呼び方には気持ちが現れるものですね。
全員に説得され、パーティヘ戻ったものの、やはり私には微妙に居場所がなかった。
レフィセーレがいるので、回復役としては必要ないし、結局は皆の相談役兼雑用係みたいな位置に落ち着くことになった。
その日はウィーマに泊まり、翌日に再びウェーンデンへ向けて出発した。
次の目的地はウェーンデン王都。ただし、途中で魔物や魔族に苦しめられている人がいれば、当然そちらを救う方が優先される。
本音を言えば、早く神殿を訪ねてパーティから離脱したかった。
心の中で、魔族どもめ出てくるなと念じ、神にどうか真っ直ぐに王都に行けますようにと願う。
と言うのも、あれ以来、パーティ内の関係性がぎこちなく、非常に居心地が悪いのだ。三人は私に対して、一歩距離を置くように接してくるし、レフィセーレとエーミャは、むしろ積極的に話しかけてくれるようになった。
勇者はと言えば、逃げられたくないのか四六時中近くにいて、正直うっとうしい。
何より、勇者とレフィセーレが側にいることで、どうしてもあの雨の夜のことが思い出されてしまうのも辛かった。
あの夜の事についてはエーミャが黙っていてくれたこともあり、結局何一つ聞けずじまいだ。
どうして勇者はレフィセーレを抱きしめていたのか。なぜ泣いていたのか。互いに対する気持ちはどうなのか。そういった全てに疑問符がついたままだ。
しかし、聞きたいけれど、怖くて口にのぼらせたくないのも事実だった。
気持は完全に板ばさみだ。
私は街道を妙な圧迫感を感じつつ歩きながら、空を見上げる。
今日も見事に晴れている。魔物なんかが出てきそうにないが、実際快晴の日に凄惨な光景を見たこともあるので油断は出来ない。
そんな訳で、常にぴりぴりと周囲に気を張っていた私は、次の宿場町につく頃にはかなり疲れてしまっていた。
☆ ☆
入口に立ち、町に出入りする人々を監視する衛兵に神殿から発行された通行証を見せてから町へと入る。夕方の喧騒はいつもどことなく心地よい。
仕事が終わってゆっくり出来る時間が近いせいなのか、流れが温かくゆったりしている気がするのだ。
私はそんな雰囲気のにじむ通りをゆっくりと歩きながら、漂ってくる美味しそうな匂いに目を細めた。
懐かしい匂いだ。
――故郷に帰ってくるのって、何年ぶりだろう。神殿に入ってからは一度も来てないから……。
そう、もう十年以上になる。
思い出せば否応なく突きつけられる現実。それを見たくなくて、来なかった場所。この町のことも、ぼんやりとだが覚えている。同時に、あたたかな笑い声が耳によみがえって来た。
私はため息交じりに頭を振る。過去を思い出すのはやめたほうがいい。懐かしさは、時に鋭いトゲとなって心に突き刺さることがある。
「……フィエ、リフィエ!」
「えっ、あ……ごめんなさいぼんやりしてて、何ですか?」
掛けられた声に慌てて答える。すると、心配そうな顔をした勇者と仲間たちがこちらを見ていて焦った。私は笑顔をとりつくろったが、どうやら遅かったようだ。
「なあ、何か心配事があるなら言ってくれよ。俺ちゃんと聞くから」
「いえ、ちょっと疲れていただけです。それより、さっき何て言ったんですか?」
重ねて訊ねると、勇者は何か言いたげな顔をしたものの、質問に答えてくれた。
「今日の宿はどこにしようって話をしてたんだ。それで、どうせならたまには宿以外で食事をとったらどうだろうってフィセルが言うからさ」
「ああ、たまにはいいんじゃないですか」
と、言ったものの、私は違和感を感じた。
あれ、今フィセルって言わなかったっけ?
