第7話:ポチの犬小屋を作ったら、核シェルターになった。
翌朝。
俺は、早朝の冷気で目を覚ました。
山奥の朝は冷える。特にこの裏山はダンジョンの冷気が漏れ出しているせいか、夏場でも朝方は肌寒い。
「ふわぁ……。ポチ、生きてるか?」
俺は玄関のドアを開けた。
すると、玄関マットの上で、茶色い毛玉が小さく丸まって震えていた。
「くぅ〜ん……」
昨日拾った柴犬(元・神話級魔獣)のポチだ。
昨晩はそのまま寝かせてしまったが、さすがに野晒しは可哀想だったか。
「悪かったな。風邪ひくぞ」
俺はポチの頭を撫でた。
実はフェンリルは「氷雪の王」なので寒さなど効かないのだが、俺の目には「寒がる雑種犬」にしか見えていない。
「よし、約束通り『犬小屋』を作るか。どうせなら、真冬でも快適に過ごせる最高スペックのやつをな」
俺は腕まくりをして、納屋へと向かった。
元・現場監督の血が騒ぐ。
ただの木の箱なんて作らない。日本の建築技術を詰め込んだ、高気密・高断熱のドリームハウスを作ってやる。
◇
納屋には、リフォーム用に買い置きしていた資材が山ほどある。
俺はその中から、鮮やかな水色の板を取り出した。
『スタイロフォーム(押出法ポリスチレンフォーム)』。
住宅の壁の中に入れる、高性能な断熱材だ。
『マ、マスター? その青い板は何ですか?』
スマホの画面で、たまちゃんが目を丸くしている。
『解析できません……。羽毛のように軽いのに、魔力干渉を一切受け付けない……。まさか、伝説の鉱石「蒼穹の涙」を板状に加工したのですか!?』
「ただの発泡プラスチックだよ。カッターで切れるから加工が楽なんだ」
俺はカッターナイフで、サクサクとスタイロフォームを切り出した。
これを、木の板と板の間に挟み込む。
いわゆる「サンドイッチパネル」構造だ。
「壁の厚みは50ミリ。これなら雪国仕様の住宅並みだ」
インパクトドライバーを握る。
ダダダッ! ダダダッ!
軽快な音と共に、ビスが次々と打ち込まれていく。
『ひぃっ! 「物理結合(ビス打ち)」の速度が速すぎて見えません!』
壁を組み上げ、屋根を乗せる。
ここまでは普通の日曜大工だ。
だが、ここからがプロのこだわり所だ。
「気密性が命だからな。隙間風は許さん」
俺はコーキングガン(接着剤を押し出す道具)を取り出した。
セットされているのは、シリコンシーラント。
これを、板の継ぎ目という継ぎ目に注入していく。
ニューッ……。
白いペーストが隙間を埋める。それを指でなぞって均す。
『そ、それは!? 空間の亀裂を修復しているのですか!?』
「防水と隙間風防止だ。ここを埋めるだけで、断熱性能が段違いなんだよ」
たまちゃんには、俺が「錬金粘土」を使って、空間そのものを密閉しているように見えているらしい。
まあ、当たらずとも遠からずだ。
仕上げに、屋根に防水シート(アスファルトルーフィング)を貼り付け、入り口の上にマジックで『ポチ』と書いた木の板を打ち付ける。
「よし、完成」
作業時間、約2時間。
見た目はシンプルな木の箱だが、その性能は現代住宅のミニチュア版だ。
◇
「どうだ、たま。鑑定してみてくれ」
『は、はい……スキャン開始……』
たまちゃんが画面を明滅させる。
『……信じられません。内部の環境係数が完全に固定されています。外気温がマイナス30度になっても、内部は無風で24度を維持しますよ、これ』
「お、なかなかの性能だな」
『それだけじゃありません。外部からの魔力干渉値ゼロ。つまり、ドラゴンのブレスだろうが、核爆発だろうが、中には熱も衝撃も届きません』
「まあ、スタイロフォームは優秀だからな」
俺は満足げに頷いた。
核シェルター並みらしいが、まあ犬小屋としては丈夫な方がいいだろう。
「おーい、ポチ。新居だぞ」
俺は遠巻きに見ていたポチを呼んだ。
ポチは、完成した小屋をクンクンと嗅ぎ、恐る恐る中へ足を踏み入れた。
その瞬間。
『……!!』
ポチの表情(?)が変わった。
小屋の中に入った途端、外の風の音、虫の声、そしてダンジョン特有の澱んだ気配が、フッと消滅したのだ。
そこにあるのは、完全なる静寂と、包み込むような温もり。
『な、なんだここは……!?』
ポチは震えた。
野生の世界に、これほど安心できる場所など存在しない。
どんな洞窟も、どんな結界も、ここまで外界を遮断することはできなかった。
『ここは……世界から切り離された聖域! 母の胎内のような絶対安寧の地!』
ポチは床に敷かれた毛布の上で、くるくると三回回ってから、ドサッと寝転んだ。
最高だ。
ここなら、どんな敵が来ても熟睡できる。
「わんっ!(主よ、感謝する!)」
小屋の中から、幸せそうな鳴き声が聞こえた。
気に入ってくれたようだ。
「よしよし。大事に使えよ」
俺は小屋の壁をポンと叩いた。
ふと、自分の足元を見る。
「うわ、汚ねえ」
コーキング作業や土いじりで、長靴とスコップが泥だらけになっていた。
こびりついた泥が乾き始めている。
「このままじゃ納屋に入れられないな。乾く前に洗わないと」
俺はバケツを手に取った。
「裏山の小川まで行ってくるか」
俺は軽い足取りで、裏手の沢へと向かった。
その長靴についた泥が、実は「高濃度のマナ粒子(作業中に付着したダンジョンの粉)」を含んだ、とんでもない物質であることになど、気づくはずもなく。




