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第74話:帰還。やはり実家が一番。〜権田係長の胃痛が完治する日〜

 トンネルの向こうに、光が見えた。

 魔王の腹に風穴を開け、異世界の大地をリノベーションし、次元の裂け目に玄関ドアを取り付けるという大工事を終えた俺たちは、ついに帰路についた。


「抜けるぞ!」


 俺がハンドルを握る軽トラを先頭に、4トントラックが続く。

 トンネルの出口を飛び出すと、そこは見慣れた風景――佐伯家の裏庭だった。


 カナカナカナカナ……

 ミーン、ミンミンミン……


 ヒグラシの物悲しい声と、アブラゼミの騒がしい鳴き声が重なり合って聞こえてくる。

 時刻は夕暮れ。

 窓を開けると、日本の夏特有の、肌にまとわりつくような湿気が流れ込んできた。


「……ふぅ」


 俺は深く息を吸い込んだ。

 乾いた異世界の空気とは違う、土と草の混じった湿った匂い。


「帰ってきたな。やっぱり日本の湿気は肌に馴染む」


 目の前には、築80年のボロい実家。

 雑草(元マンイーター)の生えた庭。

 世界を救う大冒険をしてきたはずなのに、ここには何一つ変わらない日常があった。

 それが、無性に嬉しかった。


「ただいま」


 俺が呟き、サイドブレーキを引いた、その時だった。


 庭の隅、木陰に停車していた黒塗りのセダンから、一人の男が転がり落ちるように飛び出してきた。


「さ、佐伯さぁぁぁん!!」


 スーツ姿の中年男性。内閣府の権田ごんだ係長だ。

 彼は俺の軽トラに駆け寄ると、ドアを開けるのも待ちきれずに、その場に膝をついて崩れ落ちた。


「うぅ……ううぅ……!」


 いい歳をした大人が、顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。


「無事だった……! 帰ってきてくれた……!」

「大げさですね、係長。夕飯までには戻るって言ったでしょ?」


 俺は車を降りて、彼の肩を叩いた。

 権田さんは俺の足にしがみつきながら、震える声で報告を始めた。


「観測室の数値が……全て『正常』に戻りました! 世界中の空に開いていたゲートも、全て消滅しました!」

「でしょうね。元栓(大穴)を締めてきましたから」

「あっちで……一体、何をされたんですか? 魔界を滅ぼしたのですか?」

「いやいや」


 俺は首を横に振った。


「ちょっと『造園工事』をしてきただけですよ。環境を整えれば、害獣(魔物)も大人しくなるんで」

「造園……!? 世界規模のエネルギー変動を、庭いじりの一環で……!?」


 権田さんは呆然と呟き、そして再び男泣きした。


「よかった……。日本は……世界は救われたんだ……。私の胃も、これでようやく休まります……」


 どうやら、俺がいない間、胃薬が手放せない状況だったらしい。

 心労をおかけしました。


「あ、そうだ。これ、お土産です」


 俺はトラックの荷台から、木箱を一つ下ろした。


「向こうの村長(エルフの長老)から貰ったんですよ。果物らしいですけど、甘いらしいですよ」


 箱を開けると、中には黄金色に輝く林檎のような果実が詰まっていた。

 『世界樹の果実』。

 復活した世界樹が最初に実らせた、生命エネルギーの塊だ。


 それを見た瞬間、権田さんの顔色が(良い意味で)変わった。


「なっ……!?」


 彼は懐からガイガーカウンターのような測定器を取り出し、果実に近づけた。

 ピピピピピピーーッ!!

