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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第五章
32/63

エーミャの独走

 お茶を飲んだカップを片づけてから部屋へ戻ろうとした時、窓の外に小さな影を認めた。

 私はその姿に息を飲んだ。


 頭の左右でくくられた赤い髪は、まぎれもなくエーミャのものだ。彼女は旅装を整えて、どこかへ行こうとしているようだった。しっかりとした身支度は、当分街へ帰らないときのみにするもの。つまり、遠くへ行くつもりなのだ。


「……どうして」


 騎士たちから逃げるためにパーティを離れるつもりなのだろうか。いや、彼女がレフィセーレから離れるとは考えにくい。だとしたら、騎士たちに何かを知らしめるため?

 どうしよう。とにかく、レフィセーレは絶対に知らせるべきだ。


 困惑したまま、私は急いで彼女の部屋を訪れた。ノックすると、すぐに返事が返ってきた。リフィエだと告げて入ると、彼女はまだ起きていて、小さな手元の明かりを頼りに、神の言葉を記した神言書を読んでいるところだった。


「どうしたのリフィエ……?」

「あの、エーミャの事なんですけど」


 そう告げると、レフィセーレの顔にさっと緊張が走った。私は言い方が良くなかったかもしれないと思った。恐らく、魔人についての話だと思われてしまったのだろう。


「あの子のこと、やっぱり気になるの?」


 やはり、レフィセーレは固い表情でそう問い返して来た。私は慌てて否定した。


「いいえ、そうではないんです……。ただ少し前に、エーミャが出て行ったみたいなんです。窓の外を見た時に、たまたまそれらしい影が見えて、あの髪はきっとエーミャだったと……戻って来ていれば良いかもし思ったんですが、いなんですか?」

「少し前に水を飲むからと出て行ったきりで、私は待っていたの……」


 驚いたように呟いたレフィセーレは、掛けていた寝台から立ち上がると、言った。


「とにかく追いかけてみるわ。間違いならいいけど、そうじゃないなら」

「私も一緒に行きます」

「えっ、でも……」

「エーミャは仲間ですから、心配なんです」


 真摯な気持ちで言うと、レフィセーレはしばらく黙った後で、頷いてくれた。


「わかったわ。けど、もしも何かあった時の場合、皆さんに何か残して行かないと……私が書くから、貴女は荷物をとってくるといいわ」

「わかりました」


 私はすぐに頷いて、自分の部屋へと向かった。



  ◆



 暗い夜道を、赤い髪を探して歩く。


「確か、こっちの方向だったと思うんですが」

 

 窓からちらりと見ただけなので、はっきりしたことはわからない。すると、レフィセーレは「ちょっと待ってて」と言うなり、手を組んで瞑想し始めた。どうやら、エーミャの気を辿っているようだ。


 私には真似できない術だ。


 人間の持つ生気というのは固有の色があるのだという。魔法を使う際の動力源ともなる、世界を流れる様々な生き物が発する動力には流れというものがあり、少し前のものならその流れから後を追いたい人物の痕跡を読みとることが出来るのだそうだ。

