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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

喫茶シカリウスのごくありふれた裏稼業

掲載日:2026/03/22

「よっ、よろしくお願いします!!」


 勢いよく頭を下げる。今日からここで働くのだから、第一印象は大事。つまり挨拶は大声で。


「うん、よろしくね」


「よろしく〜」


 目の前には二人、喫茶店のマスターと赤いアイシャドウが特徴的な気怠げな先輩店員のアサさん。他に店員は見当たらない。前に面接で来たときもそうだったから他に店員はいないのかな。


「さて、ハッシャーちゃんだっけ?初日だしまずは仕事覚えていこうね。アサさん、頼めるかい?」


「ん、ついてきて」


「はっ、はい!!」


 案内されたのはカウンターの奥、厨房を抜けた先のバックヤード。


「ここが休憩室。お昼とかはここで取ってね。で、あっちが更衣室。男女で分かれてるから気を付けて。制服にはあそこで着替えてね」


「ええっ、男女で分かれてるんですか!?」


 この国では……というか、多分世界の何処を探してもよっぽど古い建物でもない限り男女で更衣室が分かれてる場所なんてないはず。お手洗いですら共用なのに。


「そう、珍しいでしょ?まあ、男性の方を使うのはマスターしかいないけど」


 別に分ける必要もないと思うけれど、マスターも紳士だなぁ。紳士なんて幻の存在になって久しいけどまだいたんだ。


「お手洗いは残念ながら共用。店のはお客用だから裏にあるやつ使って」


「わっ、わかりました」


「じゃ、着替えちゃおっか。仕事は実際にやりながら覚えていこう」


「はっ、はい!!」


 狭い更衣室にズラリと並んだロッカー。そのうちの一つ、私の名前が入ったロッカーの中に、私の制服。緑の挿し色の入った赤茶のロングスカートに、白いブラウス。赤茶の生地にシカリウスのロゴが入ったエプロンを付けて、私の名前の名札を付ければ着替えは完了。


「パンツじゃ、ないんですね」


「スカートは嫌?」


「い、いえ、スカートの方が可愛いので……ただ、今までパンツスタイルだったから違和感があります……」


「あ~わかる。まっ、すぐ慣れるよ」


 更衣室を出て、再びフロアに戻る。そこではマスターが意味もなく皿を拭いていました。もう綺麗になってるのに……。


「おっ、着替えたんだね。じゃあ業務の説明をしようか。といってもやることはそんなに多くない。まずは店を掃除する。開店したらお客さんの注文を厨房に伝えて、出来上がったものを持っていく。お客さんが帰ったらお皿を片付けて、机を拭く。それだけ」


「えっ、それだけ、ですか?」


 思ったよりも少ない……。


「厨房業務とかは…?」


「ああ、勝手にやってくれるから大丈夫だよ」


「で、ですが厨房には誰もいませんでしたよ?アサさんかマスターがやるんですか?」


「いや、いるよ。といっても彼女は姿は見えないけどね」


 ……姿が見えない?マスターが嘘をつくとも思えないし、アサさんも否定しないってことは本当に見えないのかな。それってつまり───


「幽霊、ってことですか!?」


「そうなるね」


「ひっ!!」


 否定の言葉が欲しくて口から出た叫びは、しかし私の思いと違って肯定されてしまった。私さっき通ってしまったんだけど大丈夫かなぁ。というか、厨房通らないとバックヤードに行けないからどうしよう、私もう帰れなくなっちゃった!!


