ep.1 出逢い
大変お待たせいたしました。本編第一話です。今回の作品は零章から三章の四章構成で、ep.1より、第零章の始まりです。
第零章のテーマは「邂逅」・・・つまりは、主人公と他の登場人物たちの出会いの章です。
目を開けると、見馴れない天井が視界に飛び込んできた。
僕はゆっくりと身体を起こして、部屋をぐるりと見回す。
「・・・そっか。僕、桜木町に戻ってきたんだっけ」
ベッドから身体を離してうーん、と伸びをする。頭の中も少しずつクリアになってきた。
――――コンコン
「れーん、起きてるかー?」
ノックの音と一緒に低く、よく響く声が聞こえてきた。
「うん。今起きたよ」
「そっか。んじゃ、ちょっくらお邪魔するぜー」
ドアから姿を見せたこのいかにも気さくそうな男。
『泉達哉』
茶髪で、背も僕より10センチくらい高いけど、同い年だ。昨夜、寮内で僕の歓迎会を開いてくれた時に、その性格ゆえか、すぐ仲良くなったんだ。
「何だ、ホントに起きたばっかなんだな。とっとと着替えて飯にしようぜ」
「ごめんごめん。でも達哉は朝早いんだな。僕も遅い方じゃないと思うんだけど」
「ああ、この子は特別だよ。他の子はまだ起きてすらいないんだから」
達哉の後ろから女の人の声がした。
「泉くん、初日から転校生に迷惑かけないの」
「そんな迷惑なんてかけてないですって。なぁ?」
達哉がこっちに振ってきた。
「まぁ、僕はだいたいこの時間に起きるから迷惑じゃないけど、他の人にはきついんじゃないかな?」
僕は長針が6を差している目覚ましを指差しながら答える。
「大丈夫だって。これからは蓮にしかしないから」
僕は犠牲者確定ですか・・・
「まったくもう・・・橘くんも起きちゃったのなら、朝ご飯食べる?」
「あ、はい。いただきます」
「寮母さん、俺も俺も!」
はいはいわかってます、といった感じに手を振って階段を下りていく寮母さんを見ながら、僕は達哉に向き直る。
「それじゃ、着替え終わったら行くから、先に下りててよ」
「オッケー!」
(朝からハイテンションな奴だなー)
内心そう思いながら、新しい制服に袖を通した。
寮母さんの作ってくれた朝ご飯を食べ終え、身支度を済ませてから達哉と一緒に寮を出る。
「こっちの方には昔こなかったから、何か新鮮な感じがするよ」
「ん、ああそうか。7年前ってことは、まだ小学生だもんな。小学校は反対側だから、知らなくて当然か」
「うん、すごく綺麗だよ。ここの桜」
「正直俺は、もう見飽きたよ」
そんな感じでたわいもない話をしながら、いつのまにか僕達は校門前まで来ていた。
「歩いて10分くらいだったろ?だから、ほとんどの奴がギリギリまで寝てんだよなー」
(そんな時に、僕は都合よく来ちゃったってわけか・・・)
「・・・ん?」
僕はふと誰かに見られている感じを覚え、反射的に下足場の方を見た。
「・・・っ!!」
目があったと思った瞬間、その子は一目散に校舎へと姿を消した。
一瞬しか見えなかったけど、たぶん女の子だったと思う。
「どうした、蓮?」
「あ、いや、何でもないよ」
僕は首を振って答えた。
「まぁいいや。まずはクラス分け見ないとな。当然、俺とお前は同じクラスだろうけどな!」
「そうだね、僕もその方が色々と助かるよ」
達哉に連れられて、僕は下足場前に張り出されているクラス表を見に行った。
――――とはいったものの、転入生である僕の名前が書いてあるはずもなく、下足場で達哉と別れた僕は今、職員室に向かっている。
しかし僕は、あることに気がついて立ち止まった。
「・・・職員室ってどこだ?」
達哉は、「ここを右に折れて真っすぐいけばわかるぜ」なんて言ってたが、それらしき部屋が見当たらない。
「うーん、困ったなぁ」
とりあえず誰かに聞くのが早い気がする。
とそんな時、ここの学生らしき女の子が通り掛かった。
「よし、あの人に聞いてみよう」
「すみませーん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」
僕は近寄って声をかける。
「はい、何でしょうか」
彼女は立ち止まってこっちを振り返った。
(うわっ、綺麗な人だなー)
流れるような長い黒髪に、スラッとした身体。それでいて、出るとこはしっかりと出ている。清楚可憐とはまさに彼女のことをいうのだろう。
「あの、どうかしましたか?」
・・・っと、いけないいけない。初対面の、しかも女の子をジロジロ見るなんて、変質者じゃないんだから!
