リフィエの過去、エーミャの真実
通りにいては邪魔になるため、場所を移動してから話をすることにした。
とりあえず、広場へと向かう。広場には屋台が並び、美味しそうな匂いが充満している。そこで夕餉を済ませる者もいるのか、屋台ごとに椅子やテーブルが乱雑に置かれていた。
また、広場自体にも休憩用の長椅子が置かれているので、私たちはまずそこへ座ることにした。
戦士たちを良く見てみると、質の良さそうな鎧を身につけ、同じ意匠の剣を所持していることから、ただの戦士集団ではなく、騎士たちだとわかった。
また、彼らの胸に付けられた紋章は、シュロヴァス王国のものだったことから、彼らが王命を受けて行動していることが伺えた。
そんな彼らが何故、ただの少女に過ぎないエーミャを捕らえたのだろう。
何か嫌な予感がし、私はまだ怒りの収まらない様子のレフィセーレの横で様子を見守った。
やがてそれぞれ椅子に収まると、勇者がまず問うた。
「それで、どうしていきなりエーミャを捕らえたりしたんだ?」
「我らはシュロヴァス王国のロラウェイ騎士隊だ。王命を受けてある者たちを追っている。その娘こそ、我らが標的のひとりなのだ」
口にまで糸がくっついて喋ることの出来ない隊長の代わりに、最も年かさの騎士が答えた。
どうやら彼が副隊長らしい。
「……標的? エーミャが?」
勇者は怪訝そうな顔でエーミャを見た。彼女は青ざめた顔のまま、勇者だけでなく、私たち全員と目を合わせようとしない。
私の脳裏に、あの雨の日の印象がよみがえった。
――ただの少女が、魔物や魔族と素手でここまで戦えるわけがない。何かあるのでは、と思っていたけど……。
心臓が大きく脈打った。
過去の記憶が鮮明によみがえり、心を焼いて行く。忘れようがない、あの漆黒の闇に放り込まれたような絶望を。
年かさの騎士が嘆息した。若い騎士たちは全員エーミャを忌々しげに見ている。うち、最も体格の良い騎士がしびれを切らしたのか説明を始めた。
「そうだ。その娘の父親は魔族なのだ。その娘は魔人、人でもなく魔族でもない存在なんだ」
彼の告げた言葉に、その場の空気が凍りついた。
私だけでなく、勇者やサーミュ、ツィーラ、ウェティーナの目がエーミャに釘付けとなる。ますますうつむいてしまったエーミャの姿を眺めながら、私、ああ、やはりと感じていた。
薄々、そうなのではないかと思っていたからだ。
私たちが困惑する中で、体格の良い騎士はさらに言葉を並べ立てていく。その語り口調は厳めしく、いかに自分たちが正しいかと訴えかけてきた。
「魔族としては生きられず、人として生きようにも、生まれ持った力で社会や人に害をなす。
ゆえに、結界のうちに捕らえてそこから出ぬようにしているのだ。
我らの国、シュロヴァス王国は大神殿の近くにあり、魔族からの攻撃が最も激しく、かつ魔族の数も多い。中にはその娘の母のように情を通じてしまう者が多々いる。
我らは大神殿の力を借り、彼らを管理しているのだが、時折脱走者が出ることがあり、我らは彼らを捕らえ、時には処刑するために派遣されたのだ」
彼が一旦語りをやめると、横で息を殺していたレフィセーレが立ち上がった。
「処刑ですって? 絶対にそんなこと許さないわ。
魔人だから人ではないと言うあなたたちの理屈は筋が通っていません。彼らの中にはそういう者もいるでしょう、それは人間にも犯罪者がいるのと同じことよ。
そうやって勝手な理由で差別するから、彼らは私たちに牙を剥くんじゃないの」
唐突に大声を上げたレフィセーレに、私たちや騎士たちだけでなく、周囲の人々の視線が集まる。そんなことはお構いなく、彼女はエーミャの側へ行くと、その小さな体を抱きしめた。
彼女の瞳には怒りと同時に、どこまでも真っ直ぐな思いが浮かんでいる。
そもそも、レフィセーレが大神殿を出奔し、一人で旅をしている理由のひとつがそれだった。どうしても大神殿の理念が、彼女には受け入れられなかったのだ。
