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ep.5 友達

-Yui-

―――トントン

「・・・お姉ちゃん、ご飯、冷めちゃうよ」

妹の声が、ドアの向こうから聞こえた。

けれど、私は何も答えない。ただベッドの端に座ったまま、じっと天井を見上げている。


―――トントン

「・・・お姉ちゃん、お風呂、お姉ちゃんが最後だよ。お母さんが入りなさいって」

しばらくして、今度は弟の声が聞こえてきた。

けれど、私は何も答えない。ただベッドの端に座ったまま、天井を見上げている。


これは、あの頃の私。

今の私が作られる前の、壊された私。

私はある日を境に、周囲を拒絶し、家族をも拒絶した。

誰とも交わらずに過ごす毎日。

そんな私の時間は、寂しさと恐怖によって成り立っていたんだ・・・


「・・・私、やってみたい」

「結衣ちゃんと蓮くんと、部活動・・・してみたい!」


莉桜の声が頭に響く。

莉桜と私。

境遇は鏡合わせのように違うけど、どこか似ている。

その彼女が昨日、部活を一緒に作ろうと言ってきた。

蓮くんや会長が力添えをしたのは、わかってる。

だけど、最後に決めたのは他でもない、莉桜自身なんだ。

莉桜は、変わろうとしている。

それは、私にとっても嬉しかった。


だけど私は、返事を保留にした。

理由は簡単。

家族との時間を、削りたくなかったから。

私にとって、智輝や楓と一緒にいる時間が、他の何よりも大切だから。


なら、どうして返事を保留したのか。

それはたぶん、私が家族と同じくらい、莉桜たちのことを好きになったからかもしれない。

莉桜たちと、もっと一緒にいたいと思ったからかもしれない―――






「しつれいします」

木製のドアをノックした後、学園長室に入る。

中はどこか和風じみた印象があり、壁には歴代の学園長の写真やトロフィーなどが飾られていた。

「待ってたわよ」

視線を奥にやると、若い女性がこちらを振り返った。

「君があやめちゃんの弟くんね」

「あ、はい、橘蓮です。・・・あの、どうして知ってるんですか?」

「当の本人から聞いたのよ。君たちのお母さんとは旧友でね。その関係で2人のことも知ってたってわけ」

学園長はそう言うと、視線を僕の後ろに向けた。正確には僕に隠れている人物に、だけど。

「久しぶりね、三上莉桜ちゃん」

莉桜はビクッと反応すると、おずおずと僕の隣に出てきた。

「・・・こんにちは」

「はい、こんにちは。相変わらずね」

学園長はクスクスと笑うと、僕たちに座るよう促した。


「それじゃあ改めて自己紹介ね。私はこの学院の理事長兼、学園長をやっている野々宮冴(ののみやさえ)です。私は大学の教授もしているから、あんまり学院にはいないけど、何かあったら気兼ねなく声をかけてね」

学園長は気さくそうな笑顔を浮かべた。

前にいた学校の学園長はとても厳格な人だったけど、この人はとても気さくで話しやすい印象を感じた。

「それで、今日は部活動の新設についてだったわね」

「はい」

「今ある部活はもう一通り見てみた?」

「この間のオリエンテーションに姉さ・・・あやめ先生に勧められて出たので、一通りの部活は見たと思います。ただ、あまり入りたいと思う部活がなくて、それなら自分たちで作ってみたいと思って相談にきました」

