第70話:請求書(インボイス)。〜『材料費だけでいいよ。手間賃はオマケしとく』〜
世界が緑に染まり、エルフや魔族たちが歓喜の歌を歌い踊っている。
感動のフィナーレだ。BGMがあれば、壮大なオーケストラが流れている場面だろう。
そんな中、俺は一人、黙々と地面に向かっていた。
「よいしょ、っと」
俺は腰をかがめ、地面に散らばった緑色のプラスチック容器――アンプルの空き容器を拾い集めていた。
その数、1万本。
さらに、風に飛ばされた肥料の空き袋や、接ぎ木テープの切れ端も回収する。
「立つ鳥跡を濁さず、だ。現場は来た時よりも綺麗にして帰るのが鉄則だからな」
プラスチックゴミを異世界に放置するなど、不法投棄もいいところだ。環境汚染になる。
俺は45リットルのゴミ袋を広げ、テキパキとゴミを放り込んでいった。
「社長! 何をしておられるのですか!」
そこへ、魔将軍ザガンが駆け寄ってきた。
彼は俺がゴミ拾いをしているのを見て、慌ててひれ伏そうとする。
「創造主たる社長に、清掃作業など……! 私がやります!」
「おお、助かる。じゃあ、こっちの袋には燃えるゴミを入れてくれ。分別しっかりな」
「はっ! プラスチックと可燃物、完璧に仕分けます!」
ザガンが魔族の瞬発力を活かして、超高速でゴミ拾いを始めた。
頼りになる男だ。
◇
現場の片付けが一段落した頃。
エルフの長老と、魔族の代表者が、おずおずと俺の元へ歩み寄ってきた。
「あの……佐伯様……」
彼らは俺の前で足を止めると、示し合わせたように、その場に平伏した。
額を地面にこすりつける、完全なる服従のポーズだ。
「なんと……なんとお礼を申せばよいか……!」
長老が涙声で叫ぶ。
「死に絶えていた世界を、たった半日で楽園に変えてしまうとは……! 貴方様は、我らにとって真の神です!」
「我ら魔族も同じく!」
魔族の代表(見た目は怖い鬼だが、今は泣いている)も声を張り上げた。
「この緑の大地があれば、もう人間を襲って食料を奪う必要はありません! 我々に、安息の地を与えてくださった!」
周囲を取り囲む数百の瞳が、俺を崇拝の眼差しで見つめている。
重い。
空気が重すぎる。
「この御恩、我らの一族すべての命をもって償います! どうか我らを奴隷として、末代までこき使ってください!」
「我ら魔族も、貴方様の尖兵となりましょう!」
命。奴隷。
一番いらないものを差し出されてしまった。
「いや、命はいらんよ。連れて帰っても餌代がかかるし、管理が面倒だ」
俺は手を振って断った。
ポチとアリシアだけで、食費はカツカツなのだ。これ以上扶養家族を増やしてどうする。
俺は作業着の胸ポケットを探った。
くしゃくしゃになった紙切れを取り出す。
さっきの休憩中に、ボールペンで書き殴っておいたメモだ。
「それより、経費の精算をさせてくれ。材料費が結構かかったんだ」
俺はペラっと紙を渡した。
「これ、請求書な」
◇
長老は、震える手でその紙を受け取った。
神が直筆した、至高の聖紙(ただのレシートの裏)。
そこには、異世界の文字で数字が羅列されていた。
【請求書】
・肥料、石灰代:30,000
・レンタカー、ガソリン代:20,000
・アンプル代:10,000
・技術料(手間賃):サービス
---------------------------
合計:60,000
単位は日本円だが、俺は補足した。
「日本円じゃ分からんと思うけど、まあ、これくらいの価値の金目のモノがあればいい」
俺としては、今回の出費分を回収できればそれでいい。
プラスマイナスゼロなら、いいDIYだったと笑って終われる。
だが、長老の反応は予想外だった。