「なんでこんな都心の一等地に店を構えられたか知ってる?マスターが金持ち、っていうのもあるけどここが幽霊が出るってことでかなり安かったから」


「でもあの人は料理さえ出来れば悪さはしないからね。料理の邪魔をしたら凄く怒るけれど」


「じゃ、邪魔をしたら………」


「この前はあわや火事になるところだったね」


 営業中は絶対厨房に近づかないでおこう!!!!あっ、バックヤードのお手洗いに行けなくなっちゃった……。


「開店まで一時間もないしさっさと掃除するよ」


 渡された掃除用具を持って床を掃き机を拭く。決して広くはない店内、すぐに終わってしまった。


「手際いいね」


「あっ、ずっと雑用ばかりさせられていたので………」


「そっか〜」


 カランコロン、とドアベルの音が鳴る。開店前の今鳴るはずのない音。


「えっ、あっ、あの、まだ開店前で……」


「ああ、その人はいいんだよ」


 ドアを開けて入って来たのは分厚いローブを纏いフードを目深に被った怪しい女性。重めの布で出来たフェイスベールを纏うためその顔は目元しか分からない。

 そんな怪しい女性の、それも時間より前の入店をマスターは咎なかった。


「な、なんでですか?他の店員さん、とか…?」


「いや、流れの占い師。客として居座って勝手に他の客に占いをしてる。ただその占いがよく当たるってことでお金を払って占ってもらう人は多いし、売り上げの一割をショバ代として奉納してるから黙認してる。調子乗って開店前から入ってくるようになったけど」


 占い師の人は何も答えない。相変わらず顔は目元しか見えないけど、大分おちゃらけているのが分かる。だってダブルピースしてるし……凄い腕上げ下げして煽ってるし……。


「良いんですか?」


「店の売り上げに貢献してるし、払ってくれるお金もそこそこ大きいから追い出せないんだよねぇ」


 えっ、そんなに……?


「開店前に占って貰ったら?まだ時間はあるし残りはこっちでやっておくから」


「えっ、はっ、はい!!」


 円形のテーブルの上に置かれた紫のクッション、その上に乗っけられた水晶が怪しく輝く。吸い込まれそうになるその輝きに影を落とすように、窓際に座った占い師さんの前に腰掛けた。


「あっ、あの、よろしくお願いします」


「………」


 スッと差し出されたのはメニューらしきもの。この店とは違う、簡素な作りの手作り感溢れるそれ。


「えっ、えっと……」


「…ん」


 差し出されたメニューを指差す占い師さん。それが示す意味はつまり───


「お金取るんですか!!?」


 店の一角を借りてるのにそこの店員からお金取ろうとしてるんですかこの人!?


「こっちも商売」


「良いよ良いよ、私が払うから」


「ありがとうございます、マスター!!」


 さっすがマスター太っ腹!!縦にも横にも大きい!!


「じゃ、じゃあこの一番安い本日の占いっていうやつで……」


「ん……今日は大忙し。夜も大変」


「……………」


「……………」


 えっ、まさかこれで終わり?本日の占いってそんな大雑把に今日一日を占うだけ!?2400共通貨も払ったのに!!マスターが、だけど。


「も、もっとないんですか!!!」


「………」


 シッシッ、と払いのけるように手を振る占い師。まるで邪魔だから早く行けと言っているよう。いや、まるでも何もそう言っているのだろう。この女は店の一部を借りているというのに店員に対する敬意なんて微塵もないらしい。


「あっ、今日グリットちゃんの予約が入ってる」


「あ~不味いね。ハッシャーちゃん一日目から大変だけど頑張ってね?」


「えっ?えっ?」


 どうやらこの占い師の腕は本物みたいで、本当に今日一日は大変なことになりそう。そのグリットちゃんとやらは知らないけれど、口ぶりからして絶対忙しくなる。


『ポッポー ポッポー ポッポー』


 店に飾られた古めかしい鳩時計が九時を告げる。開店の時間。店のドアにかけられた掛札を『CLOSE』から『OPEN』にかえ、メニューの書かれた看板を立てる。


 喫茶シカリウス、今開店です。


「あっ、お疲れ〜。しばらく客来ないだろうしその間に注文の取り方とか教えとくね」


 とはいえ今は午前九時。普通の人は仕事が始まっている時間だし、仕事ではない人もあまり喫茶店には入って来ない時間。正直暇。


「とは言っても客の注文メモって、それを厨房に持っていくだけ。出来上がったら鈴鳴らして教えてくれるから、料理を持っていって」


 厨房って……幽霊さんがいるんですよね。


「メモは汚くても大丈夫。どんだけ汚い字でも読み取れるから。ただ他のメニューと間違われないようにしてね。例えばカツサンドならカツサとかでもいいけどカツだけだとカツ丼と間違えるから」


 ……カツ丼?


「えっと、カツ丼?喫茶店ですよね、ここ。カツ丼あるんですか?」


「あるよ」


「あるんですか!?」


 喫茶店ですよねここ!!いや、私が知らないだけで喫茶店にはカツ丼が置いてあるのが普通なのかな…?