 測定器が悲鳴を上げる。


「(震え声)……魔力計が振り切れている。放射線じゃない、純粋な『生命力』の波動だ……」

「これを解析すれば、日本の医療……いや、人類の寿命そのものが変わるぞ……」


 権田さんは震える手で木箱を受け取り、深々と頭を下げた。


「こ、国家機密として預かります! ありがとうございます!」

「腐る前に食ってくださいね」


          ◇


「それと、紹介したい奴らがいるんです」


 俺はトラックの荷台を指差した。


「ウチの従業員が増えまして」


 荷台から次々と降りてくる面々。

 身長2メートルを超え、禍々しいオーラを放つ巨漢ザガン

 金髪碧眼、ボロボロの鎧を着たイケメン(レオナルド)。

 そして、杖をついた怪しげな老婆マギ


 既存のアリシア(ジャージ姿)とポチ(神獣)も合わせて、佐伯工務店のフルメンバーだ。


「ヒッ……!?」


 権田さんが後ずさる。

 長年の勘が告げているのだろう。こいつらが「カタギ」ではないことを。

 特にザガンからは、隠しきれない魔界の覇気が漏れている。


「佐伯さん……彼らは……」

「ああ、身元引受人は俺なんで。戸籍とか、なんとかなりますよね?」

「…………」


 権田さんは数秒間沈黙し、胃薬を噛み砕いた後、覚悟を決めた顔で頷いた。


「……承知しました。『外国人技能実習生』として処理しておきます」

「実習生……?」


 ザガンが、その言葉を反芻する。


「技術を学ぶ者……ということか。響きが良いな。精進します!」


 元・魔王軍四天王は、日本の労働システムに目を輝かせて敬礼した。

 こうして、最強の「実習生」たちが日本社会に爆誕した。


          ◇


 夜。

 世界の危機が去ったことを祝して、佐伯家では宴が開かれていた。


「今日は疲れたから出前だ。奮発して『桶寿司(特上)』頼んだぞ」


 リビングのテーブルには、巨大な寿司桶が5つも並んでいた。

 マグロ、タイ、イカ、ウニ、イクラ。

 色とりどりのネタが、宝石のように輝いている。


「おおお……! 美しい……!」


 アリシアが感嘆の声を上げる。

 だが、レオナルドは眉をひそめた。


「これは……魚肉? 焼いていないのか? 生の魚を食うなど、野蛮では……」

「まあ食ってみろって」


 俺は醤油皿に醤油を注ぎ、大トロを一貫、レオナルドの皿に乗せた。


「騙されたと思って」


 レオナルドは意を決して、寿司を口に運んだ。

 咀嚼する。


「…………ッ!?」


 彼の目がカッと見開かれた。


「と、溶けた!? 魚の脂が、体温で溶けて旨味に変わった!」

「生臭さが一切ない! むしろ、焼くよりも魚の生命力をダイレクトに感じる!」


 隣では、マギ婆さんがウニを食べて悶絶している。


「なんじゃこの黄金のペーストは……! 濃厚な海の脳髄(?)を啜っているようじゃ……!」

「この『シャリ』という酸味のある米が、生魚の脂を中和し、甘みを引き立てておる……! 計算され尽くした錬金料理じゃ!」


 ザガンは、醤油の味に感動していた。


「この黒い液体(醤油)……! ただ塩辛いだけではない。大豆を発酵させた深み……まさに『海のエキス』そのものだ!」


 彼らにとって、日本の食文化は魔法以上の衝撃だったらしい。

 5つの桶寿司は、瞬く間に空になった。


          ◇


 宴が終わり、深夜。

 満腹になった一行は、雑魚寝の準備を始めた。


「じゃあ、俺たちは納屋で寝ます。警備も兼ねて」


 ザガンとレオナルドが立ち上がる。

 アリシアとマギさんは客間の布団へ。ポチは自分の小屋(核シェルター)へ。


「よし、解散。おやすみ」


 俺は自室に戻り、布団に潜り込んだ。

 慣れ親しんだ自分の枕。

 布団の匂い。


「……やっぱり、家が一番だな」


 俺はサイドテーブルにある充電ケーブルを手に取った。

 ポケットからスマホを取り出し、接続する。


 ポーン♪(充電開始音)


『ふぅ……。生き返りました』


 画面の中で、たまちゃんが幸せそうな顔をして伸びをした。


『Wi-Fiバリ3、充電満タン。ここが私の天界ニルヴァーナです』

『さあ、溜まっていたアニメを一気見しますよ! マスターも一緒にどうですか?』

「俺は寝るよ。明日は雨樋あまどいの修理もしなきゃならんしな」


 俺はあくびをして、電気を消した。

 世界を救おうが、魔王を倒そうが、明日の予定は家の修繕だ。

 この「普通」こそが、俺が守りたかったものだ。


 俺は深い眠りに落ちた。


 ――俺が寝ている間に。

 ネットの世界では、とんでもない祭りが始まっていることなど知らずに。


 【速報】魔王を倒した重機、特定される。

 【悲報】伝説の配信者「現場監督」、場所バレする。


 平和な日常は、まだもう少しだけ、騒がしくなりそうだ。

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