この人なら本音を話しても大丈夫そうだと直感的にそう感じたけど、建前上、こう話しておいた方が何かと都合がいいと思ったんだ。

「なるほどね・・・莉桜ちゃんは?」

突然話を振られた莉桜は、コクコクと何度も頷いていた。何をそんなに焦っているのだろうか・・・

「・・・わかったわ。新設を許可します」

「ホントですか!?」

正直こんなに簡単に認めてもらえるなんて思っていなかったので、ちょっとビックリしてしまった。

「ええ、部活の新設自体、基本的に自由だからね・・・申請理由がよほど歪でない限り」

さすがに歪ではないけど、全うな理由かと問われれば、僕たちも微妙なラインかも・・・

「生徒手帳にも書いてあるけど、新設には部員5人と顧問の先生が必須、サークル活動なら3人いれば問題ないわ」

「・・・3人、ですか」

僕と莉桜、結衣は未だに返事をもらってない。

家のこともあるだろうから、迷ってるんだと思うのだけれど、出来れば結衣にも参加してほしかった。

「あれ、そう言えば莉桜ちゃん、結衣はどうしたの?」

「結衣ちゃんは、楓ちゃんたちのことがあるから・・・」

―――コンコン

莉桜の声が、ノックの音によって遮られた。


「しつれいします」

あいさつと共に入ってきたのは、今まさに話していた結衣だった。

結衣は「やっほー」と僕たちに手を振ると、そのままソファーに座った。

「お帰り、お母さん」

「・・・え、お母さん!?」

「・・・蓮くん、知らなかったの?」

「知ってるわけないよ!結衣も話してくれなかったし」

当の本人は、そうだっけ? とでも言うように首を傾げていた。

「それはそうと結衣、遅かったわね。てっきりこの子たちと一緒にくるのかと思ってたわ」

「実は帰りのHRの後、あやめ先生に雑用を頼まれて、ちょっと手伝ってたの」

あれ?でも結衣はHR終わったらすぐに教室を出ていったような・・・

「そう。・・・それじゃあ話を元に戻すけど、さっきも言ったように、サークルでも3人は必要よ。人員は揃ってる?」

「それは・・・」

「・・・・・・」

僕も莉桜も言葉に詰まった。結衣は誘ってはいるけど、家のこともあるから無理は言えない。今決定してるのは、僕と莉桜の2人だけなんだ。

「もちろん、揃ってるよ」

その言葉は、僕のとなりから聞こえてきた。

「私と莉桜、それに蓮くんの3人がいれば、サークルとしては問題ないよね、お母さん?」

結衣が何の問題もないかのようにスラスラと答える。

「・・・結衣、ちゃん?」

莉桜がちょっと驚いたように結衣を見ていた。

僕も同じ気持ちだけど。

「莉桜、何のサークルにするかは決めてるの?」

「えっ・・・ぇっと、まだ、だけど?」

「そっか。うーん、どうしよっかなあー・・・」

「別に今すぐ決める必要はないわよ。本来、部活動については生徒会に一任しているんだから。決まり次第、美海さんの方に申請すればいいわ」

僕たちが唖然とする中、結衣と学園長の間で話がどんどん進んでいった。




「しつれいします」

「・・・(ペコリ)」

「お母さん。楓と智輝も楽しみに待ってるから、早く帰ってきてね」

話は滞りなく終わり、僕たち3人は学園長室を出た。


僕たちは下足場までの廊下を歩いていく。

「結衣、いいのか?」

僕はタイミングを見て結衣に話し掛ける。

「うん。2人とももう高学年なんだし、部活動は6時には終わるんだから、滅多なことがない限り、大丈夫だよ。それに・・・」

結衣は数歩先に進むと、クルッとこっちに振り返って、

「それに、私だけのけ者なんて、ズルイじゃない?」

おどけたように、笑ってみせた。

「結衣ちゃん・・・」

隣で莉桜が涙ぐんでいた。

「もう、何で泣くかな~」

「ごめん、なさい。だって、嬉しくて・・・」

声を殺して泣く莉桜の頭を、僕は優しく撫でる。

莉桜は涙を手で拭いながらも、微笑んでいた。

結衣はそんな僕たちを見ながらクスクスと笑っていた。

「な、何だよ」

「ううん、何でもないよ。ただ、随分と打ち解けたねって思っただけ」

・・・そうだ。最初会った頃は何だかギクシャクしてたけど、いつの間にか、莉桜は僕と普通に話せるようになってる

「なんか、兄妹みたいだね」

兄妹、か・・・確かに僕は、莉桜をどこか妹みたいって思ってるところがあるのかもしれない。

「りーお。いつまで泣いてるの?ほら、早くしないと校門閉まっちゃうから、行くよ」

「・・・う、うん」

結衣は莉桜の手を引いて歩き始める。

「・・・結衣の方がお姉さんじゃんか」

自分でもよくわからない、嫉妬めいた言葉が口から零れた。

僕はブンブンと被りを振って、前を歩く2人の後を追う。

・・・何だか不思議な気持ちだ。

今までに、こんな気持ちを抱いた友達がいただろうか?

下足場で靴を履き替えている2人を見つめる。


―――一緒にいたい


僕はここにきて初めて、そう思える友達が出来たんだ。

「蓮くん、早く!」

「・・・早くしないと、門が閉まっちゃう」

2人の声が聞こえる。

「うん、今行くよ!」

僕も急いで靴を履き替えて外に出る。

ふいに見上げた空は、もう夕焼け色に染まっていた。

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