「接客する時の注意ね。一つ、この店では紅茶を扱ってないから紅茶を求められたら一度断ること。それでも求められたら奥の個室に案内すること。二つ、出禁の客は絶対に入れないこと。三つ、グリットちゃんが来たら予約の有無を確認すること。彼女が帰る際は次の予約を確認すること」


「えっ、どういう……」


 カラン、とドアベルの音が鳴る。お客さんが入ってきた音だ。


「いらっしゃいませ〜」


「い、いらっしゃいませ!!」


 入ってきたのは茶色のインバネスコートを纏ったスーツの男性。渋いけれどもとりわけて印象に残るわけでもない顔の、鹿撃ち帽を被ったいかにも探偵といった風貌だった。


「おや、見ない顔だね。新人さんかい?」


「はっ、はい!!よろしくお願いします!!」


「はは、元気があっていいねぇ。マスター、いつもの頼むよ」


「ハッシャーちゃんの練習も兼ねてちゃんと注文をしてくれないかい?彼女はまだいつものが分からないんだ」


 初対面のこの人の普段の注文なんて知るはずがありません。まず名前も知らないのです。


「ん、ああ、そうだね。じゃあナポリタンと、それからカツサンドとブレンドコーヒーを」


「かっ、かしこまりました!!ナポリタンとカツサンド、ブレンドコーヒーですね!!」


「ああ、カツサンドとコーヒーはナポリタンを食べ終わった後に持って来てもらえるかな。ミルクはいらないからね」


 あっ、ミルクについて聞くのを忘れていた!!優しい人で良かった。


「かしこまりました!!」


 今書いたメモを厨房に届けて……厨房に…………幽霊さんがいるじゃないですか。


「えっ、え~い!!!」


 本当に無人の厨房、そのカウンターにメモを置いて素早く立ち去る。幽霊とかがいる気配はしないけどなぁ。だけど店長さんが嘘をつくはずもないし……。


「ま、始めてにしてはまあまあ良いんじゃない?」


「ありがとうございます!!」


 フロアに戻ればアサさんからそんな評価が。


「もっと褒めてあげればいいじゃないかぁ。その子、新入りなんだろう?新人にはもっと優しくしないとねぇ?」


「えっと、こちらの方は?」


 そんなアサさんに絡みつくように肩を組む見知らぬ女性がいた。ドアベル鳴ってなかったと思うけど聞き逃しただけでお客さんかな。


「ああ、こいつはね───出禁」


「あぁ〜」


 アサさんが出禁を言い渡し、流れるように店の外へ放り投げた。特に抵抗することも無く、間抜けな声と共にゴロゴロと転がっていく出禁の人を遮るように、無慈悲に扉が閉められる。


「良いんですか?出禁とはいえ一応お客さんですよね?」


「いいの。昔からの腐れ縁だからね。死んでも切れないタイプの」


「開けてくれよぉ〜」


 カリカリと、ドアを引っ掻く音と共にそんな声が響き渡る。


「あの、開けてあげないんですか…?」


「注意を思い出して。一回開けた結果が何処からともなく入り込むようになった今の状況。無視してればそのうち諦めてどっか行くから」


 だ、だけど店の前に居られたら迷惑になるし、他のお客さんも入りにくいかも……。


「わ、私注意して───」


「ダメ。絶対にこっちから開けちゃダメ。それに、本当に必要な人は入ってくる」


 カラン、と音がして、扉が開かれた。入って来たのはよれた服を着た、その……みすぼらしい格好の男性。


「紅茶を」


「すみませんお客様、当店では紅茶は扱っておりません。もう一度、ご注文を確認しても?」


()()()


「うちでは紅茶は扱っていないんですが……まあ、奥へどうぞ。そこでじっくりメニューを見ながらお話、しましょうか」


 アサさんがお客さんを奥の個室へと連れて行く。紅茶を頼むお客さんは個室に連れて行くことになってたし、そこで何をしているのかな。


「占い師ちゃん、あと何人?」


 机に足を乗せ、完全にだらけきっていた占い師さんが指を一本立てた。飲食店なので机に足をかけるのはやめてください。


「もう一人来るんですか…?」


「あ~違うね、一万共通貨払えって意味だよ」


 まだお金取るつもりなんですかこの人!!?

