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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第五章
33/63

騎士たちとの交渉

「エーミャ……どうして」


 胴を縄でぐるぐる巻きにされて座らされた少女。それはまぎれもなくエーミャだった。悲壮な顔をしており、私たちを認めると衝撃を受けたようにうつむいてしまう。

 部屋の中には、騎士がふたりいた。


 あの年かさの老騎士と、街の人を捕まえて話を聞きだそうとしていた若い厳つい騎士だった。

 彼らは私に気づくと渋面を作った。

 最初に口を開いたのは、老騎士の方だった。


「……連れて帰って下さらんか」


 彼は疲れたように言った。私とレフィセーレは、一瞬信じられない思いで老騎士を見やる。すると、苦笑が返ってきた。彼は静かに告げた。


「信じられないと言いたげな顔だが、我らにとってこの魔人の娘は扱いが難しいのだ。

 この娘、自分の力だけで魔族を倒したなら、勇者パーティの一員として認めて欲しいと言ってきた。そんなことを我らが真に受ける訳がなかろう。捕獲する良い機会だとしか思わぬわ。

 あなたがたが思う通り、我らの任務はこの娘を含めた魔人の捕獲だ。

 獲物の方から飛び込んで来てくれたのは好機に違いなかろう。だが、もし今捕らえて連れて帰ったとしても、勇者殿らが連れ戻しに来た場合、我らの力では到底叶わぬ。それに、勇者殿に剣を向けられる者がどこにおる、彼は我らだけでなくこの世界の希望なのだ。その勇者殿が仲間として認めている以上、どう考えても、この娘を捕らえることは出来ぬのだ」


 淡々とした説明に、隣の大柄な男が渋い顔をしている。彼は捕獲するべきだと思っているのだろう。彼らにとって王の命令は絶対なはずだ。いくら勇者が関わっていたとしても、任務は失敗とみなされる。危険因子を回収出来なかった罰として、降格される可能性すらあるのだ。

 彼の気持ちは良くわかる。


「……それでは、連れて帰らせて頂きます。あなた方のお慈悲に感謝致します」


 レフィセーレはそう言って老騎士に頭を下げると、エーミャの縄をほどきにかかった。すると、それまでぐったりしていたエーミャが、突然顔を上げて言った。


「だめ、だめだよフィセル様! こんな形じゃ、あたし戻れない。あたしはちゃんと人間で、他の人を傷つけないんだって認めて貰わなくちゃ!」

「そうね、でもこれから勇者様の役に立てば十分認められて行くわ」

「そうよ、これまでだって、ずいぶんと助けてくれたじゃない」


 私はレフィセーレを援護した。それでも、エーミャは首を左右に振って、涙目になりながら騎士たちに挑むような視線を向ける。


「そんなんじゃだめなんだよ、この人たちを認めさせないといけないの! そうじゃなきゃ、あたしフィセル様の側にいる資格なんかない、絶対に、だめなんだよ……」


 頑なに言い張るエーミャに、私もレフィセーレも言葉を失う。やがて、静かに声を発したのは若い騎士だった。


「そこまで言うのなら、この娘の言う通りにさせてはどうですか?」

「何だと?」


 老騎士が眉をひそめた。レフィセーレは険しい顔で若い騎士を見つめている。エーミャはといえば、まるですがるように若い騎士を食い入るように見ていた。


「マールムさんでしたか、もしも、この周辺に魔族の住まう場所があるかご存知ならばお教え頂きたいのですが」

「えっ、魔族の住まう場所ですか。確か、今日神殿を訪れた際に、この街近くの塔にいると……まさか」


 若い騎士に突然質問を投げられた私は、答えながら彼の真意に気づいて眉根を寄せた。彼はゆっくりと頷いてから返事を返して来た。


「そうです。魔人は魔族の側に行くと、魔の力に引きずられて悪の感情が引き出されると言います。それを見事に抑え込めれば、害のない魔人として認めることも出来ます。どうしますか?」

「やる! あたし、そうすれば認めてくれるんでしょう?」


 エーミャの声に、若い騎士は重々しく頷いた。


「一度口にしたことは守る。ガーロン殿もそれで良いでしょうか」

「……わしは気が進まぬが、こうなったら致し方あるまい。それで、どうするつもりなのだ」

「我ら全員で向かうのは流石に危険です。言いだした私が彼女に同行し、引きずられないかの確認をしたいと思います。我らにとっては、今後の魔人たちに対する扱いの参考になるでしょう。ガーロン殿は隊長と皆にこの事をお伝え願いたい」


 若い騎士は老騎士――ガーロンに説明した。ガーロンはしばし悩んでいたようだったが、やがて「それが最も良いか」と呟いた。すると、エーミャの縄をほどいていたレフィセーレが言った。


