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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第三章
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告白、そして


 どうして彼がここにいるのだろう?


 疑問は感じたが、なんとなくわかっている。きっと私を探しに来たのだろう。他に、こちらの街へ来る理由が見当たらない。ウェーンデンへ向かうには、ウィーマの街へ来るよりも、この少し先にある小さい宿場町を経由した方が早くつくし、魔族がいるという兆候も見られないからだ。


 勇者パーティの旅は道中の魔物退治も兼ねているので、神殿にあるゲートは余程の事情が無い限り使ってはならないことになっている。そのため、依頼地へ向かう時には最短距離で行けるルートを選択するのが暗黙の了解だった。

 だから、彼がここを訪れる理由はそれしかない。


 私は、行き交う人をかいくぐりながらやってくる勇者を見て、思わず後ずさり、終いには彼に背を向けると人ごみに飛び込んだ。


「リフィエ、待てよ! 何で逃げるんだ!」


 後ろから声が掛けられ、周囲の人々が不思議そうに私を見るのがわかった。それでも、立ち止まりたくない。いずれはつかまることがわかっていても、その時を少しでも先延ばししたかった。


 恐らく、あの後エーミャと共に戻ってきた勇者は、私がいない理由を三人に聞いたのだろう。だとしたら、私の思いも伝わってしまっているはずだ。そんな彼と、どんな顔をして会えばいいのか。

 ややまばらな人々の間を縫うように走る。

 会いたくない、会いたくなどなかった。このまま静かに、元の暮らしに戻れれば良かったのに。


 そう思いながら足を前へ、前へと進める。行きたい場所がある訳ではない。


 彼から、勇者から離れらたい一心で足を動かした。だが、しばらくして後ろから腕を掴まれ、私の逃走は終了した。突然立ち止まらされたせいで足がもつれる。バランスを失い、転倒しそうになったところを後ろから抱きしめられた。


「捕まえた」


 耳元で、荒い呼吸音に混じった声が言った。思わず、ぞくりとして頬が赤らむのを感じる。


「離して下さい」


 私はもがいた。彼に逃がすつもりが無い限り、解放されることがないのはわかっていたが、それでも、言ってみれば放してくれるのではという淡い期待もあった。けれど、その期待は裏切られ、余計きつく抱きしめられただけだった。


「嫌だ」


「じゃあせめて場所を変えて……」


 私は、周囲の人が冷やかすようにこちららを見ているのに気がつくと、いたたまれなさから言った。勇者はしばらく黙った後で「わかった」と言うと、後ろから私の肩を抱いて歩きだす。私は抵抗も出来ずに、人目の少ない場所へ向かう彼に連行されるような気持ちで歩く。


 やがて、窓の閉ざされた路地裏へ来ると、私は壁に追い詰められた。顔の両側に手を突かれ、真っ向から向き合う体勢となり、私は思わずうつむいた。


 勇者は、まだ荒い呼吸のまま怖い顔で言った。


「どうして黙って出て行ったりしたんだ」


 彼の問いに、私は胡乱な目を向けてから、固い声で答えた。


「皆さんから聞いていないんですか? 私は、嘘つきの裏切り者なんだそうです。それに、足手まといになりつつあるのは、あなたも気づいていたでしょう?」

「だとしても、何の相談もなく消えるなよ。それに、俺はリフィエが足手まといだなんて思ってない」

「どうして事実を事実だと受け止めてくれないの?」


 上目づかいで睨みつけ、やや涙目になりながら言う。言葉づかいがいつもと変わってしまっていたが、私にはもう、丁寧な喋りかたをする余裕はなかった。

 大体、勇者ももう気づいているはずだ。私の能力がみんなに追いついていないことを。だと言うのに、なぜこの期に及んでそんなことを言うのだろうか。もし私を傷つけないためだとしたら滑稽だ。この先彼らと共に行けば、待っているものは戦いの連続だろう。そうなった場合、私に待つものは……死だ。


「まるで、死ねと言われているみたい……」


「そんな訳ないだろ! 大丈夫、俺が守るから、だから戻って来て欲しいんだ」


 訴えるようにうるんだ目。私はついうなずいてしまいそうになる自分を引きとめる。

 戻って何になるというのか。結果は同じだ。震える唇を叱咤して、私は言う。


「ここで私が抜けても戻っても同じ事だわ。ウェーンデンの王都に行けば、神殿に顔を出すでしょう、その時に私は必要ないと判断されるはずよ。今からでもいい、神殿へ行けばいいのよ。そうすれば、私がもうパーティに必要ないことがはっきりするはずだから」


