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最終話:今日もご安全に。〜俺たちのDIYは、まだ終わらない〜

 ミーン、ミンミンミン……

 カナカナカナ……


 アブラゼミの騒がしい声と、ヒグラシの涼やかな声が重なり合う。

 日本の夏が、また巡ってきた。


 俺、佐伯健人は、実家の縁側に座り、流れる雲を見上げていた。


「ふぅ……。暑いな」


 俺がこの土地に戻ってきてから、数年の月日が流れていた。

 目の前に広がる風景は、かつての荒れ地とは様変わりしている。


 ボロボロだった母屋は、最新のサイディング(外壁材)で覆われ、サッシは断熱ペアガラスに入れ替えられた。屋根には増設されたソーラーパネルが輝き、売電収入を稼ぎ出している。

 庭には、異世界の植物と日本の植栽が融合した、和洋折衷ならぬ「和異折衷」の美しい自然公園が広がり、遠くには湯気を上げる露天風呂の岩肌が見える。


 何もかもが変わった。

 けれど、流れている空気だけは、あの頃と同じようにのんびりとしている。


          ◇


 庭を見渡すと、いつものメンバーがそれぞれの「日常」を過ごしていた。


「イチ、ニ! サン、シ!」


 庭の中央で、ジャージ姿のアリシアが「ラジオ体操第二」を行っている。

 その動きは、キレがありすぎる。


「腕を大きく回す……! これは、遠心力を利用して敵を薙ぎ払う剣術の型……! そして深呼吸……体内のマナを循環させる練気レンキの法!」


 彼女はラジオ体操を「東洋の神秘的な武術」と信じて疑わない。

 まあ、健康にはいいから放っておこう。


 その横、松の木陰では、作業着姿の巨漢――ザガンが、小さな鉢植えと向き合っていた。


「……ここだ」


 パチン。

 彼が剪定バサミで小枝を切る。

 「盆栽」だ。


「無駄な枝を落とし、樹形を整える……。破壊よりも創造こそが、なんと奥深いことか。松の心が見えるようだ……」


 かつて魔王軍で破壊の限りを尽くした男は今、町内会の盆栽コンクールで金賞を狙う庭師になっていた。


 玄関先からは、元気な声が聞こえてくる。


「オーライ! オーライ! 停止!」


 反射ベストを着たレオナルドが、宅配便のトラックを誘導している。

 ドライバーのお兄さんが、苦笑いしながら会釈して荷物を下ろしていく。

 彼はこの地域の「交通安全の守護神」として、子供たちの登下校の見守りまでボランティアでこなしているらしい。


 そして、俺の足元。

 ポチがヘソ天で昼寝をしている。その腹の上には、妖精サイズになったマギ婆さんが、座布団のようなものを敷いて寝息を立てていた。


「……平和だな」


 俺はクーラーボックスから、キンキンに冷えたコーラを取り出した。


 プシュッ!


 小気味よい音がして、炭酸が弾ける。

 第1話。ブラック企業を辞めて帰ってきたあの日、俺はここで同じようにコーラを飲んだ。

 あの時は「解放感」と「これからの不安」が入り混じった味がした。


 俺は一口、喉に流し込んだ。


「……美味い」


 今のコーラは、ただ純粋に美味い。

 充実した日々と、騒がしい家族たちに囲まれた、幸福の味だ。


          ◇


 コーラを飲みながら屋根を見上げた時、ふと気づいた。


「ん?」


 軒先を通っている「雨樋あまどい」の金具が、一つ外れかけている。

 先日の台風か、あるいは魔王戦の時の衝撃で歪んだのかもしれない。


「あー、水勾配が狂ってるな。これじゃ雨水が溢れて壁が腐る」


 放置すれば、家の寿命に関わる。

 俺はコーラを置き、立ち上がった。


「おいザガン、脚立持ってきてくれ。アリシアは下で支えててくれ」

「はい、社長!」

「了解です! 鉄の梯子を展開します!」


 二人が即座に反応し、テキパキと脚立をセットする。

 俺は腰袋(釘袋)を巻き、インパクトドライバーと新しい金具を突っ込んだ。


「よし、登るぞ」


 脚立を登り、軒先に手をかける。

 古い金具を外し、新しいステンレス製の金具をビスで打ち込む。


 ダダダッ! ダダダッ!


 インパクトの打撃音が、セミの声に混じる。


『マスター』


 胸ポケットのスマホから、たまちゃんが声をかけてきた。


『本当にマメですね。そんなの、私が魔法でちょちょいと直せば一瞬なのに』

「分かってないな」


 俺は水準器で勾配を確認しながら答えた。


「自分の手で直したほうが、愛着が湧くだろ? それに……」


 俺はビスを締め込み、ガッチリと固定された雨樋を叩いた。


「俺は魔法使いじゃない。ただの『現場監督(施主)』だ。自分の城は、自分で守るのが流儀なんだよ」

『……ふふ。そうでしたね。失礼しました、監督』


 たまちゃんが嬉しそうに笑った。


          ◇


「よし、修理完了。これで水はけも良くなる」


 俺は脚立から降り、タオルで汗を拭った。

 ちょうど3時。休憩の時間だ。


「社長、お疲れ様です! スイカが冷えてますよ!」


 レオナルドが、井戸水で冷やした巨大なスイカ(ダンジョン産)を抱えてやってくる。

 マギ婆さんが目を覚まし、ポチが尻尾を振って起き上がる。


「みんな、休憩にするか」


 縁側に全員が集まる。

 切り分けられた赤いスイカにかぶりつき、冷たい麦茶を回し飲みする。


「うまい! この『スイカ』という果実、水の魔力を食べているようです!」

「種を飛ばすのが作法なんじゃろ? プッ!」

「わんわん!(俺にもくれ!)」


 他愛のない会話。笑い声。

 世界を救った英雄たちが、縁側でスイカの種を飛ばし合っている。

 ブラック企業で死んだ魚のような目をしていた俺は、もういない。


 ここは、世界で一番騒がしくて、一番快適な場所だ。


「さて、と」


 俺は立ち上がり、ヘルメットを手に取った。

 休憩終わり。午後の作業の時間だ。


「午後は裏山の草刈りをするか。また新しい資材(ドロップ品)が落ちてるかもしれんし、ついでに拡張工事の測量もしておこう」

「また広げるのですか!? これ以上、何を作る気で!?」

秘密基地ガレージとか、サウナとか、夢は広がるだろ」


 俺はヘルメットを被り、顎紐をパチンと締めた。

 仲間たちを見る。

 全員が、信頼に満ちた目で俺を見ていた。


 俺は指を立て、いつもの合言葉を口にした。


「よし、午後も怪我のないように。指差呼称!」


 全員が声を揃える。


「よし!!」


 俺はニカッと笑った。


「今日もご安全に!」


 俺たちのDIY(冒険)は、まだまだ終わらない。

 だって、ホームセンターにはまだ見ぬ資材が山ほどあるし、この裏山は無限の可能性を秘めているのだから。


 さあ、次はどこを魔改造しようか。


 (完)


最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
連載終了、お疲れ様でした。m(_ _)m 個人的に大変楽しいお話を誠に有難う御座います。 重機や工具が大好きなので、ニヤニヤしながら拝読させて頂きました。 時々、重機だ!工具だ!ktkrー!っと脳…
最後まで楽しませていただきました! 完結おめでとうございます! 毎日の楽しみになっていました!
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