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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第四章
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押し寄せる過去たち



 恐る恐る顔を上げると、彼の明るい褐色の目と目が合う。その表情は珍しく怒っているようで、同じように振りかえった三人は凍りついたように動かなくなる。

 やがて、勇者はため息をつくと、おもむろに手を伸ばして私の腕を掴み、三人の壁から私を引きずり出した。ようやく解放されて一瞬安堵したものの、三人の目は言っていた。

 後で絶対に聞きだしてやる――と。

 私は曖昧に笑って、肩を落とした。

 恐らく、言うまで三人は私にまとわりつくだろう。それを想像するだけで、精神的にぐったりする。

 嫌だなー、争いの火種をまきたくないよー、と心の中で泣いていると、サーミュがうろたえながらも釈明を始める。


「いや、誤解だユウマ。あたしたちはリフィエに聞きたい事があっただけで……」

「ふぅん、じゃあ俺がいてもいいだろ。一緒に聞くよ」


 彼が言うと、三人は何も言えなくなってしまった。

 まあ、それはそうだろう。彼女たちが知りたいのは、勇者とレフィセーレがふたりきりの時に何していたのか、という話だ。私だって、あれを見たことは彼の前で口にしたくない。

 何とかしなければ、という思いから言う。


「……あの、本当に皆さんとはお話していただけですから」

「リフィエ、庇うことないんだぞ。嫌なこと言われたならちゃんと言わないと、またあんなことになるのはごめんだからさ」


 実に真剣な顔で私の両肩を掴み、勇者は言った。

 どう対応すればよいものか。嘘など言っていないのだが、彼の目は疑いに満ち満ちている。いや、疑いしか浮かんでいないように私には見えた。

 

「いえ、ですから本当にお話していただけ……」


 ですから、と続けようとした時、少し離れた場所から悲鳴が上がった。同時に、レフィセーレの怒ったような声が響く。


「何をなさるのです、その手を離しなさい!」


 驚いて声のした方を見やると、良い作りの鎧に身を包んだ戦士たちがエーミャに剣を突きつけ、捕縛しようとしているではないか。レフィセーレが怒りながらエーミャの近くへ寄ろうとするものの、戦士のひとりに腕を掴まれていて行かせてもらえない。

 そうこうしている間に、エーミャは連れて行かれてしまいそうだった。

 しかも、当のエーミャは衝撃を受けたような顔をしており、全く抵抗する素ぶりを見せない。彼女の力を持って抵抗すれば、戦闘職の男たちといえど、ああ簡単に連行など出来ないはずだ。それに、遠目でははっきりしないものの、エーミャの顔はかなり青ざめているようだった。


 離れて話しこんでいたので、私たちにはなぜそんなことになっているのかが分からない。ただ、とるべき行動は決まっていた。

 エーミャを助けるのである。

 

 サーミュは腰に吊るした剣の柄に手を掛け、ツィーラは懐の投げナイフを手にする。ウェティーナは特に何もしていないが、一言呪文を口にすれば、彼らは彼女の魔法の餌食にされるだろう。

