表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第二章
17/63

勇者との出会い~過去編 3~

 駆け付けた私が治療室で見たものは、ひどい光景だった。


 勇者は毒と呪いに冒され、肩と胸と足に深い傷を負っていた。何がどうしたらこうなるのか。神聖呪文の使い手たちも困惑しつつ、まずは傷を治そうと神法陣の上に寝かせた彼に呪文をかけている。


 うちのひとりが私に気づいて言った。


「リフィエ、突っ立っていないで手伝ってくれ。彼を死なせる訳にはいかないんだ。今、手が開いておられる大司教様を呼びに行かせているが、少しでも早く治さないと」


「……は、はい!」


 私は手荷物を近くの棚に置くと、慌てて勇者に近寄り、手をかざす。神聖呪文を使う場合、神の力を受ける媒介が必要になるのだが、床に刻まれた神法陣がその役割を果たしてくれているので、必要になるのは呪文と精神集中だけだ。


 他ふたりの使い手と同じように、まず傷を癒す呪文を何度も何度もかける。


 額に汗が浮かんできた頃、ようやく足の傷がふさがり、後ろが騒がしくなった。どうやら大司教がやってきたようだ。私は最後の呪文をかけると、すぐにそこから退いて、急ぎ足でやってきた老司教に場所をゆずる。


 彼は難しい顔で勇者の顔を見た後、言った。


「後は私がやろう、君たちは退いていなさい」


 僧たちは「はい」と返事をして、私の近くに並ぶ。そっと彼らの顔を盗み見ると、険しい表情で大司教をじっと見つめていた。何があったのかと聞きたい衝動に駆られたが、必死に口をつぐみ、ひたすら目の前の光景を見つめる。


 すると、四つある入口全てからこちらをうかがっている女性たちの集団が見えた。私は思わず顔をしかめる。そこにいたのは女性の僧侶たちで、心配そうに勇者を見ていた。どうやら、今ここで仕事中の者たち全てが集まっているようだ。私は呆れて小さく嘆息すると、顔を上げた。視界が一気に白く染まる。


 天井からは柔らかな光が注ぎ、外が曇りであっても部屋全体が白いためか、明るかった。


 この施療室は施療院の中央付近にあり、天井は吹き抜けになっている。また、神の力を受けやすくするため、最上階に造られていた。中には施療を受ける人を寝かせる寝台が五つ並べられ、勇者はその中央に横たえられている。


 しばらくすると、荒かった呼吸が整ってきた。やはり、人生の全てを神に捧げ、その中でも神に愛された能力を持つ大司教は格が違うようだ。私を含む、呪文の使い手は僧侶の中でも高位になるのだが、これ以上上に行くには、元から恵まれた能力が必要となる。


 中でも、この大神殿に集っている大司教たちは凄まじい力を持つのだ。


 やがて、大司教の声がやみ、こちらを振り返る。小さくカサカサという音がして、入口に集まっていた僧侶たちが見えない位置まで隠れるのがわかった。


「全て済みました……後は回復に努めるだけです、どこか良い部屋に連れて行き、看病して下さい」


 柔和な老大司教の言葉に、僧侶たちは心から安堵したような表情を浮かべた。私もほっとして、わずかに口もとをゆるめる。すると、四方の入口から一斉に僧侶たちが出てきた。


「大司教様! 勇者様はわたしが看病いたします」


「いいえ! あなたでは経験不足よ、わたしが看病しますので」


「あら、ここはやはり年長に譲るべきではないですか? 僭越ながらわたくしが……」


 彼女たちは口々に言う。目が炯々としていて非常に怖い。鼻息まで荒いように思える。同僚の「中には本気で好きになっちゃってる人もいるみたいよ、それにファンクラブとかもあってね、抜け駆けしたら制裁を食らうんですって。怖いわよね~」という言葉を思い出した。


 あの時は冗談かと思ったのだが、どうやら本当だったらしい。


 うんざりした気持ちで大司教の方を見れば、眉間にしわが寄っていた。あれは確実に怒っている。しかも、激怒しているようだ。目の前で黄色い声を上げながら論争している彼女たちに、早く気づけと念を送って見たものの、一向に気づく様子はない。


 ついに、大司教が怒鳴った。


「黙りなさい!」


 一斉に黄色い声が止む。


「僧侶とあろう者がなんというはしたない声を出すのですか。しかも役目の取り合いとは情けない。しかも、あなた方はここに集まって何をしているのです。役目はどうしたのですか」


 まさか、放って来ましたとも言えないだろう彼女たちは、全員が口をつぐむ。大司教は、呆れたように頭を振って、言った。


「全員役目に戻りなさい。彼の看病はそこの君……そう、君です」


 大司教の顔は、完全に私の方を向いていた。


「私ですか?」

「そうです、君に任せます。いいですね?」

「は、はい」


 さすがに断る訳にもいかず、私は頷いた。勇者には話しかけるなと言われているが、この際仕方がないだろう。大司教に逆らう勇気は私にはない。まあ、謝る良い機会だと思っておこう。大司教はわ私の答えに頷きを返すと、再び彼女たちに冷たい視線を向けた。


「他の者が彼の側にいたらつまみ出します、部屋からではありません。この大神殿からです。ですので、後でここに見張りをよこします。もし入ろうとしたら、わかりますね?」


『……はい』


 意気消沈した女性僧侶たちの声が重なる。


 彼女たちが重い足取りで戻って行くと、勇者が運び出された。私は彼らの後について行く。やがて、大きな個室に勇者が寝かされると、部屋には私ひとりが残された。


 まずは、細かい仕事をしてしまうことにする。


 その時に、少しやつれたような勇者の顔を見て、嘆息した。胸の奥に、じわじわと後悔が広がって行く。もし、彼がこんな怪我を負うはめになったのが私のせいなら、どうしよう。


 体力を消耗させないために、結界を張って温度変化が激しくならないようにしながら、私は彼が目を覚ました時にどう声を掛けようか、とそればかり考えていた。やがて、細かい作業が終わると、私は一旦部屋を出る。食事を摂るためだ。


 施療院には食堂があり、決まった時間に食事をとれない僧侶たちのために、いつも簡単なものを用意してくれる料理人と給仕人がいつもいる。もちろん彼らも聖職者である。


 私はそこでつまめるものを調達してから、それを手に部屋へと戻った。


 今夜くらいは近くについていた方が良いと思ったからだ。すでに日が完全に暮れ、夜の静けさが辺りを包んでいる。私は他の患者たちの邪魔にならないようそっと歩いて部屋へ戻った。


 そして、引き戸を開けると、思わず手に持ったトレイを落としそうになる。


 窓から差し込む月明かりと、私がつけて行った魔法のぼんやりした明りに照らされて、勇者が上半身を起こしてこちらを見ていたから。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