ep.4 文月会長の提案
『・・・というわけで、今日の五時限目終了後は、体育館にて新入生オリエンテーションを行います。各委員会、各クラブのトップの人は、それぞれの時間に遅れないようにしてください。以上です』
「そういえばさあ、どこの学校でも、オリエンテーションってのはやっぱりあるんだね」
昼休み。クリームパンを齧りながら、一緒にいる2人に話しかける。
「それはもちろん。だって、新入生に学校のこと知ってもらうには、オリエンテーションで一気に説明したほうが早いからね。それに、部活勧誘って意味でも重要なイベントになるんだし」
結衣がさも当然だと言わんばかりに答えた。
「・・・あれは、地獄だった・・・」
その横で、ポツリと莉桜が声を漏らした。
「・・・先輩方が、飢えた獣のように殺到してきた」
そう語る莉桜は、ガタガタと肩を震わせていた。
(人見知りも、ここまで来ると何だか可哀相だな・・・)
莉桜の容姿だ。莉桜を可愛いと思った先輩たちが、一度に来たのでビックリしたんだろう。
「そういえば、今まで聞きそびれてたんだけど、2人とも部活は?」
晴見学院に来てから早2週間。僕は、結衣や莉桜が部活をしているところを未だに見たことがなかった。
「え、私は帰宅部だよ?」
「ああ、やっぱりそうなんだ。でも、どうして?やりたい部活とかなかったの?」
「あ、まだ話してなかったっけ。うちは両親ともに家にいないんだよ」
「お父さんは、智輝たちがまだ小さかった頃に死んじゃってて、お母さんは学会とかで出張が多いから、あんまり家に帰ってこれないんだ」
「だから、私がお母さんの代わりに家のこととかやってるから、部活はあんまりできないんだよ」
普段と変わらない口調で話す結衣。
「・・・ごめん、立ち入ったこと聞いちゃったね」
「気にしないでいいよ、いづれはわかることだし」
「・・・ごめん」
最後にもう一度だけ謝って、僕はこの話題を打ち切ることにした。
「莉桜も帰宅部なの?」
今度は莉桜に聞いてみる。
「・・・うん。私、人が多いの、苦手だから」
(つくづく、損な性格してるよな・・・何とかしてあげたいけど・・・)
「・・・でも・・・」
「ん、何か言った?」
「・・・ううん、何でもない」
莉桜は休めていた箸を再会させた。横を見ると、結衣はもう食べ終わったのか、弁当を片付けていた。
「あ、こんなとこにいたよー」
その後、屋上で他愛もない話をしていると、扉から先生らしき女性がやってきた。
「って、姉さん・・・どうかしたの?」
「こらっ、蓮、学院内では『あやめ先生』と呼びなさい!」
(自分はいいのかよ!)
ツッコみたくなるのをどうにか抑える。言っても無駄なことは、よくわかっているからね・・・
「それであやめ先生、何か用があったのでは?」
結衣が口を開いた。
「おっと、そうだったよ。蓮、それに莉桜ちゃんも。今日のオリエンテーション、2人とも参加しておきなさい」
『・・・えっ?』
莉桜と声が被った。
「蓮は実質、新入生みたいなものなんだから、クラブとか見ておいた方がいいでしょ?」
「そりゃまあ、確かに・・・」
「でも、あやめ先生。私も・・・ですか?」
莉桜が聞き返す。当然か・・・莉桜は新入生でも転校生でもないのに、どうして姉さんが参加させようと思ったのか理解できなかった。
「そうよ。在学中の生徒の中で、結衣さんみたいな例外を除いたら、クラブに所属していないのは、莉桜ちゃんだけなんだからね」
「あの、あやめ先生。莉桜は・・・」
結衣が口を挟もうとするのを、姉さんは手で制止した。
「莉桜ちゃんの性格のことはわかっているわ。でも、一生に一度の高校生活なんだよ?楽しまないと、ね!」