 そしてマスターから一万共通貨をせしめておいてこの人は指を丸めてゼロを示すだけで終わらせました!!


「オススメは?」


「23時54分39秒、北北東から」


 なんの話でしょうか?時間と方角?


「残念ながらうちでは紅茶を扱ってないですね。他のお店でごゆっくりどうぞ」


 なんて言ってると奥の部屋からアサさんと男の人が出て来た。時間にして5分も経ってないけど、何の話をしてたんだろ。


「ありがとうございましたー」


「あっ、ありがとうございました!!」


 ドアを勢いよく開け、男の人は走り去って行った。何も注文しなかったな……。


「何だったんですか?」


「あとでわかる。それよりナポリタン出来てるみたい」


 あっ、き、気が付かなかった…!さっきの人に集中し過ぎて鈴の音を聞きそびれたんだ。


「お、お待たせしました!!!」


「ん、ああ、ありがとう」


 探偵さんは机に向かって何かを書いている。今どき紙とペンなんて珍しい。見たところ事件の報告書とかでもなさそうだし……


「何を書いているんですか?」


「小説を書いているんだ。探偵業だけだと収入が無くてね。体験した事件なんかを元にして書いてみたら思いの外好評で今じゃ本業よりも稼げているよ」


 あっ、本当に探偵さんだったんだ。勝手に呼んでいただけだけど合ってた。


「へぇ~見せて貰っていいですか?」


「ハハハ、書き途中の物を見せるわけにはいかないからね。完成したら是非とも買ってくれ。失せ物探偵シリーズさ」


 失せ物探偵シリーズ!?全巻累計3000万部突破で今度ドラマ化もするっていう大人気作品じゃないですか!!


「本当に失せ物探偵の作者なんですか!!?じゃ、じゃあ“心臓に打ち込まれると死んじゃう木の杭”とか、“人を焼き殺せる篝火”とか本当に探してたんですか?」


「多少大袈裟に書きはしたものの、概ね真実だよ。杭は灰になるまで燃やしたし、篝火はそれがあった洞窟ごと吹き飛ばした」


 失せ物探偵シリーズは依頼人から無くしものの捜索を依頼された探偵がそれを探すうちに不可解な事件に巻き込まれるという伝記もの。まさか実在しただなんて……!


「さ、サインください!!」


「良いよ。名前は?」


「ハッシャー・シーンです!!!」


 やった!!サイン貰える!!!娯楽作品が希少な現代に全巻持ってるくらい作品のファンだったから凄く嬉しい!!!!!!!


「喜んでるところ悪いけどそろそろグリットちゃん来るから準備して」


 グリットちゃん……今日よく聞く名前ですけどだれだろう。お客さんなのは分かるけど……。少なくとも凄く忙しくなるのは確定してるんだよね。


「……今日はここいらで帰らせてもらうよ。申し訳ないけどサインはまた明日……」


「サインくらいしてあげれば良いではないか」


 カランと音を立てて入って来たのは軍服の女性───


「……何をしてる?」


 はっ、つい癖で敬礼を!!!もう軍服見るたびにビクビク怯えながら背筋を正す必要はないんだった。


「その子昨日付けで兵役終えたばかりだから」


「それは知っている。だがここでは一介の客と店員だ。そう肩肘張らずとも良い」


 むむむ無理です!!!百人殺しの大英雄なんて恐れ多くて直視することすらできません!!!!


「さて、ではメニューの端から端まで貰おう。飲み物はオリジナルブレンドだけで良い」


「はっ、はい!!メニューを全部………全部ぅ!!!?」


「その程度で驚いたらダメ。どうせあと二皿ずつおかわりするから」


「だから早めに帰りたかったんだよ。彼女の食べっぷりは食欲が失せるからね」


 だ、大英雄なんて呼ばれるにはそれだけ食べなきゃいけないんでしょうか。私も軍にいた頃は食べてましたが、さすがにここまでではありませんでした。


「ああそうだ。紅茶も一杯、お願いする」


「す、すみません!!と、当店では紅茶は扱っておりません!!!」


「知ってる。だからこそ、紅茶を一杯所望する」


 ど、どうしましょう……紅茶を断っても求めてきた場合はたしか奥の部屋に案内して……どうするのでしょう?