「えっと、僕、今日から転入することになったんですけど、そのー、職員室の場所がわからなくて」
「ああ、あなたが今日から新しく来る人だったんですね。私はこの学院の学生会の会長を務めています、文月美海です。ようこそ、晴見学院へ」
そう言って彼女は笑顔でこちらに手を差し出してきた。
「あ、はい。僕は橘蓮です」
慌てて僕も自己紹介し、握手を交わした。
(女の子の手って、こんなに柔らかいんだ・・・)
「それで、橘君は職員室に行く途中でしたっけ」
「え、あ、はいそうです。寮で仲良くなった友達に聞いたら、こっちの方だって言われたんですけど」
「・・・いえ、職員室はまったくの反対側ですよ」
「・・・」
(後で覚えてろよ、達哉・・・)
その後、職員室で簡単な手続きを済ませ、担任の先生(何の因果か僕の姉)と一緒に教室へと向かった。
最初はどうなることかと不安だったけど、クラスの皆は暖かく迎え入れてくれた。その中には、達哉の姿もあったが、あの男だけは一発殴っておきたい。
「それじゃあ蓮は、あの一番後ろの窓際の席ね」
「はい、わかりました」
僕は言われたとおり、窓際の1つだけ空いている席に座った。すると、隣の席の女の子がすかさず話しかけてきた。
「えっと・・・橘くん、でいいかな。私、野々宮結衣っていうの。初めまして、それとこれからよろしく。わからないことがあったら、遠慮なく聞いてね」
「う、うん。こちらこそ、よろしく」
そうあいさつした僕に彼女は微笑むと、再び前を向いて先生の話を聞き始めた。
(何というか、全体的に気さくで柔らかな雰囲気の子だな)
ベージュに近い茶色の長髪。それを片方に1本に纏めている髪型(サイドポニーっていうんだっけ)。まだ幼さが残る顔立ち。さっき知り合った文月会長とは違って、『可愛い』というイメージがぴったりの女の子だ。
「さて、新学年となったわけですが、ほとんど顔見知りだと思うので、自己紹介は各自でお願いね。伝達事項は特にありませんが、明日の1時限目ではクラス委員と他の役員などを決めるので、考えておいてね。それじゃあこれで、朝のHRを終わります。起立、礼」
姉さん、もとい橘先生が教室を出ていったのと同時に、達哉が近づいてきた。
「れーん」
「・・・お前、1発くらうなら何処がいい?腹か、頭か?」
「おいおい、今朝のは簡単なジョークじゃねーか。それに、おかげで会長とも話せただろ?」
(こいつ、見てたのかよ!)