「・・・わかりました。参加します」
渋々といった感じに莉桜は頷いた。
「よろしい!それじゃあ私は、午後の準備があるからこれで。頑張るのよ!」
顔の横に小さくガッツポースをして、姉さんは屋上から出て行った。
「大丈夫なの、莉桜・・・私も行こうか?・・・ってそうか、私は授業があるんだった」
「・・・ありがとう、結衣ちゃん。だけど、大丈夫・・・だと、思う・・・」
(無理もないよな。さっきの様子から察するに、去年は酷い目にあったみたいだし・・・)
「仕方ないか・・・蓮くん、莉桜のこと、しっかり守るのよ!」
「守るって・・・大丈夫だと思うよ。今回は俺も側にいるんだから、そんなに押し掛けてくることはないんじゃないかな」
キーン、コーン
「あ、チャイムだ。それじゃあ莉桜、行ってこようか」
「・・・うん」
「大丈夫かな~」
莉桜は不安そうに、結衣は心配そうに、俺はごく普通に、屋上を後にした。
1時間後―――
「よしよし、莉桜ー、もう大丈夫だからね~」
去年の二の舞になった莉桜は、生徒会室で文月会長に慰められていた。
そして、横目で俺を恨めしそうに睨んでくる。
「ホントにごめんって、莉桜~。機嫌直してよ、ね?」
(・・・ぷいっ)
「莉桜~」
「まあ仕方ないといえば仕方ないですけど、こればっかりは当人次第ですから」
莉桜は、まだご機嫌斜めの様子。原因は、今も行われているオリエンテーションだ。
(まさか、ホントにあんな事態になるなんてな・・・)
部活勧誘が始まり、いろいろと散り散りになっていく新入生たちを見ながら、莉桜と2人で体育館の端で観察していた時だった。
「あー!あの子、去年いた超ー可愛い子だよ!」
「ホントだ!三上さん発見!!」
「三上さーん、今年こそは我が茶道部に!」
「なに言ってんのよ!彼女は吹奏楽部に入るに決まってるでしょ!?」
以下略......
莉桜が地獄絵図だと言ったこと、大げさでも何でもなかった。そのまんまだ。
僕は莉桜の手を引いて逃げようとしたけど、一瞬にして飲み込まれ、放り出されてしまい、莉桜はそのまま引っ張りだこになってしまったんだ。
「ホントのホントにごめんっ!僕がもっと早く対応出来ていたら・・・だから、このとおり!!」
手を頭の上で合わせ、莉桜に深々と頭を下げて謝る。
すると莉桜はちらっとだけこっちを見てくれた。
「・・・本当に、反省してる?」
「うん、今後は絶対に、こういう時は絶対に守るから!」
「・・・」
しばらく莉桜は俯いたまま黙っていたけど、やがて一言だけ口にした。
「・・・クレープ」
「えっ?」
「この前、蓮くんが奢ってくれた、いちごのクレープ・・・それで、許してあげる」
(そういえば、前に町を案内してもらった時に、2人に買ってあげたんだっけ・・・)
「クレープ、好きなの?」
コク、コクと頷いた。
「そんなんで良ければ、喜んで奢らせてもらうよ」
「・・・やった」
そこでようやく、莉桜が笑ってくれた。
・・・といっても、初対面の人が見ても、無表情にしか見えないくらいの笑顔だけど、毎日彼女を見ていると、機微が小さいだけで、ちゃんと感情表現をしているのがわかるようになった。
「さてと、莉桜も落ち着いたところで、聞いておきたいんですが・・・」
場が一段落したのを見計らって、会長が切り出してきた。
ちなみに、何故この場に僕たちがいるのかというと、今にも泣き崩れそうな莉桜を何とか保護したところを会長に見つかり、そのまま生徒会室に連れてこられたのだ。
そして会長は、莉桜の従姉であるそうだ。
「莉桜、入りたい部活はありましたか?」
(ブルブルブルッ!!)