 そっと視線でアサさんに助けを求めて……。


「はぁ……すみませんねお客さま。当店では紅茶は扱っておりません。御自身で買いに行かれた方が早いですよ」


「娘が父の紅茶を懐かしんでせがんでいるだけだろう。それとも、まだあんなことをやっているのか?」


 チチ……?父…父親!?えっ、父親!!!?


「マっ、マスターっておと、お父さんだったんですか!?」


「血縁上はね」


「嘘ぉ!!」


「残念ながら真実だとも。だからこうして()()()()を懐かしんで食べに来てるのだろう?」


 ううう嘘ぉ!そ、そんな凄い人だったのマスター!!そんな凄い人が私なんかに声を掛けてくれたの!?


「書面上の数字の1でしかないとは言え、私の部下を引き抜いたのだからなにをするかと思えば、いい加減あんなことは辞めてくれ。娘からの諫言だ」


「なら私からも、軍人などもう辞めてくれと言わせて貰うね。父からの諫言だよ」


「せっかく少将まで上り詰めたのだ。この戦争を終わらせるまで辞められるか。これは私がやらねばならないことだ」


「では、これも私がやらねばならないことだね」


「誰に恨まれてもか?」


「誰かの恨みを晴らすために必要なのでね」


 えっ、誰かに恨まれるんですか!?喫茶店ですよね?そんな恨み買うような仕事じゃないですよね!?


「ほら料理できてるから運んで。グリッドちゃんも喋ってないで食べて。置く場所なくなる」


 さっきから料理の完成を告げる鐘の音が鳴りっぱなしだった。でも、相変わらず厨房に人影は見えない。


 *


「き、聞いてない!!!」


 23時53分8秒。地球温暖化も進んでいるため春先であるにもかかわらず熱帯夜が続く昨今、高層ビルの屋上で半袖でいることには問題ない。少し肌寒くはあるが耐えられないほどではないから。


 問題はここにいる目的。スナイパーライフルの引き金に指をかけ、スコープを覗き込むアサさんの隣で双眼鏡を覗き込み、暗殺対象がやって来るのを待っている。


「それ何回目」


「だってマスターは説明してくれなかったんですよ!!あっ、もう少し上を狙ってください」


「暗殺業なんて今どきどこもやってるよ」


 国民全員が兵役経験があり、そして事故や病気の根絶された昨今、確かに裏稼業として憎い奴を殺すための暗殺代行が流行っている。だけど、それをしているなんて聞かされていなかったんだから不当契約だ。言われてたら断ってた!!


「上げすぎです。さっきとの中間少し下くらいの位置を狙ってください」


「凄いね。スコープ覗いてるわけじゃないのにわかるんだ」


「銃身見たら何処を狙ってるかなんてわかるじゃないですか。それを補正するのが私たちスポッターの役目です」


「今のスポッターってそこまで要求されるんだ」


 23時54分11秒。癪に障るけどあの占い師が言った時間になりそう。


「他の人は知りませんけど、私に出来るくらいだから皆出来ると思いますよ───今です」


 タン、と小さく乾いた音を響かせて撃ち出された弾丸が飛んでいく。長距離の狙撃なこともあって約1秒を掛けて寸分違わず飛んで行ったそれは、ふとこちらを振り返ったターゲットの頭に吸い込まれて───


「───あっ」


「どうした?」


「双眼鏡越しに目が合った気がして……」


「それは、まずいね」


 西暦2164年。高度に発達した医療技術により、脳に埋め込まれたマイクロチップが無事であれば死者の蘇生すらも可能になった現代。生命活動が停止したらマイクロチップに保存されたデータが転送され、そのデータを元に肉体が再構成されるため、人を殺すには肉体が死を知覚する前にマイクロチップを破壊するしかない。


 では、肉体が死を知覚(生命活動が停止)するのと同時にマイクロチップが破壊されたら?データの転送が間に合わず確実な死が訪れることを死者が知ったら?


