ep.2 ちょっとの勇気
――――キーン、コーン
4時限目の終わりのチャイムが鳴った。
「それじゃ、今日はここまで。クラス委員」
「起立、礼」
野々宮さ・・・結衣が号令をかける。
『ありがとうございました』
「蓮くん、一緒に食べよ」
昼ご飯をどうしようか考えていると、隣から結衣が誘ってきてくれた。
「うん、いいよ。今日はここの食堂とかがどうなってるのかわからなかったから、パンにしたんだけど」
「あ、そっか。昨日案内したときには、もう閉まっちゃってたもんね」
結衣が思い出したように呟いた。
そう、僕が昨日案内してもらったときは、入学式の準備が長引いたせいで結構遅い時間になってたから、もう閉まっちゃってたんだ。
ちなみに今日は新入生は午前だけなので、窓の外を見ると、新入生達が下校している姿がちらほら見えた。
「それじゃあ行こっか」
視線を戻すと、結衣が教室の外へと足を向けていた。
「えっ、行くってどこへ?」
僕は結衣を追いかけながら尋ねる。
すると結衣は、くいくいっと指を上へと向けた。
「屋上」
「莉桜ー、お待たせ」
屋上へと出ると、莉桜がご丁寧にビニールシートを広げてちょこんと座っていた。
「やあ莉桜、こんにちは」
「・・・こんにちは、結衣ちゃん・・・蓮くん」
昨日会ったばっかだし、まだ恥ずかしいみたいだけど、莉桜はちゃんと名前を呼んでくれた。
「はい座って座って。ほら、蓮くんも」
「あ、うん」
結衣に促されるまま、シートの片側に座る。
「・・・今日は美海さん、会議があるから生徒会室で食べるって言ってた」
「そっか、それじゃあ今日はこれで全員だね」
その言葉を合図に、2人とも弁当を広げ始めた。
「2人はいつもここでお昼を食べてるの?」
「そうだよ。といっても、去年の3学期からだけどね」
「そうなんだ。それじゃあ、それまでは2人で教室?」
「・・・」
何だろう・・・何気なく言った僕の言葉に、一瞬莉桜の表情が曇った気がした。
「1年の時は、莉桜とは別クラスだったんだよ。冬休みに莉桜と知り合って、それからはいつも莉桜と一緒に食べてるんだ。ねえー莉桜」
結衣の声に、コクコクと莉桜が頷いた。
(・・・気のせいだったのかな)
さっきの莉桜の表情が気になったが、僕はそれ以上深く考えないことにした。
「あ、そうだ!」
結衣が箸を休めてポンッと手を叩いた。
「今日は皆で商店街に行かない?ほら、蓮くんの案内も兼ねて」
「いいよ、そんな・・・僕、7年前までここに住んでたんだし」
さすがにそこまでは、と思った僕は、断ろうとしたんだけど・・・
「・・・でも、この街も、だいぶ変わった」
「そうだよ。それに、昨日も言ったけど、そんな遠慮なんてしなくてもいいよ」
2人の親切心を無下にするなんて、僕にできるはずもなく・・・
「・・・わかった。それじゃ、よろしくお願いします。結衣、莉桜」
「・・・うん」「任せて!」
結局、今日の放課後も案内をしてもらうことになった。
放課後、商店街に来た僕たちは、案内も兼ねていろんな所を見て回った。
スーパー、ショッピングモール、雑貨屋、ゲームセンター、飲食店・・・生活用品店だけでなく、娯楽施設なども、2人とも丁寧に教えてくれた。
こうして見ると、確かに僕がいた頃よりだいぶ変わっていた。
それに、今日は2人のいろんな顔を見ることができた。
結衣が意外にもリズムゲーが苦手だったり、莉桜がガンシューティングで驚くほどのスコアをたたき出していたりと、意外な一面も見ることができた。
全部ぜんぶ引っくるめて、今日、2人と来てよかったなって思う。
「あ、もう6時なんだね」
「・・・時間経つの、早い」
携帯を見ると、いつの間にそんなに経ったのか、6時5分前を差していた。
~~~♪
「あ、電話だ。ちょっとごめんね」
鳴ったのは結衣の携帯だった。
「もしもし・・・あ、楓」
「うん、うん・・・そう、智輝も帰ってるのね。・・・うん、わかった。今からすぐ帰るから、ご飯だけ炊いておいてくれる?」
「・・・うん、お願いね。それじゃ」
「ごめんね。私、これから買い物してすぐ帰らなくちゃ」
電話を終えて、結衣が戻ってきた。
「あ、そうなんだ。こっちこそ、ごめん。こんな時間まで付き合わせちゃって・・・」