「あれ、2人とも知り合いだったの?」
僕達が話をしていると、横からさっきの女の子が割り込んできた。
「ああ、そうだぜ野々宮。俺と蓮は、マブダチなのさ」
「単に、寮で最初に仲良くなっただけだよ」
昨日今日知り合った人をマブダチって、意味がわからない。しかも微妙に死語な気がする。
「そうなんだー、ちょっと残念。私が最初だと思ったのになぁ」
野々宮さんが本当に残念そうに溜め息をついていた。
「でも良かったよ、野々宮さんが話しやすい人で。誰も知り合いがいないとこに行くの、正直不安だったから」
僕が正直にそう言うと、野々宮さんは、なら良かったといった表情で笑ってくれた。
「そうだ。せっかくなんだし、私が校内を案内してあげるよ」
「え、でも・・・」
「遠慮しないの。ついでに私の友達も紹介したいから」
「友達?それなら今でもいいんじゃ・・・」
「ううん、今じゃ無理。これがちょっと訳ありでね」
困ったものなの、といった感じに野々宮さんが首を振る。
「・・・うん、わかったよ。それじゃあ放課後、お願いしてもいいかな?」
「うん!」
こうして、僕は放課後、校内を案内してもらうことになった。
「何か俺、途中から完全アウェーだったよね」
そんな呟きを漏らす達哉。
(殴られなかっただけ、マシだと思ってほしいな)
始業式はどこも同じようなものだった。
校長の話、新任教師の紹介など、正直退屈そのものだった。
ただ、文月会長のあいさつだけは、皆生き返ったかのように聞いていた。人気あるんだなぁ、彼女。
そんな感じで式も終わり、明日が入学式ということもあり、準備の後はすぐ下校となった。
「次は美術室ね」
僕はと言うと、約束通り野々宮さんに校内を案内してもらっていた。
こうして実際歩いて見てみると、かなり広い学校だということがわかる。教室の数もかなりのものだ。前の学校の倍くらいはあるだろうか。
グラウンドや体育館もとても広く、今から体育の時間がちょっと楽しみだ。
行く先々で色んな発見をするのが面白くて、気がつけば結構な時間が経っていた。
「次で最後だよ。そこに、私の友達もいるから」
そう言って彼女が最後に向かった場所は・・・
「・・・屋上?」
「正解」
扉を開き、僕達は屋上へと出た。だだっ広いコンクリート、綺麗な夕焼け、そんな場所に1人、女の子が町を見下ろしていた。
野々宮さんは僕に制止をかけて、その女の子のもとへ向かった。
「やっぱりまだここにいたね、莉桜」
親しげに名を呼ばれた女の子は、ゆっくりとこっちを振り向いた。
「・・・結衣ちゃん」
ほとんど無表情だったが、それでもその声にはどことなく嬉しさが感じられた。
「この子は三上莉桜。私達のクラスメイトであり、私の親友だよ」
「・・・っ!」
莉桜と呼ばれた女の子は、僕を見るなり野々宮さんの後ろへと隠れてしまった。
「えっとー、橘蓮です。よろしく」
「・・・よろしく」
薄い水色のショートヘアー。背は野々宮さんと同じくらいかな。
「ごめんねー、この子、恥ずかしがり屋だから」
「あ、そうなんだ。良かった。一瞬嫌われてるのかと思ったよ」
「(・・・フルフルフルッ)」
野々宮さんの後ろで彼女は首を一生懸命に横に振っていた。
「・・・っ!!」
何かを決めたように、彼女は一歩前に出ると、僕に向かって右手を差し出してきた。その手は恥ずかしいのかプルプル震えていた。
僕はその手を出来るだけ優しく握ってあげた。
「・・・」
すると彼女は、繋がれた手をじっと見つめてから、僕を見てほんの少しだけど笑顔を見せてくれた。
「・・・よろしく、蓮くん」
この時見た彼女の笑顔は、飾り言葉なしに可愛いと思った。
「こちらこそよろしくね、三上さん」
そう答えると、彼女はフルフルと、また首を横に振った。
「・・・莉桜」
「えっ?」
「莉桜って呼んで」
「いや、でも、それは・・・」
(さすがに知り合ったばっかで下の名前で女の子を呼ぶのは・・・)
「・・・友達になったら下の名前で呼び合う。これ、大事なこと」
(それはちょっと違う気もするけど、恥ずかしがり屋な彼女がここまで言うのなら、無下にするのも良くないよな)
「わかったよ。・・・莉桜、よろしくね」
「・・・うん」
莉桜はちょっと照れたように顔を背けた。
僕もちょっと顔が赤くなってるかもしれない。
「莉桜だけ名前っていうのもズルいなあ」
今まで静かに見守っていた野々宮さんが話に戻ってきた。
「そうだね、私も蓮くんって呼ぶことにするよ」
「ええっ!?」
「だから、蓮くんも私のことは結衣って呼ぶように。いい?」
野々宮さんが下から僕を覗き込むように見上げてくる。正直、凄く可愛い。こんな顔でお願いされたら、さすがに僕には断れない。
「わかった・・・改めてよろしく、結衣」
「こちらこそだよ、蓮くん」
こうして僕は今日、顔が真っ赤になりながらも、2人の可愛い友達が出来た。
あれ、一人忘れてる気がするけど・・・気のせいだよね?