『アッ、ヅァアアアア!!!!!!』


 死は身近なものではなくなった。死は特別なものと化した。故に、死にゆく者は自らに起こった悲劇に嘆き、怒り、怨み、現代科学では説明つかない現象───幽霊へと変貌するのだ。


「逃げるよ、ハッシャーちゃ───」


『ギルグギャァア!!!!』


 人のシルエットをしているだけの人の姿から逸脱した化け物が、人の言葉を失った怪物の爪がアサさんを切り裂いた。


「アサさん!!!」


「ごめん、あとよろしく」


 パン、と乾いた音を鳴らしてアサさんが自らの頭を撃ち抜く。元軍人なら自らのマイクロチップを傷付けずに速やかに自害することができるから、きっと今頃どこかで蘇っただろう。


『ギグギギャアア!!!』


「ひっ!!」


 アサさんが斃れたら、当然次は私。その巨大な爪が襲ってきて───


「っ、ええい!!!」


 発砲。目も眩む閃光に一瞬だけ昼間が舞い戻る。閃光弾持ってて良かった。


『ギッ、グリギギ………』


 これまでの歴史から幽霊の弱点はいくつか判明している。強い光、炎、清いものと信じられているもの、そして性的なもの。


 閃光弾のおかげで幽霊が怯んでいる。今ならアサさんの遺体に近付ける!!


「やっぱり…!」


 さすがアサさん。ちゃんと服に助燃剤仕込んでる。遺体を燃やして足が付くのを防ぎつつ、ライフルなんかを回収して───


「あぐぅ!!!!」


 そう上手くはいかない。前も見えないだろうに闇雲に振り回された爪が当たり、左腕がまるで紙を破り捨てるように千切飛ばされる。


「ぐっ、ぅぅう……」


『ギッグリュガギ……』


 左腕の痛みに耐えつつ火を着けたアサさんの遺体を挟んで幽霊と相対する。火を恐れてか幽霊は近寄ってこないから今のうちにライフルを担いで逃げ道の確保を───


「っ!!」


 させてくれないよね。

 幸いなことに左腕の痛みは引いてきている。いや、失血で感覚がなくなってるだけ。どうする?私も自害して……ダメ。幽霊、それも暗殺された霊は復讐対象に付き纏う。ここで死んでも結局こいつを祓う必要がある。


 せめて私たちがここに居た証拠だけでも消さなきゃ。遺体は服に仕込んだ助燃剤で火を着けさえできれば灰も残らず燃え尽きる。問題は銃。単純に値がするから失いたくはないけど、重大な証拠になってしまうから処分しないといけない。


「ああ、もう!!!」


 進路はない。血を失い過ぎたからか視界がかすみ、思考に靄のかかる。霧がかかるような耳鳴りがし、次第自分の鼓動さえ飲まれていく。


 私はもう死ぬ。ここから進む(みち)はない。だけど退路ならある。死にゆく私が唯一出来ること。


「っ、えい!!」


 自らに火を着け、屋上から飛び降りる。銃はもう諦めよう。


 浮遊感。


 炎に巻かれ皮膚が焼け爛れ、剥き出しになった神経に落ち行く風が心地良い。


『ギルギャリギィイイ!!!!』


 追ってくるよね。自分を殺した憎い相手だもの。


「来てください」


 痛みは消えた。凍える寒さも、燃える熱さも感じない。左腕がないから安定しないが、幸いにして的は向こうから来る。目は掠れて狙いは付けられないし、そもそも射撃得意じゃないけど、銃口を脳天に突き付けた状態で引き金を引けばさすがに当たるでしょ。


 アサさんなら弾を清めてくれているだろうし、幽霊にも効くはず。仮に清めてなくても、私がそう信じていれば一定の効果がある。


「これで、終わりですっ!!」


 カチッ。カチカチッ。


 ………アサさん、弾入ってないです。


 *


 うわぁパァンって聞こえた!!!水風船が弾けるみたいな音した!!!!


「がぼぼぼぼ」


 おぼ、溺れる!!復活早々培養液で溺れる!!!


