第72話:求職活動。女騎士と魔獣の就職先。〜福利厚生:カップ麺食べ放題〜
女神の問題は、現代っ子すぎる理由(Wi-Fiがないと無理)であっさり解決した。
次は、人間と魔物たちの進路相談だ。
俺は、トラックの荷台に腰掛け、集まってきた面々を見渡した。
亡国の姫騎士アリシア。
元・魔王軍四天王ザガン。
西の勇者レオナルド。
大賢者マギ。
そして、神話級魔獣フェンリルのポチ。
世界を救った英雄たちだ。
この緑豊かな新世界に残れば、王や将軍として崇められ、一生安泰の生活が待っているはずだ。
「お前らはどうする? ここは故郷だろ? 残るか?」
俺の問いかけに、彼らは一瞬、真剣な顔で沈黙した。
そして、それぞれの「決断」を下す。
◇
まずは、アリシアだ。
彼女の元には、生き残った国民やエルフたちが詰めかけていた。
「アリシア様! 亡き王に代わり、この国を統治してください!」
「貴女様こそ、新生王国の女王に相応しい!」
民衆の期待は熱い。
女王。それは名誉ある地位だ。
だが、アリシアの脳裏には、全く別の光景がフラッシュバックしていた。
(……女王になれば、ドレスを着て、堅苦しい玉座に座り続けなければならない)
(だが、あっち(日本)には……『ジャージ』がある)
彼女は自分の袖口を愛おしそうに撫でた。
この伸縮性。この吸汗速乾性。一度知ってしまえば、重いドレスなど拘束具でしかない。
(それに……食事だ)
彼女の思考は加速する。
王宮の晩餐会? 干し肉と硬いパン?
否。
あそこには『コタツ』という楽園があり、その上で啜る『シーフードヌードル』がある。
さらに、社長(佐伯)は言っていた。
「今度、『カレーメシ』ってやつを買ってくる」と。
(お湯を注ぐだけで、あのようなスパイシーなリゾットができるだと……!? まだだ……私はまだ、その深淵を味わっていない……!)
アリシアはカッと目を見開き、民衆に向かって宣言した。
「……民よ、聞け! 私はまだ未熟だ!」
「ア、アリシア様?」
「あの偉大なる創造主(佐伯)の元には、まだ私の知らぬ未知の技術と、至高の食文化がある! 私は彼の元で、さらなる『帝王学(家事手伝い)』を学ばねばならん!」
彼女はビシッと敬礼した。
「これは、国交のための留学である! 私が成長し、究極の麺の真髄を持ち帰るその日まで、国を頼む!」
民衆がどよめく。
「おお……! 王位を捨ててまで、さらなる高みを目指すとは!」
「なんと向上心の塊……! 行ってらっしゃいませ!」
感動の涙で見送られているが、要するに「カップ麺食べたいから帰る」と言っているだけだ。
◇
次は、ポチだ。
復活した森の奥から、野生の魔獣たちが集まっていた。
彼らは最強のフェンリルに対し、服従のポーズをとっている。
「グルル……(我らの王よ、森にお戻りください。新鮮な生肉を献上します)」
ポチは鼻を鳴らした。
『生肉? 泥水? ……バカを言え』
ポチは脳内で、自分の生活環境を比較した。
「野生の過酷なサバイバル」VS「空調完備の断熱犬小屋」。
「血生臭い鹿肉」VS「『ドギーマン 紗』」。
『勝負にならん』
ポチは魔獣たちを一瞥もしなかった。
彼は迷うことなく、軽トラの荷台へとジャンプした。
「ワンッ!(早く出せ! 俺の家はあっちだ!)」
尻尾をブンブン振って、運転席の俺に媚びている。
野生は死んだ。ここにあるのは、現代のペットフードに魂を売った忠犬の姿だけだ。
◇
続いて、ザガン。
彼のもとには、生き残った魔族たちがすがりついていた。
「ザガン様! 魔王様亡き今、貴方様が新たな魔王として軍を再編してください!」
「人間への復讐を!」
ザガンはヘルメットの顎紐を締め直しながら、静かに首を横に振った。
「断る。魔王軍はブラックだ」
「えっ?」
「労災も降りない。残業代も出ない。安全帯の支給もない。あんな危険な職場で働けるか」
彼は俺の方を見た。
その目は、ブラック企業からホワイト企業へ転職したサラリーマンの輝きに満ちている。
「俺は『サエキ工務店』の正社員(予定)だ。あそこは仕事には厳しいが、飯は美味いし、安全管理が徹底されている」
「ザ、ザガン様……?」
「俺は、『ご安全に』の精神に生きる! さらばだ!」
彼はトラックの荷台に乗り込み、安全な姿勢で体育座りをした。
魔族たちのポカーンとした顔が印象的だった。
◇
最後は、マギ婆さんとレオナルドだ。
彼らには帰るべき場所も組織もあるはずだが……。
「わしも行くぞ」
マギ婆さんが杖をつきながら宣言した。
「あの『8-8-8(化成肥料)』と『温泉』の研究がまだ終わっておらん。それに……」
「それに?」
「あっちの『テレビ』という魔法の箱……。あれで放送されておった『時代劇』の続きが気になるんじゃ。あの『印籠』というアーティファクトの謎を解明せねばならん」
完全にテレビっ子になっていた。
そしてレオナルドは、反射ベストの汚れを払いながら胸を張った。
「私はまだ、誘導棒(聖剣)の振りが甘いのです!」
彼は赤く光る聖剣を構えた。
「先日のクレーン搬入の際、社長に『合図が遅い』と指摘されました。あの言葉が胸に刺さっております。師(佐伯)の元で、完璧な交通整理を極めたいのです!」
「勇者やめたほうがいいんじゃないか?」
◇
全員が、トラックの周りに集結した。
俺は腕組みをして、彼らを見回した。
「……本気か? 向こうに行けば、ただの居候だぞ?」
彼らは力強く頷いた。
「構いません! 社長の背中を追わせてください!(カップ麺食べたい)」
「一生ついていきます!(安全靴最高)」
「ワン!(おやつ!)」
「時代劇!」
「交通安全!」
欲望に忠実すぎる。
まあ、これだけ広い屋敷だ。掃除や草むしりの人手はいくらあっても困らない。
それに、なんだかんだで賑やかなのも悪くない。
「……はぁ。しょうがないな」
俺はため息をつきつつ、口元を緩めた。
「採用だ。ただし、食費分はきっちり働いてもらうぞ」
「「「はいっ!!」」」
元気な返事が返ってきた。
「よし、撤収! 乗り込め!」
全員がトラックと軽トラに分乗する。
定員オーバーも甚だしいが、まあ、私道だからいいだろう。




