第73話:ゲート封鎖工事。YKK APの断熱ドアを取り付ける。〜セキュリティ(物理)は大事だからな〜
異世界からの撤収準備は整った。
トラックの荷台には、仲間たち(新入社員)と、大量の魔石が積み込まれている。
「よし、帰るぞ」
俺は運転席に手をかけたが、ふと足を止めた。
目の前には、魔王が這い出してきた巨大な大穴――「次元の裂け目」が口を開けている。
その向こうには、俺の実家の裏山へと続く地下トンネルが見えていた。
「……この穴、開けっ放しだと不用心だな」
俺は腕組みをした。
ここを通れば、誰でも日本に行けてしまう。
それに、これからの季節、向こう側(日本)の冬の寒気が吹き込んでくるし、逆にこっちの乾燥した空気が流れ込むのも環境によくない。
「泥棒が入るかもしれんし、塞いでいくか」
「ふむ。封印魔法をかけますか?」
マギ婆さんが杖を構える。
だが、俺は首を横に振った。
「いや、魔法は信用できない」
「なっ!? 大賢者の結界術が信用できんと!?」
「だって、魔力切れ(電池切れ)したら終わりだろ? メンテナンスフリーじゃないシステムは、セキュリティとは言わん」
俺は断言した。
「『物理的な蓋』をするのが一番確実だ。鍵をかければ、物理的に壊さない限り開かないからな」
◇
「ザガン、レオナルド。ちょっと手伝え」
「へい、社長!」
「御意!」
俺はトラックの荷台に残っていた資材を下ろさせた。
『コンクリートブロック(C種・重量ブロック)』と、『インスタントモルタル』だ。
「この大穴をブロック塀で塞ぐ。真ん中は通れるように空けておいてくれ」
指示を出すと、ザガンが凄まじい速度で動き出した。
モルタルを練り、ブロックを積む。
その手際は、熟練の職人も裸足で逃げ出すレベルだ。
魔族の筋力と反射神経が、土木作業で完全に開花している。
「早い……! 空間の裂け目が、灰色の石壁で埋め立てられていく!」
アリシアが驚愕する。
神秘的な次元の断層が、無機質なブロック塀によって、昭和の路地裏のような光景に上書きされていく。
「よし、枠はできたな」
俺はトラックの奥から、厳重に梱包された長方形の物体を引っ張り出した。
今回のリフォームの目玉。
以前、実家の玄関を新調しようと思って買っておいたのだが、サイズが合わなくて倉庫に眠っていたやつだ。
「これをつけるぞ」
ダンボールを剥がす。
現れたのは、シックな木目調の重厚な扉。
『断熱玄関ドア(YKK AP ヴェナートD30)』。
「お、おしゃれな扉ですね……。貴族の屋敷のようですが、素材が木ではありません」
「アルミと断熱材の複合構造だ。D2仕様だから、異世界の寒気もシャットアウトできるぞ」
俺はスペックを語りながら、ブロック塀の開口部に枠をはめ込んだ。
インパクトドライバーでビスを打ち込み、隙間をコーキング剤で埋める。
「そして、ここが重要だ」
俺は鍵穴を指差した。
「この鍵は『ディンプルキー』だ。複雑な窪みがあって、ピッキング(開錠魔法)は不可能に近い。さらに上下二箇所のダブルロック仕様だ」
「でぃんぷる……? 盗賊殺しの迷宮錠ですか……」
レオナルドがゴクリと喉を鳴らす。
現代日本の防犯技術は、異世界の盗賊ギルドを廃業に追い込むレベルだ。
◇
数十分後。
広大な緑の荒野に、ポツンと佇むコンクリートの壁と、立派な玄関ドア。
シュールレアリスムの絵画のような光景が完成した。
「よし、施工完了」
俺はドアの横に、小さな白い箱を両面テープで貼り付けた。
『ワイヤレスチャイム(電池式)』。
「エルフの爺さん。俺に用があるときは、このボタンを押してくれ」
「こ、これをですか?」
「ああ。『ピンポーン』って鳴ったら出るから。不在の時は諦めてくれ」
「なんと……!」
長老が震える手でボタンに触れようとする。
「これを押せば、異界の神に声が届くのですか……!? 供物も、長時間の詠唱も、生贄もいらぬとは!」
「押すだけだからな」
「あまりに慈悲深い……! これぞ『神との直通回線』!」
エルフたちが、チャイムのボタンを拝み始めた。
まあ、連絡手段はあったほうがいいだろう。電池が切れたら終わりだが。
◇
「よし、帰るぞ!」
俺たちはトラックと軽トラに分乗した。
俺が先頭の軽トラを運転し、ドアの前に付ける。
ガチャリ。
ドアを開ける。
向こう側には、見慣れた薄暗いトンネル(実家の地下)が続いている。
「お先に」
俺は車を発進させ、ドアをくぐり抜けた。
後続のトラックも続いて入ってくる。
全員が通過したのを確認して、俺は一度車を降りた。
ドアを閉める。
バタン。
重厚な閉鎖音。
俺は鍵を取り出し、シリンダーに差し込んだ。
カチャッ、カチャッ。
上下二つの鍵をかける。
その乾いた金属音は、二つの世界を隔てる「絶対的な境界線」が引かれた音だった。
「よし、施錠確認」
ドアノブをガチャガチャと回して確認する。開かない。完璧だ。
これでもう、魔物が勝手に入ってくることもないだろう。
◇
一方、扉の向こう側。
緑豊かな異世界の大地に、ポツンと残された玄関ドア。
エルフや魔族たちは、その閉ざされた扉に向かって、深々と頭を下げていた。
「神は去られた……」
「だが、この『扉』がある限り、我らは繋がっている……」
「困った時は、あのボタンを押せばいいのじゃな?」
彼らにとって、そのYKK AP製のドアは、次元を超える「聖なる門」として、永く語り継がれることになるだろう。
◇
トンネルの中を、車列が進む。
しばらく走ると、前方に光が見えてきた。
地上の光だ。
「抜けるぞ!」
軽トラがトンネルを飛び出した。
そこは、佐伯家の裏庭。
ミーン、ミンミンミン……
カナカナカナ……
アブラゼミとヒグラシの鳴き声が重なり合って聞こえる。
肌にまとわりつくような、日本の夏特有の湿気。
乾いた異世界の空気とは違う、懐かしい匂い。
俺は窓を開け、深く息を吸い込んだ。
「……帰ってきたな」
見慣れたボロ家。雑草の生えた庭。
世界を救う大冒険をしてきたはずなのに、ここには変わらない日常があった。
それが、無性に嬉しかった。
「ただいま」
俺が呟いた、その時。
庭の隅に停まっていた黒塗りの車から、一人の男が転がるように飛び出してきた。
涙で顔をぐしゃぐしゃにした、スーツ姿の中年男性。
「さ、佐伯さぁぁぁん!!」
権田係長だった。
彼は俺の姿を見るなり、地面に膝をついて泣き崩れた。
「あ、無事だった……! よかったぁぁ……!」
どうやら、俺たちが帰ってくるのをずっと待っていたらしい。
やれやれ、心配性な役人だ。
「ただいま戻りました、係長。……あ、お土産ありますよ」
俺は軽トラを降り、笑顔で彼に近づいた。
世界を救った報告よりも先に、まずはお土産(世界樹の果実)を渡さないとな。




