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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第三章
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強さと弱さ

「じゃあ、せめてウェーンデンまでは一緒に行ってくれないか。ちゃんと神殿には行くから。そこで、本当にだめなら諦める、けど、そうでなければ一緒にいて欲しい」


 嘆きを含んだ掠れた声に、心臓が強く脈打った。

 身体がしびれるような感覚に襲われながら、妙な幸福感をおぼえる。今まで一度だって、誰かにここまで必要だと言われたことはなかった。


 家族を失って以来、人の役に立つように努力を重ねてきた。褒めてくれる人もいたし、認めてくれる人もいた。良い人はたくさんいたし、役にもたってきたはずだ。けれどそれは誰か別の人でも埋められる役割に過ぎない。

 私がいなくなれば、誰かが来てその穴を埋めるだけだ。

 

 寂しさがなかった訳ではない。それでも、そういう人生なのだと家族を亡くしてしばらく経った頃には諦めていた。これも、自分の選んだことなのだから、と。


 なのに、今私を抱きしめる強い腕は、必死に必要だと、側にいて欲しいと訴えてくる。


 私の思いは彼の沈黙によって否定されたというのに。ほだされてはだめだ、もっと苦しむだけだとわかっていても、すぐに拒絶することが出来なかった。

 背中にまわされた手が、強く布地を掴んでいる。

 これが好きだからという理由からの抱擁なら、どれほど嬉しかったことだろう。

 けれど、そうではないのだ。


「お願いだから」


 苦しげな声。


 私はますます彼の真意がわからなくなった。

 彼はなぜ、恋しているのでもない女性にこんなことをするのだろうか。結局は、最初に出した結論に行きつく。すなわち、私を心のよりどころにしているということだ。


 彼にとって、私はこちらへ来て初めて打ち解けられた存在なのだということはわかっていた。今でも、三人に対する時にはどこか緊張感がある。けれど、私に対しては自然に振る舞えている。

 一人ぼっちで、こんなところへ連れて来られて、戦わされて、ようやく馴染める人が出来たと思ったら別れなくてはならない。それが、辛いのだろう。

 だからこれほど執着するのだ。


 それならどうすればいい?


「嫌だと言っても、聞いてくれそうにないわね」


 私は諦めの気持ちをこめて言った。すると、勇者は少しだけ離れて顔を覗き込んできた。まるで捨てられた犬のような目をしている。

 置いていかないでと言われているようで、胸が痛い。

 何となく、負けたような気がした。

 あと少しだけ、針のむしろに座ればいい。耐えればいい。神殿へ行けば、きっと解放される。それはほとんど確信に近かった。

 

「わかった、ウェーンデンまでなら一緒に行くわ」


 告げると勇者の顔が輝いた。それでも、釘をさすことは忘れない。


「当然だけど、もう添い寝はなし。戦いにも参加しない、ただいるだけだけどそれでもいいの?」

「……。……うん、ありがとう」


 やや間をおいて勇者は言った。どのあたりに対して逡巡したのかはわからない。それよりも、もう答えを言ったのにも関わらず、なぜ離してくれないのだろうか。


「いい加減離して欲しいんだけど」

「もう少し。また逃げられたら嫌だから」

「逃げないわよ、言ったことは守る人間なの。知ってるでしょう」

「うん」


 言いつつ、離した体をさらに密着させてくる。

 仕方が無いのでしばらく好きにさせることにした。すると、意識は何となく彼の身体に向かう。ここに連れてこられたばかりの頃とは違い、かなり逞しくなっている。

 来たばかりの時は痩せており、腕も足も細くて、戦士の体格を見慣れている私は、これで大丈夫なのだろうかと思ったものだ。

 もちろん、今ではもうそんな心配は無用のものとなっている。

 一般的な戦士よりはやや細いが、強さの点では彼らより上だ。何度も思い知らされた。何度も、助けられた。きっと、これからも誰かを助けて行くのだろう。

 あとは、気持ちの方が成長してくれればいい。

 そうすれば安心して忘れられる。


 そう、思った。



  ☆  ☆



 勇者の話では、パーティメンバーもこのウィーマへ来ていると言うことだった。この近隣にはここ以外にも宿泊施設のある町や村がある。なのに、どうしてこんなにすぐに私を捕まえられたのだろう。

 そう疑問を口にすると、勇者はあっけらかんと言った。


「ほら、俺って神の祝福を受けてるから、妖精たちとか天使とかは話しかければ協力してくれるんだよ。それでリフィエの行方を聞いたら、ウィーマだって言うからさ。

 でも移動は徒歩以外禁止だし、歩き通しでちょっと疲れたよ」

「……ああ、そうか、そうだった」


 呻くように言って、私は彼のトンデモなさ加減を失念していたことに気づいた。

 勇者に与えられた神の祝福。これが彼の凄まじい力の源なのだ。どうやった所で、本気を出した彼に叶う訳もない。色々なことが重なってショックだったせいか、正常に頭が働いていなかったらしい。