 エーミャを捕らえているのは歴戦の猛者たちのようだが、魔族相手の戦闘を繰り返してきた彼女たちには到底かなうはずもない。

 私は状況を見守ることしか出来ないので、邪魔にならないよう一歩後ろへ下がる。

 だが、彼女たちが攻撃を仕掛ける前に勇者が言った。


「皆はここで待ってて、俺一人で十分だ」


 彼は背の長剣や、腰の小剣を手にすることもなく、無造作に戦士たちに近づく。戦士たちはレフィセーレの声に気をとられていて、勇者の接近に気づいていない。

 周囲を行く人々は彼らから離れるようにしつつも、興味があるのか遠巻きに眺めている。そのひとたちの後ろから「どけどけ」「通せ」と声が上がった。

 警備兵らしき者たちが騒ぎを聞きつけて駆けつけてきたようだ。だが、彼らは戦士たちのまとう鎧についた紋章をさすと、困ったように顔を見合わせるばかりだ。

 どうやら、彼らはただの戦士集団ではなく、どこかの貴人に仕える騎士たちのようだ。

 だが、誰であろうが私たちには関係がない。

 勇者は、おもむろに一番端にいた背の低い戦士の首に腕をするりと回し、死んでしまわない程度に強く締めた。


「……っ! ぐっ」


 首を絞められた戦士がつぶれた声を上げる。彼らはそこでようやく勇者の存在に気づいた。


「その子を離せ、離さなければこいつがどうなっても知らないぞ」

「何だ貴様! ヒラースから手を離せ!」


 憤り、エーミャへ向けていた剣を勇者へと向ける。

 だが、そんな程度で怯む訳はない。ますます強く締め付けると、小男、ヒラースの顔色は見る間に悪くなっていく。今にも気絶しそうだ。

 だが、戦士たちはエーミャを離そうとはせず、勇者に立ち向かう素ぶりを見せ始めている。


「……ヒラース、だと」


 すると、隣にいたサーミュが険しい顔でつぶやいた。


「どうかしたんですか」

「知っている名前だったんだ。それにあの紋章……」


 うわ言のように呟き、サーミュは険しい顔で前へと踏み出す。ゆっくりとした歩調だったが、次第に早くなり、終いには勇者の横をすり抜けて、戦士たちの中でも最も地位の高そうな人物の元へと踊りかかった。

 不意をつかれた戦士は突然の体当たりに尻もちをついた。


「何をする!」


 戦士たちのうち何人かがサーミュへと剣を向けた。だが、サーミュの怒声が早かった。


「よくもおめおめとあたしの前にその面晒せたものだな、ロニード・ロラウェイ!」


 こちらからは彼女の背中しか見えないので、どんな表情をしているのかはわからない。それでも、サーミュが激昂していることは確かで、しかも彼らとは顔見知りらしい。

 呆気に取られて眺めていると、サーミュはロニードの首を掴んでぎりぎりと締め始めた。

 かなり本気だ、止めないとヤバい。


「ああ、どうしよう」


 私は横のウェティーナとツィーラにちらりと目配せした。

 レフィセーレは捕まっているし、エーミャは相変わらずぐったりしていて動こうとしない。勇者は小男を離すべきかで悩んでいるようだ。

 私ではどうしようもない。その視線の意味に気づいたのか、ウェティーナが嘆息した。


「もう、何なんですの? サーミュ、その人を殺してしまうおつもり?」

「そうだぞ、とにかく手を離せ! でなければ攻撃するぞ」


 だがサーミュの手は緩まらない。ウェティーナは仕方なく、ツィーラと目を見交わした。


「仕方ないわ、アレを使いましょう。どちらも傷つけずに捕らえるにはアレしかありませんわ」

「そうだな、ちょっと勿体ないけど、また手に入れればいいし」


 そう言ってツィーラが放ったのは、巨大な網だった。

 それがサーミュと隊長らしきふたりの側に出現すると、突然その体積を広げ、網に絡めとったのだ。そして糸の部分に触れた瞬間に皮膚をくっつけて動きを完全に止めるのだ。


「ああ、闇蜘蛛の糸か」


 私は呟いた。流石はツィーラだ。

 闇蜘蛛は元々この世界にいる霊虫で、かつて魔族に支配された彼らの住処である聖なる森を救ったときにお礼として貰ったものだ。

 依頼主は彼らではなく、ハイエルフ達だったが、彼らは感謝して欲しければまた来れば良いと言ってそれをくれたのだ。

 ただし、投げる際にちょっと間違うと網が広がりきらず、周囲のあらゆるものを巻き込んでしまうという扱いにくさがある。特定の標的だけ捕らえるには技術が必要だった。


 だが、ツィーラその場ですぐに使いこなして見せた。流石は器用さでは右に出るものがいないと盗賊ギルドの長に言わしめたツィーラである。


 ふたりは小さな悲鳴を上げてその場に縫いとめられた。

 戦士たちは困ったように隊長らしき人物と勇者、そして私たちを見ていたが、やがてひとりがサーミュに気づいた。


「ああっ! 待って下さい、サーミュ姉さんじゃないですか?」


 ひとりが声を上げると、全員の視線がサーミュに注がれた。

 サーミュは、悔しそうに顔を歪めながら言った。


「そうさ、いいからその娘を離してくれ。あたしたちの仲間なんだ」

「ま、まさか、仲間って……」


 中でも最も年をとった戦士が、勇者に視線を向ける。

 その時、ヒラースという戦士がついに泡を吹いて気絶した。勇者は彼を地面に放り捨てると、にこやかに笑った。


「それで、まだやるつもり?」


 戦士たちはあっさりと戦意喪失した。



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