全力で首を横に振っていた。
「でしょうね。さて、どうしましょうか・・・」
「あの、会長。部活は自由参加と聞いているんですが、本人がやりたくないと言っているのですし、別に強制しなくてもいいんじゃ・・・」
「わかっています。ですが、やっぱり姉としては、いろんな人に触れ、いろんなことを体験してほしいんですよ。学院生活は有限なんですから」
会長はそう言って莉桜を見る。
(姉さんも同じことを言っていたけど、かといって、嫌がる莉桜を無理やりってわけにも・・・・・・んっ?)
僕は、ある考えにたどり着く。
莉桜は、部活が嫌なのではなく、周りに知らない人がたくさんいるのが嫌なんじゃないだろうか、と。
「莉桜、本当に部活動が嫌いなのか?」
もう一度同じような質問を、別の言い方で聞いてみる。
「・・・部活自体は、嫌いじゃない。ただ、周りにあんなに人がいるのは・・・耐えられない」
やっぱりな、と僕は思った。
なら、話はそう難しくはない。人数のかなり少ない部なら、僕が一緒に入ってフォローしてあげればいい。
「会長」
「残念ですけど、どの部活も最低10人はいます。その方法はちょっと難しいかと」
「エスパーか何かですか、あなたは!?」
「まさか、話の流れから推測しただけですよ」
・・・・・・本当だろうか?
「ですが、それに近しい案なら、今思いつきました」
「ホントですか!」
僕は思わず大きな声で反応する。莉桜も、まじまじと会長の方を見ている。
「あなたと莉桜、そして結衣ちゃんで、新部を作るんですよ」
-Miu-
「・・・橘蓮くん。本当に、不思議な人ですね」
2人が生徒会室を出て行った後、私は今もなお続いている部活勧誘の様子を窓から眺めながら、先ほどの会話を思い返していました。
私の提案をあっさりと引き受けてくれて、今まで誰とも相容れなかった莉桜に、これからやること、やりたいこと、部活というものの楽しさ、面白さを、笑顔で一生懸命に話している彼を見ていると、自然と聞いている側の私も笑顔になってしまいました。
そして何より、ほとんど無表情の崩れることのなかった莉桜が、彼の話を聞いて、微かに、けれど彼女にとっては本当に楽しそうに笑っていたんです。
「彼なら、莉桜をいい方向に導いてくれかも知れません」
そう思ったからこそ、私はさっきのような提案をしたんです。彼がいなければ、私は言うことも、ましてや莉桜をオリエンテーションに参加させようともしなかったはずです。
私は椅子に腰掛けると、制服のポケットから携帯を取り出して、ある人の番号を呼び出します。
待つこと五秒未満、コール1回で出てくれました。
「あら、美海ちゃんからかけてくるなんて珍しい・・・何か緊急?」
「すみません、忙しいところ・・・いえ、緊急ではないんですが、学院にはいつごろお戻りになられますか?」
「うーん、結衣にも昨日同じことを聞かれたのよねー。一応こっちは一段落・・・といっても、ホントに少しだけなんだけどね。明日、一度そっちに帰れるんだけど、明後日の早朝にはまた出張なのよ」
「お疲れ様です。とりあえずは明日、学院に戻られるんですよね?実は少し相談というか、会っていただきたい人がいるんですけど・・・」
「会ってほしい人?どこかのお偉いさんかな?」
「いえ、例の転校生です」
「転校生っていうと、あやめちゃんの弟くん?それはいいんだけど、どうしてまたそれをわざわざ電話で?」
「特に深い意味はないんですけど・・・まあ、会ってくださればわかると思います」
「そう・・・あなたがそこまで言うなら、わかったわ。明日の4時くらいでいいかしら」
「大丈夫です。彼には、私から伝えておきます」
「うん、よろしくね。それじゃあ今、電車の中だから、あんまり話してると迷惑になるから切るね。また明日」
「はい、ありがとうごさいました」
通話を終えると、私は再び立ち上がり、窓に近寄ります。
そこには、楽しそうに話しながら帰る3人の姿が映っていました。
「明日の会談、うまくいけばいいですね」
私は誰に言うのでもなく1人呟いて、彼らの姿が見えなくなるまで、その背中を見送っていました。