だから彼女は大神殿を飛び出して、一人で魔王を倒そうとしたのである。
大神殿も散々引き止めようとしたのだが、彼女に逃げられれば消息を追うのは大変なことで、そちらに回せるほどの余力が無かったために諦めたのだ。
「なるほど……と言っても、俺たちは魔人については知らないし、何よりエーミャが誰かを害するとはとてもじゃないけど、信じられないな」
勇者は体格の良い騎士に向けてきっぱりと言った。だが、騎士の方も退かない。
「信じて頂かなくとも、貴方が勇者であるならばいずれは我らの国へ来られるでしょう。その時に見て頂ければ良いことだ。
どうしてもその娘を我らに渡したくないと言うならば、今すぐに我らの国へ状況を来て頂きたい。
それに、この国の人にも話を聞いてみればよろしかろう」
体格の良い騎士は周囲を見やる。
誰か捕まえて話を聞きだそうとしているようだ。しかし、彼らの放つ威圧感は周囲の人々に恐怖を与えるらしく、行きかう人々はなるべくこちらを見ないようにしている。
私はどうすべきか悩んだ。
彼の言うことが正しいことを、この場で最も知っているのは私だった。
「どういう意味だ?」
訝しげな顔で勇者が訊ねると、騎士は渋い顔になり、固い言葉で告げた。
「今から十五、六年前にも、脱走者が出たのだ。我らが何とか追いついて彼らを捕らえた頃には、すでに犠牲者が出ていた。彼らは逃走する資金を得るために隊商を襲ったのだ。
使いこなせていない魔人としての力を暴走させて狂った挙句、生存者はたったひとりの少女だけだったという。それだけでなく、各地で似たような被害を出したのだ。
それ以来、取り締まりが厳しくなった。我の言を疑うのならば、誰かに訊ねて見ると良いだろう」
彼の言葉に、沈黙が下りる。
「だけど……」
困惑気味の勇者と、ウェティーナ、ツィーラが互いの顔をうかがう。ためらいが見え隠れしている。騎士は大きく嘆息し、言った。
「では、やはり誰かに訊ねてみることにしよう。我らも疑われたままでは困るからな」
そう言うと体格の良い騎士は立ち上がり、周囲を行きかう人々に目を凝らす。このままでは、他の人にいらぬ恐怖を与えることになる。私は、言うしかないだろうと思った。
「その必要はありません」
「……だが」
騎士は言い渋る。それでは私たちが納得しないだろうと言いたげだったが、それを遮るように彼の目を真っ向から見て、はっきりと告げた。
「今ご説明のなかにあった、たった一人だけ生き残った少女というのは、私のことですから」
それは、全ての幸せを諦めることを決めた出来ごと。
そのために、私は僧侶となり、生涯を誰かに尽くすことで償いをすることを選んだのだ。決して恋してはならないと決意したのもそれが理由だ。それに、恋したとしても、結ばれるつもりは毛頭なかった。
私は、幸せになってはいけないのだから。
その場にいたほとんどのものが息を飲んだ。レフィセーレですら、驚愕の面持ちで私を見てくる。私は、ごくわずかの人にしか過去を告げていない。
言えば、何かしらの同情は貰えるけれど、それは私にはいらないものだった。
「では、貴女がリフィエ・マールム?」
「はい。私の家族と仲間たちは、力を暴走させた魔人によって皆殺しにされました」
騎士たちは茫然とした面持ちだった。しばらく互いに何かを言い、特徴と合っている、年齢もこのくらいだろう、などと言っているのが聞こえた。やがて、年かさの騎士が私の前にやって来て、ひざまずいた。彼は静かに首を垂れる。
「我らが間に合っていれば……申し訳ありませんでした」
「いいんです。それに、エーミャのことも、連れていかないで下さい。彼女は彼らと違ってきちんと自分の力を使いこなせていますし、レフィセーレ様の側にいれば、暴走しても抑えることが出来ます。
何より、彼女には随分と助けられましたから」
それは本当のことだ。
エーミャの力は、これからの戦いには絶対に必要不可欠なものなのである。欠く訳にはいかない。
私は強い決意を込めて言った。