王の命を飲み干す
これは、王の命を先に飲んだ奴が勝つ遊戯だ。
「先に酔っぱらって、惨めな一手を下すんじゃねえぞ? オーサマ」
「君こそ、そう簡単に王の命を貰えると思うなよ?」
小さなグラスに注がれるは、一口の苦い命。多く啜ったもん勝ち、でもないが、その方が有利になるのは否めない。
私はこの苦さも、鼻に刺さるナイフも、喉を渇きを潤すひと時の浮遊感も、月を奪った色も、全てが愛おしくてたまらない。
「キャスリング」
「アンパッサン」
「プロモーション」
次々に減っていく命たち。それを防ぐのは、王の役目ではない。ましてやナイトの役目でも、兵の役目でも。我らはただ、目の前に佇む王の首を跳ねればいい。
「顔が赤くなってきたようだが、大丈夫か? 水を持ってこさせようか」
「はっ、いらねえよんなもん」
「黙って次の手を指しやがれ」
強情な王というのは、いつか道を殺めるもの。周りが見えなくなるもの。
それを傍で看取るのが、この遊戯の、最大の楽しみである。
追い詰めれば追い詰めるほど、赤いナイフが青に染まる。そこに黄色が落ちれば髪色になる。
お前の髪と、お前の肌の色を混ぜれば、苦い色になる。
――あぁ。やはりこの遊戯は、お前にピッタリだ。
「あ? 何にやついてやがんだ、気持ち悪」
「仮にも王様だからね私。口の利き方には気を付けとかないと、侍女に告げ口されるよ」
睨まれながらも、犬を追い詰める一手をまた指す。確実に、慎重に、それでいて心底楽しめるように。
「誰に?」
「司祭様じゃないか?」
「この世にお前より偉い奴がいんのかよ」
「まあ、いないよね」
「だる」
そう悪態を付きながらも、犬は必死に逃げ惑う。そして飼い主の首に噛み付ける時を、虎視眈々と待っている。
「酔いで血迷ったな……?」
「チェック……」
王の首が取られる。その命は、からがらに犬の喉を潤す。口の端から逃げる一滴も許さない。勝利の軍配は上がった。その喜びを仲間と分かち合う乾杯音と共に、もうじき声も上がる。
その熱を心底楽しむかのように、犬は牙を魅せる。
「……メイト‼」
その声で、王は死んだ。
「チェスだけはほんと強いね君、酒は弱いのに」
「うるせえ! ただ酒飲めるんだ、いつでも付き合ってやるよ、オーサマ?」
雫を含んだ虚ろな目に、逃げようとする命の嗚咽。
その呼び方は、この時間がもうじき終わることを知らせる合図だ。
盤上に残る全てを命を飲み干し、少しふらつく足と、上機嫌な声、ほろ苦い匂いを引き連れて、私の犬は笑いながら寝床に戻って行った。
「じゃーな、明日はちゃんと起きろよ」
重たい音を鳴らしながら開かれる扉を後ろ盾に、そう囁く。
――次はいつ、私の命を飲み干してくれるのだろう。




