ボス登場、そして再会。
瞬きひとつせずにレフィセーレを見つめる勇者だったが、しばらくして我にかえると水晶に触れながら唸り始めた。
「これ、どうすれば出してやれるんだろう」
「……一種の封印式のようですから、術をかけた者に解呪させるかかけた者を倒すかすればいいんじゃないでしょうか?」
「つまり、このダンジョンを支配してる魔族を倒せばいい訳か」
打って変わって真剣な様子で訊ねてくる勇者に、私はうなずいた。先ほどから、胸の痛みがどんどんひどくなっている。しかし、助けを待っている人たちのためにも、そんなことにこだわっている訳にはいかなかった。
「恐らくは……それにしても、どうしてレフィセーレ様がこんなことに。いくら人質をとられたと言っても、簡単に封じられてしまうようなお方ではないはずなのに」
私はかつて神殿で会ったときに、歳が近いからと積極的に話しかけてきた彼女の笑顔を思い出した。たった一度、お世話係に命じられただけだったけれど、それで彼女の人となりは知れた。
勇者を召喚するという話が浮上してきた頃のことだ。
彼女は、この世界の争いに異世界人を巻き込むことをひどく嫌がっていた。魔王との戦いは、どうやったとしても命がけのものとなる。いくら神に祝福されてトンデモない能力を有していても、戦いに巻き込み、手を汚させることにはなるのだ。
だからこそ、勇者召喚が決定されると、怒って大神殿を出て行ってしまったのだから。
「この人を知ってるのか、リフィエ」
「はい。聖女、レフィセーレ様です……貴方がこの世界に呼び出される前から、魔王を倒す宿命を負って生まれ、今まで魔族と戦ってきた方です。貴方ほどではありませんが、かなりお強いんですよ。まあ、その強さは魔族に対してだけ発揮されるものですが、だからこそ、信じられないのです」
「ああ、そういえば聞いたことがある」
勇者は言った。大方、大神殿で聞かされた話を思いだしたのだろう。あの頃の勇者はこの世界についての知識を詰めこまれまくり、持たされた能力の使い方を学ぶ日々を送っていた。正直、よく覚えていたものだと私は感心した。
「だとしたら、ここの魔族は手強そうだな。けど、どこにいるんだ……魔族の奴」
そう言うと、彼は周囲を見回す。地下迷宮の最奥部に来たと言うのに、肝心の姿がない。
しばらくふたりで視線をさまよわせていると、何やら上の方が明るくなった。驚いて顔を上げると、魔法の明かりがいくつも飛び交い、どこから出てきたものやら、ゴンドラ的なものに乗ってポーズを決めているお耽美系の青年らしき姿が現れる。別に美形ではない。雰囲気がソレっぽいだけだ。
ついでに、どこからか荘厳な音楽が流れてきた。
「アンデッド系みたいですね」
もの凄く白けた目と口調で私は言った。
現れた人間の青年に似た魔族は、青い肌と黒い髪をしていて、まっ黒な魔法使いの着るようなローブをまとっている。元・人間である可能性もあるが、彼から発散される「気」のようなものから判断するに、人間では到底保持出来ない量の魔力がありそうなので、目の前に変な演出つきで現れた彼は、純粋な魔族だと判断して良さそうだった。
魔族には人の姿に近い者が多い。理由は不明だが、種族的に近いからだと言われている。
彼らは神に生み出された最初の人間だと叫ぶ神学者もいる。ようするに、神に支配されているのが気に食わなかったから、邪な存在に魂を売り、反逆した存在なのだということだ。これについては神殿でも意見が割れているし、人間にとって害悪でしかないので敵であることに変わりはないが。
「あんまり強そうには見えないな」
「卑怯そうではありますよ」
「こらこらこら! そこの君たち、何だその態度は! もっと驚きたまえ、我こそは茨の魔族にして幾つもの町を暗黒に突き落とした美しき王、ゼフェウード様だぞ!」
何やらだみ声で叫んでくる。何度も言うが美しくはない。近くをうねうねと歩いている植物の魔物も気持ち悪いので、単に不気味なだけである。
「だってさ、リフィエ聞いたことある?」
「さあ、全く知りませんでした。魔王の側近の、破壊王ヴァズエロとか、もしくは大妖術師グシェウル、魔界四天王とかなら知ってますけどゼフェなんとかは聞いたことないです」
「へー、そっか。じゃあまあ強そうな茨魔族ってことでいいか」
「そうですね、ゼフェなんとかとか、舌噛みそうです」
などと会話していると、後ろから騒がしい声が複数した。私は嫌な予感を感じながら振り返り、何となくグッタリした。勇者が大穴を開けた場所から、ハーレム構成員の皆さまとエーミャが小走りにこちらへやってくるのが見えた。
私は激しく現実逃避したくなった。
いや、別に再会したくなかった訳ではないのだが、これから始まるであろう罵り言葉と突き刺さる非難の視線、そして何より、目の前でクリスタル漬けにされているレフィセーレを解放した後のことを思うと、今から疲労困憊しそうになるのだ。
彼女たちは勇者にわらわらと駆け寄ると、それぞれ別のことを一斉にしゃべりはじめた。
「ユウマ様あああああ! ご無事でしたのね!」
「良かった、まあ、ユウマなら大丈夫だとわかっていたがな」
「全く、そのドジなんとか改善できないかしらね」
同じタイミングでしゃべったため、悪口もただの騒音になり、私の耳に意味のある言葉として入らない。そのこと自体はありがたいが、表情で罵られているのはわかるので、私はふいっと彼女たちから目を反らした。
すると、視線の先でエーミャが茨魔族と睨みあっているのが見えた。
彼女は戦う構えをとっている。それに気づいた勇者がパーティメンバーをなだめ、ようやく真っ向からボスに向き合う。魔族はややいじけていたが、ようやく活躍できると気づいたらしく、高らかに笑い声を上げる。
「ふふははは! 良く来たな勇者よ、さあ、戦いを始めようか!」