって思ってた、だけど、あたしがフィセル様の側にいるには、皆にあたしはちゃんと人間だって信じてもらわなきゃいけない!

 あたしは絶対に暴走しないんだって、証明しなきゃならないの!

 だから、逃げない!」


 血のほとばしるような叫びだった。

 エーミャは言い終えるや否や、「彼」に向かって行った。私は咄嗟に止めることもできず、伸ばした手は空を切る。


「なるほど、お前たちがここを訪れた理由はそれか。まあいい、久々の訪問客だ、せいぜいもてなしてやる」


 物憂げに告げた「彼」は、にたりと笑った。エーミャはそのまま「彼」の懐に飛び込み、みぞおちを抉るような突きを放つ。そのまま受け止めた彼は、にたりと笑った。


「いいのか? そんな力で殴ったらこの男、死ぬぞ」

「……!」


 エーミャは「彼」の言葉に一瞬怯む。すると、彼はエーミャの頭をわしづかみにしてぶら下げた。苦悶の呻き声。私は慌てて回復の術を再会。

 ――が。


「邪魔だ」

「……え? きゃあっ!」


 バチッという何かに弾かれた音がして、それまで積み重ねるように掛けてきた防御術が一気に解呪される。

 一瞬にして消え去った術の残骸は、輝きながら雨のようにエーミャに降り注いだ。同時に、私の持つ杖にひびが入る。


「なっ……!」

「お前の相手は後だ、そこでじっとしてろ」


 突き刺さるような声の後、私の周囲に黒い霧を固めたような檻が出現する。驚いてそれに触れれば、手がじゅっと音を立てた。痛みはあまりない、しかし、触れた部分だけ紫色に変じている。

 魔素だ。


「そんな……」


 呆然とする私の前で「彼」は告げた。



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