彼はメモを凝視したまま、ボロボロと大粒の涙を流し始めたのだ。
「う、うぅぅ……!」
「えっ、高かったか? じゃあ端数はまけるけど……」
俺が慌てると、長老は首を激しく横に振った。
「違います……! 違うのです……!」
長老は、紙を胸に抱きしめた。
「神は……一方的に奇跡を与える『施し』ではなく、対価を求められた……」
「それはつまり、我らを『守られるだけの弱者』や『奴隷』ではなく……『取引可能な対等の隣人』として認めてくださったということ……!」
周囲のエルフたちも、ハッとして俺を見た。
対等。
圧倒的な力を持つ神が、自分たちと同じ目線で「商売」をしてくれた。
それが、彼らの尊厳をどれほど救ったか。
「ありがとうございます……! ありがとうございます……!」
「契約は成立しました! 直ちに支払いを!」
長老が号令をかけると、エルフたちが神殿の奥から、宝箱を次々と運んできた。
中から出てきたのは――。
ゴロゴロと転がり出る、黒い石。
そして、銀色に輝く金属の延べ棒。
「村の宝物庫にある『魔石』を全て持ってまいりました! これらは全てSランクの純度! さらにミスリルのインゴットも!」
積み上げられた魔石の山。
ざっと見積もっても、トラックの荷台半分は埋まる量だ。
「お、あの『黒い石』か。これならメルカリで売れるな」
俺はホッとした。
5個500円で売ったやつだ。これだけあれば、6万円の元は余裕で取れるだろう。
「ミスリルも、スクラップ屋に持っていけばいい値段になるな。……よし、商談成立だ」
俺はザガンに指示して、魔石とインゴットをトラックの荷台に積み込ませた。
こちらの世界の価値観で言えば、国家予算数年分に相当する財宝だ。
だが、俺にとっては「経費回収+ちょっとした黒字」くらいのアバウトな認識である。
「領収書いるか?」
「りょうしゅうしょ……? 契約完了の証ですか? ぜひ!」
「じゃあ、書いとくわ」
俺は新しいメモ用紙に『上様、代金受領いたしました。佐伯工務店』と書き、ハンコ(拇印)を押して渡した。
長老はそれを額縁に入れて飾りそうな勢いで受け取った。
◇
「よし、仕事は終わった。帰るぞ」
俺は伸びをした。
長い一日だった。
魔王を倒し、世界樹を治し、大量のゴミを回収した。
心地よい疲労感が全身を包んでいる。
「久しぶりに、家の布団で寝たいな」
俺はトラックの運転席に向かった。
アリシアやレオナルド、ザガンも、充実した顔で荷台に乗り込む。
ポチはすでに助手席を占領して寝息を立てていた。
だが。
一人だけ、動かない者がいた。
『…………』
スマホの画面の中で、たまちゃんが沈んだ顔をしている。
「たま? どうした、帰るぞ」
『……マスター』
たまちゃんが、寂しげに微笑んだ。
『世界は直りました。魔力循環も正常です。……ということは、管理神である私は、ここに残らないといけませんよね』
俺は足を止めた。
そうか。こいつは元々、この世界の女神だった。
世界が危機に瀕していたから俺のスマホに避難していただけで、平和になったなら、元の座(神殿)に戻るのが道理だ。
エルフたちも、期待に満ちた目でたまちゃんを見ている。
「偉大なる女神よ……。どうか、再びこの神殿にお戻りになり、我らをお導きください!」
感動的な別れの場面。
俺は、ここで気の利いたセリフの一つも言うべきなのだろう。
「達者でな」とか、「いい相棒だったぜ」とか。
だが。
俺が口を開くより先に、たまちゃんが長老に質問を投げかけた。
『長老、一つ確認させてください』
「はっ! なんなりと!」
『この神殿……コンセント(AC100V電源)はありますか?』