「はい、おはよう」


「ゲホッ、ゴホッ…お、おはようございます……」


 目の前にはマスターの姿が。ってことはここシカリウス?人体培養装置なんてあったんだ。


「大変だったね」


「ホントですよ!!!アサさんが弾入れて逝かなかったせいで一発も入れられなかったんですからね!!!」


「人道とかなんとか言って最新技術を使って骨董品の単発式を再現してる銃が悪い。人殺す武器に人道もなにもないでしょ」


「処理は?」


「アサさんの遺体は火を着けたので燃え尽きてると思いますが、私は落下死なので血とか飛び散っています。銃器も一緒に落ちたので壊れてると思いますが、復元はされてしまうかと」


「銃はそのへんから盗ってきた物だから問題ない。血についてはマスターが警察にも顔が利くから誤魔化せる」


 何者なんですかマスター。百人殺しの父親で警察の捜査握り潰せて、こんな裏稼業をやり続けられるなんて。


「ん、来たね」


 ガンガンと、扉を乱暴に叩く音がする。

 幽霊についてわかっている数少ないことのうち一つは、招かれていない家には入れないということ。とはいえ扉を壊すことはできるし、扉が壊れたら家扱いされないから入ってきてしまう。


「どど、どうするんですか!?」


「どうするも何も、裏口から出てぶち殺せばいいじゃない。まぁ、もう死んでるけど」


 早足で階段を駆け上がった先、男子更衣室のロッカーを開け、二重底になっていた底面を捲ればそこには鈍い銀色に光る拳銃が。その隣には黒みがかった銀の弾丸が2発と空っぽのマガジン。


「あっ、ヤバ、錆びてる……まあ聖別済みだし大丈夫でしょ」


「大丈夫じゃないですよ!?」


 聖別済みの銀の弾丸。清いと信じられている物が幽霊に対する特効の一つであり、故にこの弾丸は一撃必殺、文字通りのシルバーバレットというわけになる。これのおかげで科学に敗れ廃れかけていた宗教が復活したと言っても過言じゃない。


 とはいえ、聖別してもらったものを錆びさせるくらいの信仰心のなさと、そもそもが錆びている銀の弾丸じゃ効果があるのか疑わしいけど。


「はい、一発ずつ」


「え私も撃つんですか」


 射撃の腕は教官に腰抜かせたくらい壊滅的なんですけど。動かない的を狙って型抜きしたことのある戦友ですら「お前が銃を握ってる時に半径100mにいたくない」と評したこの腕が通じるわけないじゃないですか。


「挟撃ね。じゃ」


「えぇ……」


 長年の兵役で染み付いた軍人根性が、一応上官であるアサさんに逆らおうとしない。というか反論も聞かずにさっさと出ていってしまったから腹括るしか選択肢がない!?


「……えぇ」


 幸いというか何というか、幽霊はドアバンすることに夢中で私たちが店の裏手に出たことに気づいていない。今なら裏路地から周り込むのは容易いとはいえ路地を抜けて姿を晒せば───


『ウヴバラァアアア!!』


「こっち!?殺したのアサさんですよ!!?」


 すぐに見つかった。

 幽霊は魂を知覚するって言われてるしこうしてシカリウスまで来れたのは私たちの魂を追っかけてきたからなんだろうけど、なんで私の方に来るの!?


「ひぃい!!」


 幽霊生で見るの初めてだけどめっちゃ怖い!!なんかすごい牙とか爪とか生えてるし普通に髑髏が怖い!!


「撃って、ハッシャーちゃん!!」


「……っは」


 そうだ。今怖がってる場合じゃない!!ここで打たないと幽霊を退治できない!!

 大丈夫、拳銃射撃の訓練ならたくさんやった。全く上達しないどころか悪化し続けたから教官が匙を投げるくらいやり込んだ!!


 弾丸は一発。アサさんも持ってるとはいえ効果が怪しい弾丸。確実に二発撃ち込まなきゃいけないから外せはしない。でも、この距離ならさすがに当たる!!


 パンッ、と発砲音がして、その後右斜め後ろの方からカキンと硬いもの同士がぶつかる音がする……?右斜め後ろ?


