第75話:ネットの伝説、その後。〜『現場監督』は誰だったのか? 特定班がアップを始めました〜
魔王が消滅し、世界に平和が戻ってから数日が過ぎた。
世界中のメディアは、未だ興奮の渦中にあった。
ニューヨークの上空に現れた亀裂、パリを襲ったドラゴン、そして日本の空に浮かんでいた巨大な城。
それらが一夜にして消滅した「奇跡」について、様々な憶測が飛び交っている。
だが、ネットの住民たちが注目していたのは、政府の発表よりも、SNSに流出した「ある映像」だった。
【速報】魔王を倒した「黄色い巨神」、重機であることが判明。
【動画】シールドマシンでラスボスに風穴開ける動画見つけたったwww
衛星映像や、遠くから撮影されたスマホの画質の粗い動画。
そこには、100メートル超のクレーンが城を叩き落とし、巨大なドリルが魔王を貫く様子が映っていた。
『これ、リープヘルだろ? 1200トン吊りの』
『いや、日本のコマツか? 動きが人間臭すぎる』
『誰が乗ってたんだよ。自衛隊か? それとも米軍の秘密兵器?』
議論が白熱する中、ある掲示板に、一つの書き込みが投下された。
458 :名無しの特定班
おい、お前ら。
このチャンネル知ってるか?
日本の動画サイトにある「現場監督」ってやつ。
[URL]
459 :名無しさん
知ってる。CGが凄いDIY動画の人だろ?
ドラゴンの泥抜きとかやってた。
460 :名無しの特定班
その動画の「重機の操作テクニック」。
今回の魔王討伐映像の動きと、クセが完全に一致するんだが。
その書き込みを皮切りに、世界中の「特定班」が動き出した。
◇
翌朝。佐伯家のリビング。
俺はスマホの通知音で目を覚ました。
ピロリン♪ ピロリン♪ ピロリン♪
通知が鳴り止まない。
壊れたかと思って画面を見ると、動画投稿アプリからの通知だった。
【あなたの動画が1000万回再生を突破しました】
【チャンネル登録者数が100万人を突破しました】
【急上昇ランク1位(世界)】
「……は?」
俺は寝ぼけ眼をこすった。
放置していた過去の動画――第5話の「整地してみた」や、第32話の「池の水抜いてみた」の再生数が、桁違いに爆発している。
コメント欄を開いてみる。
そこは、阿鼻叫喚の嵐だった。
『神』
『人類の守護者』
『これCGじゃなくてマジ映像だったのかよ!?』
『1:05に映ってる岩、ロックゴーレムじゃねーか! 今まで作り物だと思ってたわ!』
『水抜きの動画、あれ本物のリヴァイアサンだろ……泥まみれで草』
『Thanks from USA!(アメリカから感謝!)』
『謝謝!(ありがとう!)』
日本語だけでなく、英語、中国語、アラビア語……世界中の言語で称賛と困惑が書き込まれている。
「……バレたか?」
俺は冷や汗をかいた。
身バレは困る。有名税で家に押し掛けられたら、昼寝もできないし、気軽にコンビニにも行けなくなる。
『マスター、大変です。Googleマップを見てください』
充電器に繋がれたたまちゃんが、緊迫した声を上げた。
『「特定班」が動いています。動画の植生と太陽の角度から、場所を特定されました。日本の賽の河原市、この裏山です』
俺は慌ててマップアプリを開いた。
今まで、この山一帯には、祖父の結界とダンジョンの影響で「雲」がかかっていた。
だが、魔王を倒し、ゲートを封鎖して魔力が安定したせいで――。
「モザイクが……消えてる」
航空写真が更新されている。
そこには、魔改造された佐伯家の全貌が、あられもなく晒されていた。
◇
ネットの掲示板は、祭りの最高潮を迎えていた。
【速報】現場監督の聖地、特定される。
774 :名無しさん
ここだ。座標貼るぞ。
[Googleマップ URL]
775 :名無しさん
うおおお! 見に行くぞ!