 優れた猟師が獣の足跡を探る技と例えるのが一番わかりやすいかもしれない。

 ちなみに、そう説明してくれたのは勇者だった。

 未だに言葉の半分くらいしか理解できていないが、とにかくそういうものらしい。


 しばらくレフィセーレが探る邪魔にならないよう黙り込む。やがて、彼女はある方向を向いてから目を開けた。


「あっちよ」

「あっちって、高級宿がある方じゃ……」


 つぶやいた私とレフィセーレの目が合った。どうやらお互いに考えていることは一緒らしい。ややあって、ため息交じりにレフィセーレがぼやいた。


「リフィエが一緒に来てくれて良かったわ。私じゃ、彼らに対して発言力がないもの」

「それは、そうかもしれませんね」


 流石の私もそう思った。

 恐らく、エーミャが向かったのはあの騎士たちのところだ。彼らは広場から後宮宿の並ぶ通りへと立ち去って行ったから、そちらに宿泊していることは明白だったからだ。

 もし、エーミャが彼らのところに向かったのなら、即座に捕らえられている可能性が高い。その場合、レフィセーレでは彼らからエーミャを助け出すことは不可能だろう。


 聖女たるレフィセーレは、私と同じく、人間に対しての攻撃手段が少ない。

 もちろん、神殿には神官戦士もいるが、私とレフィセーレは神聖呪文の使い手だ。こちらは、人間に対しては癒しや解毒の効果、また一時的に筋力を上げたり、魔法に対する抵抗力を上げる呪文はあるのだが、攻撃系はほとんどない。

 あるとしたら、相手を眠らせたり、体力を一時的に落としたりすることが出来るくらいだ。


 戦闘職種に叶う訳もない。

 一瞬、勇者を連れてくれば良かったかもしれないと思ったものの、今さら遅い。


 なら、今使えるのは彼らの私に対する引け目くらいだ。彼らは、かつて私の家族と仲間を救えなかったことを心から悔いている。それを利用するのは正直嫌だったが、エーミャが連行されてしまうことを思えば、背に腹はかえられなかった。


「とにかく、急ぎましょう」

「はいっ」


 私とレフィセーレは小走りに通りを駆けだした。



  ☆  ☆



 レフィセーレが気を読んだ結果、この街で三番目に立派な宿の前で、エーミャの気配が途絶えていることがわかった。


 宿は、全体的に遅くまで開いていることが多い。

 と言うのも、酒に酔った客が戻ってくるのは遅く、朝にずれこむこともあるからだ。また、一階部分が食堂になっている宿は、夜になると酒場になる場合もあり、その場合は基本的に一晩中開いている。

 その宿も酒場になっているらしく、ちらほらと客が出入りしていた。

 恐らくは他に宿をとったか、この街の住人だろうと思われる。


 女ふたりで入るのにはやや抵抗があったものの、私とレフィセーレは意を決して中に入った。


「ぃらっしゃいませぇー」


 気だるげな声が私たちを迎えてくれた。見れば、バーカウンターにややくたびれた風情の主が立ち、客に酒をひたすら供していた。私はとりあえず、彼の近くへ歩み寄ると訊ねた。


「あの、このくらいの背丈の赤い髪の女の子を見ませんでしたか?」

「あー、何、あんたらあの子どもの保護者か何か? ここに泊まっている客の部屋を教えろってうるさかったから、客のことは教えられないって言ったんだ。

 そしたら、じゃあ部屋を片端から訪ねるとか言うもんだから、仕方なく教えたけど、ああいうの困るんだ、さっさと連れて帰ってくれ」

「……そ、それは申し訳ありません。あの、これ、迷惑料としてとっておいて下さい。それで、その部屋はどこでしょうか?」


 私が訊ねると、主は「おい」と誰かを呼んだ。すると、若い給仕の娘がやってきた。

「この人たちをさっきのガキの所に案内してやれ」

「え、はい」


 娘は困惑したように私たちを見てから「こちらです」と言ってさっさと歩き始めた。その後ろについていくと、二階へ続く階段へ向かう。

 酒場にいた人々の怪訝そうな目からようやく逃れられ、安堵したところで、薄暗い廊下を進む。

 掃除は行き届いており、古さもあまり感じさせない。


 やがて進むうちに、廊下に聞きなれた甲高い声が響いた。

 レフィセーレが思わず娘に問うた。


「もしかして、あの声が上がった部屋?」

「あ、はい、そうです」

「ありがとう」


 言うなりレフィセーレは駆けだした。私も慌ててつづく。

 そして、部屋の前に辿りつくなり、ドアを叩いて怒鳴った。


「開けて、エーミャ、そこにいるのね!」


 しかし、中々ドアは開かない。それでもめげずにレフィセーレが叩き続けていると、ドアはゆっくりと開かれた。私は中をのぞきこんで、思わず呻いてしまった。 



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