「それなら私も行きます、エーミャをひとりには出来ません。第一、もし死ぬようなことになればどうするのですか? 回復の神聖呪文を使えるものがいないまま魔族に戦いを挑めばどうなるか、あなた方とて良くご存知のはずです」


 レフィセーレの言うとおりだった。実際、人間の攻撃では彼らは中々倒せない。そうでなければ、わざわざ異世界から勇者を召喚する必要などなかったのだから。

 だが、若い騎士は首を横に振った。


「それは認められません。貴女は聖女でしたね、そんな力の持ち主が側にいれば、この娘は常に浄化され続けることとなる。それでは正確な判断が出来ません」

「そんな! だったら認めてくれなくてもいいわ、戻りましょうエーミャ」

「大丈夫、フィセル様がいなくても、あたしちゃんと認められてみせるから、認められなきゃ、皆のところへなんて戻れないよ」

「エーミャ……」


 それ以上かける言葉がないのか、レフィセーレは押し黙る。

 彼女たちの姿を見て、いたたまれなくなった私は、もしやと思って言ってみることにした。聖女ほどの力は持たないが、神聖呪文を使える人間ならどうだろうと思ったのだ。


「あの、それでは私が同行するというのではどうでしょうか?

 私なら存在しているだけで魔素の浄化など出来ませんし、もし騎士様が途中で怪我をなさった場合などのことも考慮すれば、その方が良いと思いますが」


 すると、騎士たちは顔を見合わせた。どちらも渋面なので、私の提案を受け入れがたいと考えているのは明白だった。案の定、若い騎士は渋い声で言った。


「しかし……それでは貴女も危険な目に合うでしょう。ただでさえ、我らは貴女に償いきれないことをしてしまっている。これ以上は……」

「危険ですって? お忘れですか、私は今までずっと勇者様たちと共に魔族を倒して、魔素を浄化し続けてきたのですよ。それに、騎士様も同行して下さるなら、守って下さいますでしょう?」


 そう言うと、騎士たちはますます微妙な表情になった。


「私が聞いた話だと、塔の魔族はそれほど強くないらしいですから、大丈夫ですよ。ね?」


 さらに念押しすると、ガーロンが諦めたように言った。


「そこまで言われては断れぬな。確かに、貴女なら一緒に行っても問題はないでしょうが、ザーティフ、くれぐれも傷を負わすことの無いよう気をつけるのだぞ」

「致し方ありませんね。それでは、我らでその塔とやらへ向かうことにしましょう」


 若い騎士――ザーティフは肩をすくめて言った。

 私は心からほっとして二人に頭を下げる。


「ああ、良かった! ありがとうございます。そういう訳ですから、レフィセーレ様は皆にこのことを伝えて下さい」

「……リフィエ、ありがとう。本当は私がついて行きたいけれど……」


 レフィセーレはエーミャを見やる。既にやる気に満ちている少女の様子に、もう口出し出来そうにないという諦念のにじんだ辛そうな顔で言った。


「大丈夫です。私の術はレフィセーレ様ほどじゃありませんが、それなりに強いですから、きっと皆無事で帰って来られますよ。それに、もしかしたら、魔人に対する認識を変えるきっかけになるかもしれないですしね」

「そうね、そうなってくれることを願っているわ。

 ふたりとも、気をつけてね」

「心配しないでフィセル様! リフィエはあたしが守るから、だから大丈夫……」

「そうですよ、レフィセーレ様は戻って下さい。すぐに終わらせて帰りますから」


 私とエーミャの言葉に、レフィセーレはそれでも不安げな顔をしたまま「わかったわ」と言った後で、騎士たちに向き直った。


「公正な判断をお願いします」

「わかっています、神に誓って」


 ザーティフが言うと、レフィセーレは睨むように騎士たちを見てから立ち去って行った。すると、彼はすぐに切り出した。


「それでは、どうしますか……今すぐ出立しますか、それとも朝になってから?」

「今すぐでいいでしょう、塔はすぐですから」


 待っていては色々と面倒なことになる。そう判断して私は言った。朝になってしまえば、隊長や他の騎士たち、勇者とあの三人まで説得しなくてはならなくなる。そうなったら話が決裂する可能性だって出てくるかもしれない。


「わかった、私は構わない。それでは、すぐに向かおう、案内はお願いする」

「はい、それじゃあ行きましょう、エーミャ。ええと、ガーロンさん、失礼します。この事、皆さんに必ずお伝え下さい」

「ああ、事と次第はきちんと伝えておこう」


 ガーロンの言葉に私は笑みを返し、部屋を出た。


 宿を出るとき、酒場の主に妙な顔をされながら、通りに出る。私は神殿で見てきた塔の場所を思い返しながら歩いた。同時に、ずいぶんと奇妙なことになったものだな、と思いつつ街の北へと足を向けた。



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