フィセル、つまりはレフィセーレの短縮読みであり、愛称でもある名前だ。エーミャがいつも呼んでいるから知ってはいたが、私は神殿に仕える一僧侶なので、聖女様をそんな風に呼ぶことは出来ない。
不敬に当たるからだ。
また、三人も彼女のことを快く思っていないからか、他人行儀に聖女様と呼ぶ。
勇者も、ちょっと前までは聖女様と呼んでいた――はずだ。驚いて顔を上げると、三人が空恐ろしい顔で勇者とレフィセーレを交互に見ている。
殺人視線にさらされているふたりはといえば、気づいているのかいないのか、今夜の食事について相談を始めている。エーミャは可愛らしく「お肉が食べたいなあ」とおねだりをしていた。
そんな光景を、三人と私は立ち止まって眺める。
「……リフィエ、ちょっと来て下さいな」
すると、案の定呼ばれた。
うう、何言われるんだろ、嫌だなあ、などと思いつつ、私は顔を引きつらせて三人のところへ足を向ける。行きかう人の邪魔にならないよう、手近な建物の側へ固まった三人は、非常に険しい顔で私を見てきた。ものすごく怖い。
ただ、その視線は私を責めるものではなく、自分たちの中にわきあがった衝動とか、どす黒い感情を抑えるためにそうなってしまっているもののようだった。
「何なんだアレは、いつの間にあいつらあんな仲良くなったんだ!」
鬼気迫る形相でツィーラが言う。
「そうですわ、何なんですのフィセルって。しかもあの女の方もユウマと呼んでるんですのよ!」
ハンカチがあれば噛んでキィィッとでも言いそうな表情で眦をつり上げるウェティーナ。その言葉に、胸がつきりと痛む。恐らく彼女たちも同じなんだろうな、と思いつつ、私は首を横に振った。
「私も知りませんよ、四六時中貼りついている訳にもいかないし……」
何かあったとすれば、あの時に抱き合っていたこと以外考えられない。なぜなら、迷惑なことに私がまた逃げるのではと疑っているらしい勇者は、レフィセーレと一緒になって常に私の側にいる。なので、ふたりの動向については嫌でも知っている。しかし、そんな素ぶりは全くなかった。
やはり、あの時に何かあったと考えるのが自然だ。
だが、ただでさえ揉めやすい状態になっているなか、それを告げるということは良く燃える燃料を投下するようなものだ。出来るだけ穏便に過ごしたいので、黙っているのだが、そろそろ限界かもしれない。
私は彼女たちとともに勇者とレフィセーレを眺めながら、重いため息をついた。
楽しげに会話する三人は傍から見れば家族にすら見える。
エーミャの年齢がやや引っかかるものの、とにかくひたすら微笑ましい光景がそこには展開されていた。周囲に何かキラキラしたものが散りばめられているように見えるのは、私の目がおかしいのか、それとも勇者やレフィセーレが幸せオーラ的なものを放出しているのか、どちらにせよ、眩しい光景には違いない。目が潰れそうな気分だ。
よし、極力見ないようにしよう。私は即決した。
そのため、自然と彼らの周りの人たちに視線が向く。
通りを行く女性たちは相変わらず勇者に好意の視線を向けている。だが、傍らのレフィセーレに気づくと、悔しそうに、けれど得心したように眺めて行く。
お似合いだ。彼女たちの目はそう語っていた。
何やら心に冬の風が吹きこんできた気がする。
不意に、もしかしたら、あの時勇者が返事を濁した理由はこれだったのかもしれないと思った。彼にはすでに心に思うひとがいたから、嘘でも私の事が好きだとは言えなかったのではないだろうか。
独りよがりの想像に過ぎないが、妙に説得力がある。
いけない、自分で自分にとどめをさしてどうするんだ。
すると、自己憐憫状態だった私に、サーミュがさらに問うてきた。
「だが、勇者と聖女は四六時中お前の側にいるだろう、何か気づいたことはないか? それに、よく思いだして見れば、あの日お前の顔は曇っていた。もしかしなくても、何か見たんじゃないか?」
その鋭い指摘に、私は思わずぎくっとした。驚きすぎて、舌が良くまわらない。そのせいか、思いきり挙動不審になってしまった。
「なっ、ななな何も見てません、ま、魔物がいたりして、そっ、それどころじゃなかったし!」
目に見えて分かり過ぎるほど動揺した言い方をしてしまい、私は自分を罵った。
何て言い方をするんだ私、深呼吸してからにすれば良かったのに。
私の馬鹿、阿呆。
そんな言い方では何かあったと言っているも同義ではないか。思った通り、彼女たちの顔が険しさを増す。ますます詰め寄られ、問い詰められる。
彼女たちの顔が以前より険しさが増している気がするが、決して気のせいではないと思う。
「怪しい、怪しすぎる。やっぱり何か見たんだな。なあ、教えてくれよ、あたしたちは同類だろう。同じ痛みを共有する者同士だ。あたしたちが今どういう気持なのか、あんたならわかるだろう? それに、真実をひとりで抱え込むのは辛いだろう、吐いた方が楽になれるはずだよ」
珍しくツィーラが柔らかな声音で頼みこんでくる。いつもツンケンしていることの多い彼女が、整った顔を悲しみの色に染めているさまは、じつに美しい。何しろ、森の妖精エルフの血が半分入っているので、神秘的な美しさがある。しかし、裏では絶対に怒り狂っているに違いないのが恐ろしかった。
なぜなら、半眼になった目から殺気が放たれまくっているのだ。
隠しようがないのではなく、隠す気がないのだろう。
「そうですわ、大体、あなただって気に食わないのでしょう? でしたら、わたくしたちに協力して下さいな。あの女に、ユウマ様に手を出したことを後悔させてあげますわ。
ユウマ様はみんなのもの、みんなの勇者様なのですもの」
そう言った後、ウェティーナは「ククク」とどこかの森の魔女みたいな低い笑い声を上げる。
何なんですか、皆さん怖すぎる。
「リフィエ……ゆっくりでいいから、な?」
サーミュが優しい声で、しかし顔はこれから憎い相手を殺しに行きそうな顔で乞う。いや、事実その通りなのが最早どうしようもない気がする。全方位から追い詰められ、私は唇をわななかせ、もう駄目だと思った。最早道はない。吐くしかないのだ、真実を。両の手をぎゅっと握り、神様ごめんなさい、私は黙っていられませんでしたと祈った時、剣呑な声がした。
「皆して何してるんだ。またリフィエに何か言ったのか?」
勇者だった。