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恋した貴方はハーレム勇者  作者:
第二章
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勇者との出会い~過去編 1~

 それは、夏の終わりのことだった。


 わたしは大神殿で各地から集まってくるけが人や、病気の人々の世話をしながら、神聖呪文を学びつつ過ごしていた。


 大神殿は独立した国家のようなもので、世界各国全ての人種、亜人種に開かれており、ただ神に仕えるだけでなく、様々な悩みや苦しみを抱えるものたちが最後に行き着く場所でもある。広大な敷地にはそれぞれの役割に応じた建物が立ち並び、その周辺は手入れされた芝生に覆われていた。


 中でも、けが人、病人を見る施療院は特に忙しい場所で、私は毎日目の回るような忙しさだった。


 そんな施療院近くの高位聖職者だけが住める館に、召喚された勇者はいた。その時、彼はこちらの世界について学んでいる最中だった。良く息抜きに外へ出ては、敷地内の木立や川の側を散歩し、施術院に来ている老若問わず女性たちに陶然とした眼差しを投げられていた。


 勇者が召喚されたと話には聞いていたが、特に興味もなく、日々やるべきことをこなすのに精いっぱいで、同じ女の僧侶たちが話す彼の話題を聞く程度だった。どうやらもの凄く格好いいらしく、あわよくば言葉を交わしてみたいと皆口々に言う。


 そのうち一度くらいは見ておきたいものだと思いながら、私は適当に話題に加わっていた。


 だから、勇者を初めて見たときには驚いたものだった。彼は、彼女たちの話から受ける印象とは全く違う人物だったからだ。


 その日、私は珍しく暇で、神聖呪文を覚えるのにも疲れて敷地内を散歩していた。良く晴れた日で、法衣姿では暑いほどだった。勇者は川べりに腰をおろし、きつい目で川面を眺めていた。


 あまりにも思い詰めたような表情をしていたので、私は思わず近寄って声を掛けた。


「……あの、どうされました?」


 声に気づくと、彼は振り返って怪訝な顔でわたしを見た。質問の意味がわからないようだ。言葉が通じなかったという訳ではないだろう。何しろ、ここへ来てすぐにこちらの言葉を理解し、流暢に喋ったと言う。召喚当日はその話題で持ちきりだったのだから。


「どう……って、どうもしてないよ」


 柔らかな声だった。ただ、感情のこもらない、平坦な声だという印象を受けた。


 日射しが水面に反射してまぶしい。それでも、仲間たちが騒ぎたくなるのも分かる気がした。作りが整っているのはもちろんのこと、どことなく危うさを漂わせる雰囲気を持っていたからだ。


 彼は、もといた世界の服装ではなく、こちらの衣類を身に着けていた。今は下位の僧侶が着る簡素な貫頭衣に身を包み、傍らには木剣が置かれている。


「ですが、今にも川に飛び込みそうな顔をしてましたから」


「ああ、そう見えたんだ。まあ、近いこと考えてたのは確かだよ。……それとも、それを口実にして俺に会いに来たとか?」


 爽やかな外見からは想像もつかないセリフを彼は吐いた。私は驚いて、口もとに小さく笑みを浮かべると、首を横に振った。


「では、飛び込まないのですね。勘違いで済めばそれに越したことはありませんが、何か聞いて欲しいことがあればいつでも声を掛けてください。助言が出来なくても、話なら聞いて差し上げられますから」


 私はそう告げると、きびすを返してその場を立ち去った。彼は私に声を掛けるでもなく、その日はそれで終わった。他の仲間たちのような感情を抱くことはなかったけれど、川面を眺めていた眼差しは強く心に焼きついた。


 彼に再び声を掛けることになるのは、それから一週間が経った頃だった。


 

  ☆  ☆



 空はやや薄曇り。風にも冷たいものが混じり始めた夕方。彼はやはり川面を見つめていた。以前よりさらに思い詰めたような顔だったので、私は以前に吐かれた失礼な言葉を思い返して一瞬ためらったものの、声を掛けることに決めた。


「また、深刻そうな顔をされていますね?」


 彼は振り返ると、自嘲したように唇を歪ませる。それから、ふと思いついたように言った。


「そういえば、何でも話してくれって言ってたよな」


「はい。……何か、聞いて欲しいことがあるのですか?」


「ああ……ちょっとね。あのさ、魔物ってどうしても殺さなきゃならないもの?」


 彼の口から飛び出した内容に、私は驚いた。


 そっと彼の手もとに目を向けると、以前とは違って立派な剣があった。勇者に相応しい、国宝級の剣だ。この大神殿に伝わる幾つかの武器のうち、最も合うものが選ばれたはずだった。それを持っているということは、魔物と実際に戦ってきたのだろう。


「彼らは、人間に害なすものですから……倒さなければ、こちらが倒されてしまうんですよ?」


 それはごく当然の常識だった。確かに、中には人間から距離を置いている魔物もいる。だが、大半は魔族の支配下にあるため、人間を見ると何かしらの害を与えようとするのが普通だった。


「それはわかってるんだけどさ……俺、生きものを殺したことがあまりなくてさ、それに、殺すっていうこと自体がきついって言うか……」


「でも、肉を食べるのに動物や魔物をつぶしたりするでしょう?」


 そう訊ねると、勇者はきょとんとした顔でしばらく私を見て固まる。やがて、得心したような顔で「ここは日本じゃないもんな」とぼやいた。


「俺の国ではさ、そういうのは専門の人がやるんだ……いや、そういうことじゃなくてさ、あの魔物たちって何か変なんだよ。自分の意思で俺を殺そうとはしていないと言うか、操られてる感じがしてさ」


「ああ、それはそうです。彼らは魔族に操られていますから」


 私が言うと、勇者は「やっぱりか」と呟いて、再び視線を川面に注ぐ。彼はそのままの状態で、静かに問うてきた。


「その魔族ってのの親玉が魔王か……なあ、魔族って俺たちと姿形が似てるんだったよな、だったら、魔族にも感情があったりするのかな?」


 首をかしげて、私は思った。なぜ、そんなことを聞くのだろう、と。恐らく、もう学んで知っているはずのことだ。良くわからないまま、彼の質問に答えた。



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