 私はつい、上目づかいで恨めしげに勇者を見やる。すると、何やら安心したような、嬉しそうな顔で見られた。綺麗な顔でそんなことをしないで欲しい。だから勘違いするのだ、私のような馬鹿が。


「と言うか、手を離して欲しいんだけど」


 ため息をついて、私は言う。あれから体は離してくれたのだが、代わりに右手が繋がれたままだ。恋人同士でもないのに、恥ずかしい上に心痛が半端ではない。


「却下。また逃げられたくないから」

「逃げないわよ。約束は守るって言ったでしょ、何度も言わせないで」

「うん、わかってる。でも俺がこうしてたいからやっぱり却下で」


 爽やかな笑顔で返され、私は顔をしかめた。

 ようするに、捕縛の縄みたいなものだ、私は連行されているんだと言い聞かせる。実際そんなようなものだと思う。ほとんど精神的拷問に近い。

 私はそれ以上何かを言う気力が失せ、黙って引かれるままに歩いた。

 やがて、大通りに面した宿屋へと勇者が入って行く。どうやらここに泊まっているらしい。


 基本的に旅は自給自足なところがあるので、そうそう高い宿には泊まれないから、そこも中くらいの値段の宿だった。

 すると、一階部分にある食堂に、メンバーがいた。


「皆、見つけたよ」


 嬉しげに勇者が言うと、ガタガタと椅子から立ち上がる音がした。私はすぐに顔を上げられず、のろのろとした動きで彼女たちの足もとに視線をさまよわせる。

 すると、何かが体当たりしてきて、私は思わず「うっ」と呻いた。


「ああ! 良かった、リフィエとこんな形で別れるなんて嫌だったの。でも大丈夫、私はあなたのことちゃんと信じてるから」


 言いながら、力を込めて抱きしめてきたのはレフィセーレだった。

 私は思わず、あの雨の夜に勇者が彼女を抱きしめていたことを思い出す。だが、なぜなのかと考える前に、勇者がようやく離してくれた手を握られた。

 今度はエーミャだった。


「ごめんね、リフィエ、あたしがわがまま言ったからだよね。それで皆に何か言われたんでしょ? あたしのせいなのに、リフィエは悪くないのに」


 泣きながら言われ、私はどう対応すれば良いのか困った。けれど、その姿にのどが詰まり、目頭が熱くなってくる。自分勝手に逃げた私を、彼女たちは心配していてくれたのだ。


「……ごめんなさい、ありがとう」


 そう呟くと、私はレフィセーレの抱擁を受けたままようやく顔を上げた。勇者と目が合うと、彼は良かったと言いたげに頷いた。私は気まずくなって、すぐに目を反らす。

 そして、三人と目が合った。


 心臓を、冷たい手で掴まれたような気がした。


 だが、思い描いていたような冷たい視線にさらされることはなく、彼女たちはどこか申し訳なさそうに私を見て、口を開いては閉じ、を繰り返している。

 一体何があったのだろうと思えば、勇者が心を読んだように言った。


「添い寝のことについてはちゃんと説明しといたから、彼女たちも勘違いだってわかってくれたよ。だからリフィエはいつも通りでいいんだ」

「……でも」


 嘘をついていたことに変わりはないのだ、と思い、言いよどんだ私に声を掛けてきたのはウェティーナだった。


「リフィエ、ごめんなさい。

 わたくしたち、あの時は気が立っていたのよ……その、あなたならわかってくれるでしょう?」


 私は目を見開いた。あのウェティーナの口からそんな言葉が聞ける日が来ようとは。サーミュとツィーラにも目を向ければ、彼女たちも似たような表情をしている。

 本当に、許してくれたのだろうか。

 私が彼女たちにしたことは、裏切り以外の何ものでもないはずなのに。


「ようは、八つ当たりも混じってたってことだよ。ごめんね、まあ、お互い様だし、もうしばらく一緒にいよう。何なら、最後までいてくれたっていいんだしさ」


 気まずそうに、ぶっきら棒な口調でツィーラが言う。

 そうか、と私は思った。

 彼女たちも、同じように勇者をレフィセーレとふたりきりにすることが嫌でたまらなかったのだ。だからといって、自分たちの意見も変えたくない。対立する思いの中で、相当に苛々していたはずだ。そこに攻撃できるものが現れれば、どうしても叩きたくなる。

 それが私だったのだろう。

 

「まさか、本当に行ってしまうとは思わなくて。色々と世話になっているのに、何も返せないまま去られたらたまらないからね。戻って来て良かった」


 サーミュが照れ臭そうに言うと、空気が一気に和らいだ。


 戻って来て良いのだと確信した瞬間だった。


「おかえりなさい、リフィエ」


 耳を、優しいレフィセーレの声がかすめて行く。

 その甘い響きに、どうしようもない痛みを覚えながら、私は答えた。


「ただいま、戻りました」



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