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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第二章
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勇者との出会い~過去編 4~

「お、起きて大丈夫なのですか!」


 私はトレイを備え付けのテーブルに置きながら、急いで訊ねた。勇者はまだどこかぼんやりした顔で、自分のてのひらを眺めながら、ぽつりと呟く。


「何だ、死ななかったのか、俺」


 その言葉を聞いた瞬間、頭に血がのぼる。気がついた時には、早足で彼の側へ歩み寄り、頬を叩いていた。勇者は突然のことに驚いたようで、頬を押さえたまま呆然と私を見る。


「命を粗末にしないで下さい……どうして、どうしてあなたはそんなに死にたがるの?」

「生きてるのが嫌だからさ、後、もう話しかけるなって言ったと思うんだけど?」

「仕事だからです。あなたの世話を任されました……皆、あなたを死なせまいともの凄く頑張ったのに、どうしてあなたはそうやって命を簡単に捨てられるのですか?」


 心によみがえるのは、もっと生きたいと言って亡くなっていった人たちの顔だ。


 だが、そんな私の思いを嘲笑うように、勇者は口端を上げる。


「そりゃ、捨てられちゃ困るだろう? 俺は世界を救うための生贄なんだから。戦って、魔族のボスを倒すまでは生きていてくれなくちゃ困るんだろ。だけど、それだって別に俺が望んだ訳じゃないし、死なれて困るって言うのはそっちの都合じゃないか」


 それはその通りだ。だが、わたしが言いたいのはそういう事ではない。


「そうだ、あなたが捨てようとした命が欲しかった人がどれだけいるか、とか言うありきたりな説教もやめてくれ。そんなこと言われても、代わってやれる訳じゃないんだからさ」


 私は肩を落とした。彼には何を言っても届きそうな気がしない。だが、ここで何も言わないでいるのも難しかった。


「あなたには、やりたい事も叶えたい夢も何もないと……?」


「あ~、今のところはない」


 そう答えると、彼の視線が私の持ってきた食べものの方へ向いた。どうやら空腹らしい。どれだけ凄い回復力なんだろう、と羨ましく思いながら訊ねる。


「お腹空きました? 良ければ食べますか? まだ体力は戻ってないと思いますけど」


「そうだなあ、でもだるい以外どこも何ともないし、いいなら食べる」


 お腹の辺りを押さえながら言った勇者に、私はトレイを手渡した。少し冷めてしまっているが、果物と冷肉にパンという取り合わせだ。それと水。時間も時間だったため、そんなものしかなかったのだ。


 けれど、それを受け取った勇者は嬉しそうに食べはじめる。


「あんたも食べないの? 腹が減ったから持って来たんだろ」


「ええ、まあ」


 言って、私は果物をひとつ手にするとかじる。甘味が口に広がり、果汁がのどを通りぬけて胃に落ちて行くと、何となく落ち着いた。ついでに、思いついた話をしてみる。


「この世界には、幻の果物があるんです。王侯貴族が競って手に入れようとするのですが、一本の木にひとつしかならないので、中々手に出来ないとか。

 その果汁はどんなものよりも透き通った甘味で、果肉は歯に心地よく、ひとつ食べれば十年寿命が延びるとか言う伝説つき。名前はミロムだそうです。

 あまりの美味しさに死んだ人もいるという話もありますが、これはさすがに嘘でしょうね。

 まあ、その木がある場所は今魔族に支配されていて近づけないので、ますます幻の味になってしまったのですが……子どもの頃にその話を聞いたときは、どうしても食べたい、何て思ってたんですけどね」


「ふぅん、今でも食べたいの?」


「どうでしょうね、実際無理ですし、万が一そんな幸運に恵まれたとして、食べてみてがっかりしたなんて嫌ですから」


 果物をかじりながら私は答えた。そして、ようやく思い出す。


「ああ……そうだ、私あなたに謝ろうと思っていたんです。ごめんなさい、あの時、あなたを不快にさせるつもりはなかったのですが、結果的にはそうなってしまいました。後、さっき叩いてしまったことも」


 言って、頭を下げると、勇者は食べる手を止めて、驚いたような顔で私を見た。


「どうかしましたか?」


「いや、まさか謝られるとは思わなくてさ。だって、お姉さんの言ってたことって全部正しいことばかりだし、何か印象と違うな。曲がったこととか、正義に反するようなこと嫌いだと思ってた。こう、自分の信じているものが一番正しいと思って、人にもそれを押しつけるような人?」


 彼の言葉に、私は盛大にため息をついた。


「何ですかそれ、誰ですか。少なくとも私は自分の意見を押し付けるような真似は好きじゃありませんが」


「うん、だから俺が間違ってた。ごめん、何か向こうにいた人と似た空気を感じたからさ」


 向こう、とは召喚される前にいた、彼の故郷のことだろう。何か嫌なことがあったのかもしれない。だが、それでわだかまりが解けたのならいいか、と思うと不意に心が軽くなった。


「そうですか。わかってもらえればそれでいいです……」


 そう言いつつも、根本的な問題は解決していない。彼が命を軽く扱うのをやめさせるにはどうしたらいいのだろう。黙々とかなりの早さで食べものを胃につめている勇者を見ながら、私は考えた。けれど、浮かんでくるのはどうしようもない案ばかりだ。


 だが、何か言わなければと思って、冗談半分に言ってみる。


「決めました。私はもうあなたに死ぬなとは言いません」


「……はい?」


「その代わり、先ほどお話したミロムの実を食べて本当に死ぬか確認してからにしませんか?」


 勇者が動きを止める。しばらく様子を見てから「冗談ですよ」と言おうとしたが、その前に彼が吹き出した。大きな声で笑い、涙まで流している勇者を見て、私は顔をひきつらせる。


 ――そ、そんなに面白い冗談じゃなかったと思うんだけど。


「何それ、とんでもないこと言うね、本当に僧侶? あははは、いいよ、その話乗った」


「え?」


 まさかそんな返答が返ってくるなどと思いもしなかった私は仰天した。


「約束するよ。その実を食べるまでは、自分を大切にする……けど、食べるならあんたも一緒にだ。そうだ、名前教えて貰ってなかった、あんた名前は? 俺の方はどうせ知ってるだろうし」


「り、リフィエです。リフィエ・マールム」


 反射的に答えると、勇者は嬉しそうに笑った。初めて見る笑顔に、私は一瞬見惚れた。


「そっか、じゃあリフィエ。俺の事もユウマって呼んでいいよ」


「いえ、あくまでも貴方は勇者ですので」


 そう告げると、彼は不服そうな様子を見せたが、仕方ないかと言いたげに肩をすくめると、また食事を開始した。私は彼の不可解な言動についていけず、なぜ突然考えを改める気持になったのだろうとひとり悶々とする羽目になった。


 食事を終えると勇者は眠りについた。


「……これで良かったのかしら?」


 眠る勇者の顔はほほ笑んでいるように穏やかだ。とりあえず、彼の顔から思い詰めたようなものが消えたので、私のつまらない冗談も少しは役に立ったのかなと思いつつ、朝を迎えた。



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