はじまりの朝
外から差し込む明るい日射し。可愛らしい小鳥の鳴き声。さわやかな空気。いつも泊まる宿屋の固いベッドと、鈍く痛む頭。いつも通りの朝。
ただひとつをのぞいては……。
一旦閉じた目をもう一度開けると、隣にアリエナイ人物の顔があった。
いやいやいやいや、待て待て待て、何がどうしてこうなった?
必死に昨夜の記憶を呼び起こす。まさかまさか、ヤッちまったんじゃ……と思いながら身体をさぐれば、ちゃんと夜着を着ているし、話に聞いたような違和感もない。どうやら貞操の方は大丈夫だったらしい。しかし、隣で安らかな寝息を立てている人物は確かにそこにいる。
その人物とは、この世界に召喚された勇者。名前をユウマ・フジシロという。
ちなみに、その隣りで青くなったり赤くなったりしている私は僧侶のリフィエ。この物語の主人公。勇者ハーレムの一員ではあるのだが、才色兼備な美女美少女のなかにあっては割と地味だ。
☆ ☆
さて、ここでちょっと自己紹介とか今までの経緯のおさらいをさせて頂きます。(※語り口がですますになります。)
年齢は二十三歳。勇者が二十歳であるので、年上ですね。気を使います。
そんな私ですが、一応ハーレム要員として認められる程度の美貌は持ってます。でなければ勇者ファンの手でフルボッコにされてますよ、良かった! そこそこの美貌があって。
その容姿とは、さらさらストレートの金茶色の髪に、ややたれ気味の水色の瞳。すらりとした身体つきをしています。もちろん、努力によって体型を維持しています。ちなみに、まないたではありません。
もともといた神殿では、そこそこ人気があったくらいです。ですが、何しろ派手で目立つ他のハーレム要員たちの間に入ると、影が薄くて埋もれてしまいます。けどまあ、結果としては良かったんじゃないでしょうか。
と言いますのも、下手にライバル宣言するとつぶしにかかられるので、攻撃能力が皆無に近い私は、これも運命かと思いつつ、勇者様に見てもらえない、こっちを向いてもらえない寂しさを感じつつ旅を続けていくのが日常になりました。
私もまたハーレム要員の例にもれず、勇者に恋心を抱いていましたから。せめて側で支えになれたらとの思いからパーティに志願したものの、先に決まっていた他の方々が濃すぎ、もしかしたらなんて言う淡い期待は木っ端みじんに砕け散りましたけどねー。あははー。
だって無理ですよ、あんな美女の皮をかぶった化け物な方々に叶うわけがありません。早々に敗北宣言を神様に向けてしました。それから、このまま静かに旅立ちを見守ろうと思っていたのですが、他の仲間たちは全て戦闘職種や技能系職種ばかりで、結果、唯一志願した僧侶ということで、パーティメンバーに選ばれてしまいました。
いや、強制参加が近いかな。とりあえず、仲間になる時に私は神様にしたのと同じ宣言を彼女たちにもしておきました。
なぜかというと、理由は簡単です。何しろ、他のハーレム要員の皆さんは毎日毎日、旅する仲間に毒を盛られたり、戦闘中に命を狙われてみたり、それとなくダンジョンに置き去りにされたり、持ち物が壊れて戻ってきたり、大変すぎる争いを繰り広げていらっしゃいます。
それもこれも、全ては目の前で寝息を立てている勇者、ユウマを自分の恋人及び将来の旦那にするためなんですよね。
一方の勇者様は、魔王を倒したら元の場所に戻ると常に言っているんですけど、彼女たちの耳には入っていないようです。ちょっと勇者様がかわいそうになりました。
☆ ☆
と、そんなことを回想して現実逃避をしていると、寝息が止まり、勇者が目を覚ました。
憎たらしいほど綺麗な顔立ちをしている。さらさらの黒髪に、明るい茶色の切れ長な瞳。背丈はこの世界平均ではちょっと低いけれども私よりは高い。メインの武器は両手剣であるため、細身に見えるが筋肉質な体つきをしている。
彼は私がすでに起きていることに気づくと、なんとなく黒さを感じさせる笑顔を浮かべた。
「おはよう、昨夜は凄かったね」
「……すみません」
私はとりあえず謝罪した。何かあったことはわかるのだが、それよりも他のハーレム要員の皆さまに見つかったらと思うと怖い。とにかく、早く状況を理解して彼にはここを見つからないように出て行ってもらいたい。
「なんで謝るのさ」
「それは……いえ、あの、すいません。私昨夜何があったのか憶えていなくて。あの、お互いに色々と理性が吹っ飛んだ結果のようですし、忘れましょう。と言うか忘れて下さい……私は忘れたいので」
そう言うと、勇者は少し不機嫌そうになった。それはそうだろう。迷惑を掛けた内容を憶えていないのは腹が立つに違いない。私はとりあえず寝台で横たわったまま見つめあうという構図に耐えきれなくなり、上体を起こした。
すると、彼も同じように起きあがる。やっぱり見つめあうことになってしまった。彼は、憂いを帯びたようすで、ため息交じりに髪をかきあげて言う。
ああもう、なんでそんなに絵になるんですか、心臓に悪い、悪すぎる。
「ふうん、昨夜はダンジョン攻略達成祝いで飲んだからね。けど、ショックだなあ……君は俺にあんなことやそんなことしたってのに憶えてなくてしかも忘れろ?」
じいっと私の目を見据えながら、勇者が言う。どうしようコレ、どうしたらいいの? 心臓がばくばくと激しく打つのがわかる。
「あああの、ごめんなさいすいません。私はどうすればいいでしょう?」
最早謝りに謝るしかない。何とか彼にご機嫌をなおして貰って、何もなかったのだと説得に持ち込まなければ、後が怖すぎる。ああ、早く転職の出来る場所に行きたい。そうすれば仲間の誰かがきっと回復職になるだろうから、私は心おきなく彼から距離をとれるだろうに。
「そうだなあ、ここはやっぱり体で支払ってもらおうかな」
「はい?」
気づくと、私は再び寝台に横になっていた。無事だった貞操が再び大ピンチ。
「じゃあこれから毎晩、俺と添い寝してよ。ずっと眠れなかったんだよね、でも昨日はすごく良く眠れたからさ、抱き心地も良かったし。もし嫌だと言うなら、俺と同衾したこと、周囲にバラす」
目が真剣だ。恐ろしい。私はほとんど反射的に何度も首を縦に振っていた。勇者の手にかかったら、私なんて赤子の手をひねるようなものだ。すると、勇者は私の上からどいて、寝台から下りると爽やかにほほ笑んだ。
「よし、決定! じゃあ着替えて下に行って食事にしようか」
「は……はい」
私は呆然としながら、目の前で着替えだす勇者から目を反らし、窓の外を遠い目で見た。何が起こったのか正直まだよくわからないけど、とりあえず、窮地に陥ったことはわかる。
星になったお父さん、お母さん。私は故郷に帰りたいです。