「どうして……どうしてそんなに逃げたがるんだ」


 苦しげな吐息が顔にかかった。

 その顔は別れたくないのだとはっきり物語っている。それでも、うなずくつもりはなかった。自分は戻るべきではない。

 不意に、疲れを感じた。苦しげに歪む勇者の目を見て、どうせなら全てぶちまけてしまいたいと思った。さらけ出さなければ終わらない、そんな気がしたのだ。


「みんなから私の気持ちについては聞いた?」


「え、ああ……うん」


 どこか困惑したように目をそらされ、また胸がずきりと痛む。ほら、やっぱりそうなんだ、と心の中でもう一人の辛辣な自分が囁いた。

 結局のところ、彼は全員が大切なだけなのだ。こうして追いかけて来たのも、大切な仲間が突然消えたから心配しただけのことなのだ。

 それなら、理由を告げればいいのだろう。なら、何もかも言ってしまおう。


 それで、この絡みつく狂おしい思いから解き放たれるのなら。


「そう。じゃあ何で逃げるのか教えてあげる。私はね、ずっとここにいちゃいけないって思ってた。いつか別の人にここをゆずるつもりでいたのよ。

 能力的に考えて、私がここにいること自体が変なの、だから、レフィセーレ様が現れて、今こそ交代する時だって思った。それが正しいの、あるべき姿になるだけなのよ。

 それに、私は恋なんかしちゃいけないの、僧侶なんだもの。そんな資格なんかない。

 そう思って、ずっと好きな気持ちを消そうとしてきた。でもだめだった。ちょっと考えればわかるでしょ、いくらお酒で迷惑かけたからって、大事な仲間だからって、普通は添い寝なんて受け入れないわよ、好意を持った人でもない限りは」


 言葉があふれた。茫然としている彼の顔を見やると、胸が痛み、一瞬途切れて、互いの息づかいだけが静かな路地裏に響く。

 もっとたくさん言いたい事はあったはずなのに、それ以上は言えなかった。代わりに、口からするりと滑り出てきた言葉は、私にとっても意外なものだった。


「ねえ、貴方は、私のことどう思ってるの?」


 沈黙。


 心臓の鼓動と遠くから聞こえる物売りの声が、余計に静寂を感じさせる。しばらくは顔をあげられなかった。なぜそんなことを言ってしまったのだろう、と考えながら恐る恐る顔を上げると、迷子にでもなったような勇者の顔が目に入った。

 

 その表情に、私は再び視線を足もとへ落とした。


 やはり、という思いが心を埋め尽くしていく。ほんのわずかだが抱いていた希望が、風に吹かれた砂の城のようにもろく崩れ去って行く。聞くべきではなかった。まるで毒をあおったような気分がした。遅行性の、後で痛みに苦しんで死んでいくような毒。

 俺も好きだよ――そう言って欲しいと期待を抱いた自分が馬鹿だった。

 彼にとって、私にちょっかいを掛けたのは、ただの気まぐれで、たまたま話しやすかったからだけなのだ。奇しくも、自分で抱いていた彼の印象が肯定されたようで、悲しかった。


 望むべきではない望みを抱いたことへの、罰だと感じた。

 冷えきった胸の中から、悲鳴にも似た言葉がこぼれ落ちる。


「お願い、神殿に行かせて」


「……嫌だ。俺は、どうしても戻って来て欲しい」


「戻ったって、みんなが嫌がるわ。だからここでお別れしましょう」


「嫌だ!」


 勇者は叫んで、私を勢いよくかき抱いた。かなり強い力で、背骨がきしむ。痛みと圧迫に私はあえいだ。抱きつぶされそうな中、必死に声を上げる。


「苦しい、離して……っ」

「離れたくないんだ、お願いだから戻るって言ってくれよ……リフィエ」


 少しだけ力が緩んだ。私はその隙に息をしながら、告げる。


「戻りたくない、もう苦しいのは嫌」


 か細い声だったが、勇者の身体がびくりと震えたのがわかった。だが、彼は強い抱擁を解かずに、私の耳元に唇を寄せて、頼み込むように言った。



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