「……?」


「……?」


 ああダメだアサさんだけじゃなくて幽霊まで困惑してる。まあそうだよね。銃弾がいきなり斜め後方に動き始めたら困惑するよね。なんで銃口から飛び出たはずの弾丸が何もしてないのに右斜め後方の電柱に当たるんだろうね。


「ッ!」


 さすがアサさん。いち早く混乱から立ち直って一発入れた!!聖別済みの銀の弾丸だしさすがの幽霊も───今、何かしたか?って感じの顔してる。


「あちゃ~、やっぱ錆びてたらダメかぁ」


「言ってる場合ですか!?」


 今殺されそうになってるんですよ!?死んでも蘇るとはいえ普通に痛いし怖いんで───


「ひぅ」


 巨大な爪が振り上げられた。


 私はアレに引き裂かれる痛みを知っている。一瞬の高熱が骨の奥まで灼き尽くした後、身体が部分的に軽くなっていくとともに急激に冷えて行くあの恐怖を知ってる。


 だから、身体が竦んで動けない。銃弾の痛みも爆発の痛みも知ってるけど、アレらは怖くなかった。なのに今、私の身体を恐怖が支配していて───


「てい」


 白刃一閃。闇夜を切り裂く白い三日月が、幽霊の首を切り落とす。それだけで幽霊は光の粒となって消えていった。一応成仏した……のかな?


「人間の肉体は単価一万共通貨とはいえ塵も積もればだからあんまり死んで欲しくはないんだよね」


「マスター!」


 闇夜の中に刀を煌めかせ立つマスターの姿は、これまでのどの男の人よりもかっこよく見える気がする。いや、小太りのおヒゲのおじいさんだからあんまりかっこよくないかも。


「そんな凄い武器があったんですね!もっと早く持ち出してくれればこんな怖い思いしなくて済んだのに!!」


「いや、これはただの刀だよ。特に清めたりもしてない」


「えっ?じゃあなんで祓えたんですか」


「なんでって、首切ったら普通は死ぬでしょ。死者であっても」


 えぇ……いや、えぇ……?そんなことなくない?普通幽霊切れなくない?切ったところですでに死んでるんだから死ぬことなくない?


「幽霊は強い怨みでこの世に留まってるけど、それを超える想いをぶつければ掻き消せるんだ。信仰心とか、そういうのを武器に込めてぶん殴るのが基本の対処法なんだけど、何分古い時代の人間だからね。そういうオカルトを信じられなくてね。だからこうして首落としたら死ぬと信じて切ってるだけさ」


 それができないから聖別とか銀とかの外部要因に頼るんじゃないの……?


「さてと、店の前を掃除しないとね。明日の開店に支障がでちゃう」


「その前にクズを掃除しないといけなくなった。さっきから依頼人と電話繋がらない」


「あちゃ~飛んじゃったか。じゃあ処理よろしく、アサさん」


「行ってくる」


 飛んだとか処理とかの単語でなんとなく察するけど物騒な会話してる?


 *


 寝る間も惜しんだ掃除と修復作業のおかげで昨日の喧騒などなんのその。凹んだ扉を直して崩れた机を並べ、小生意気な占い師が着席したら鳩時計が9時を知らせる。


 喫茶シカリウス、営業開始です。今日は何もないといいなぁ。


「紅茶をお願い出来るか?」


 あっ。

使うことのない裏設定


アサさんのフルネームはアサ・サン

ハッシャーの射撃下手は「狙いをつけたところに当たらない」という自身の超能力によるもの

厨房の幽霊はマスターの奥さん

グリットは偽名

不死のシステムを開発した人は完成直後に暗殺され、システムを託されたマスターによって全世界に広められた

出禁の客はアサさんの元同僚の幽霊。一回入店を許してしまったので毎朝一回だけ入店してはアサさんにダル絡みするが特に害はない

失せ物探偵に出てくるオカルトアイテムは実在したし、探偵さんは今後もそういったオカルトアイテム事件に巻き込まれる

占い師の水晶はその辺で買ったもので、彼女は自力で未来視をしているためなくても問題ない

復活する時の肉体は事前に申請した年齢の肉体であるため皆常に10〜20代の肉体で復活する。たまに子供の姿とか老人の姿になる人もいる

ハッシャーや占い師みたいな特殊能力持ちは少数だがいる。百人殺しとかマスターは特に能力持ってない

撃たれた弾が絶対に逸れるという能力を持った妖精姫というエースがいるがこれをハッシャーが狙撃すると能力がバグって必ず命中する

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