魔王を倒した秘密基地が……
776 :名無しさん
……ん?
待て、これ……ただの民家じゃね?
777 :名無しさん
は?
拡大してみろ。
なんか……庭に「巨大な露天風呂」があるぞ。
778 :名無しさん
ワロタ。
なんで山奥に露天風呂あんだよ。
しかも隣の畑、野菜がデカすぎないか? 大根が軽トラよりデカいぞ。
779 :名無しさん
……解散。
これ、フェイクだわ。
誰かがマップ画像をイタズラしてるか、あるいはこの場所自体が「CG合成」された架空の場所だ。
780 :名無しさん
だよなー。
あんな重機を一個人が持ってるわけないし、そもそも魔王倒した後に「風呂」作ってる場合じゃないだろw
「現場監督」は、ハリウッドのVFXチームが作ったバイラルマーケティング(宣伝)垢で確定。
781 :名無しさん
なんだ、映画の宣伝かよ。
釣られたわー。でもクオリティ高かったな。
◇
俺はコメントの流れを見て、ポカーンとした。
「……『CG乙』?」
『はい。リアルすぎて、逆に嘘くさかったみたいですね』
たまちゃんがニヒヒと笑う。
『それに、念のため私がネット上の情報を少し「操作」しておきました。この場所へのアクセスログを撹乱し、リアルタイム映像を「ただの寂れた農家」の映像に差し替えています』
「お前……有能だな」
『ふふん。私はネットの女神でもありますからね! マスターの平穏は、私が守ります!』
どうやら、世間的には「正体不明の謎のCGクリエイター集団」ということで決着がついたらしい。
俺は胸をなでおろした。
「助かったわ。ヒーロー扱いなんて疲れるだけだしな」
俺はコーヒーを一口飲んだ。
「お、そうだ。収益確定しとくか」
動画の管理画面を開く。
広告収入の残高が表示される。
「…………」
桁がおかしい。
数千万円ある。
政府からの助成金と、メルカリの売上、そしてこの広告収入。
合わせれば、一生遊んで暮らせる額だ。
「億り人になっちまったな」
俺は天井を仰いだ。
ブラック企業で心身を削っていた頃が嘘のようだ。
「でも、遊んでるだけじゃ暇だな。……新しい工具、買うか」
金があるなら、設備投資だ。
俺は通販サイトのタブを開いた。
「次は『3Dプリンター』とか『レーザー加工機』が欲しいな。自作パーツ作りたいし」
『マスター……』
たまちゃんがジト目になる。
『その技術で、また変なもの作りそうで怖いです。量産型の「聖剣」とか、プラスチック製の「ゴーレム」とか』
「フィギュアだよ。ザガンあたりが喜びそうだし」
◇
PCを閉じ、リビングへ行く。
そこには、いつもの光景があった。
ジャージ姿のアリシアが、掃除機をかけている。
「この吸引力……! 風の精霊を捕縛しているに違いありません!」
作業着姿のザガンが、電球を交換している。
身長2メートルあるから脚立がいらない。
「LED……。長寿命の灯火。魔界の松明より優秀だ」
ポチの腹の上では、妖精サイズになったマギ婆さんが昼寝をしている。
レオナルドは庭で交通誘導の練習(素振り)中だ。
世界は騒がしいが、ここはいつも通りだ。
「……よし」
俺はコップを置き、立ち上がった。
窓の外を見る。
いい天気だ。絶好のDIY日和。
「今日は、やりかけだった『雨樋』の修理でもするか」
先日の台風(と魔王戦の余波)で、屋根の雨樋が少し歪んでいたのを思い出した。
世界を救った手で、家の修理をする。
それが、今の俺の仕事だ。
「おいザガン、脚立持ってきてくれ。アリシアは下で支えててくれ」
「はい、社長!」
「了解です!」
俺はヘルメットを手に取った。
顎紐をパチンと締める。
俺たちのDIYは、まだ終わらない。
これからも、この騒がしくて快適な拠点を、さらに魔改造し続けていくのだ。