「気にしないで、もともと誘ったのは私なんだから。莉桜もごめんね」
「ううん。・・・帰り道、気をつけてね」
「うん、ありがと。それじゃ・・・あ、そうそう」
何かを言い忘れたのか、結衣は僕の方に近寄ってきて、顔を近づけてきた。
「ちょ、ちょっと結衣!」
いきなりの結衣の行動に、僕の心臓が、ドッドッと脈打ってるのがわかる。
「莉桜は女子寮住まいだから、帰りは送っていってあげて」
そう耳打ちして、結衣は顔を離した。
(これ、心臓に悪いよ・・・)
「それじゃ、また明日学校でね」
今度こそ、結衣は走っていった。
「・・・私もこれで。また明日、蓮くん」
「あ、待って莉桜!」
僕は、去ろうとする莉桜を咄嗟に呼び止めた。
(・・・確かに夜道は危険だもんな。それに、莉桜と話をするにはいい機会かもしれない)
「送っていくよ」
莉桜と2人、女子寮への道を歩く。
「・・・」
「・・・」
無言が続く。
莉桜が何度か声をかけようとしてきたけど、寸でのところでまた俯いてしまう・・・さっきからこの繰り返しだ。
「・・・今日の莉桜、凄かったね」
僕の方から話を振ってみる。
「・・・え?」
「ガンシューティング。僕、あんなスコア見たの初めてだよ!」
「・・・それほどでも、ない」
「あるって。ホントにびっくりしたんだから!」
「・・・そう」
莉桜はプイっと顔を背けて、素っ気なく返事してきた。
その頬は、ほんのり赤くなっているようだった。
それからも僕は、今日遊んだことについて、いっぱい莉桜に話した。相変わらず、莉桜から話しかけてくることはなかったけど、それでも僕が話しかけると、不器用ながらも言葉を返してくれた。
とても会話とは呼べないかもしれないけど、少しだけ莉桜と打ち解けた感じがして、うれしかった。
そうして話しているうちに、気づけば女子寮の玄関まで来ていた。
「それじゃあまた明日ね、莉桜」
「・・・うん、また明日」
ホントはもうちょっと話していたかったけど、寮の門限は7時だ。さすがに破るわけにはいかない。
僕は莉桜の返事を聞いて、踵を返した。
「・・・っ、蓮くん!」
突然、莉桜の声とは思えないほど大きな声で呼び止められた。
僕は振り向いて、莉桜を見る。
その顔は赤く染まっていて、視線を忙しなく泳がせていたけど、
「・・・ありがとう、送ってくれて。・・・お話、楽しかった」
確かに莉桜は、そう言って微笑んでくれた。
「・・・こっちこそ、ありがとう。明日また、いろいろお話しようよ」
その笑顔に、僕も笑って返すと、莉桜はうん、と頷いて手を振ってくれた。
僕も手を振り返す。
そして、莉桜が寮に入ったのを見届けてから、僕も男子寮へと足を向けた。
-Rio-
寮母さんに挨拶して、自分の部屋に戻ると、もう美海さんが先に帰っていた。
「・・・ただいま」
「お帰りなさい、莉桜。今日は遅かったですね」
美海さんと私は2人部屋で同室。私としても、身内がルームメイトなのはありがたかった。
「商店街に行ってた」
「あら、莉桜が商店街に行くなんて珍しいですね。野々宮さんと一緒だったのですか?」
「うん。結衣ちゃんと・・・蓮くんも一緒」
「蓮くん・・・ああ、昨日の転校生ですね」
「・・・美海さん、知ってたの?」
聞くと、昨日の朝、職員室を探していた蓮くんと偶然出会ったらしい。
「橘くんとは、仲良くなれましたか?」
「・・・わからない。けど、」
「けど?」
私は今日のことを思い返す。
人混みが苦手な私を、自然に守るように歩いてくれたり、ゲームのことで褒めてくれたり、苺のクレープを奢ってくれたり・・・
「蓮くんは、優しい人。だから私も、もっと仲良くなりたい」
その私の言葉がよほど意外だったのか、美海さんは驚いたような表情をしていたけど、すぐに笑って頭を撫でてくれた。
子供扱いは嫌いだけど、美海さんに頭を撫でられるのは、ちょっと好き。
「良かったですね。そんな友達が出来て」
「・・・うん!」
私は、頷いた自分の顔が、自然と笑っているのに気がついた。
(・・・明日は自分から、おはようって声をかけてみよう。結衣ちゃんも蓮くんも、きっと笑って返してくれるから)
「莉桜、そろそろ降りましょう。夕ご飯ですよ」
美海さんの声に頷きながら、私は密かに決意を固めた。