第68話:接ぎ木と、緑のアンプル爆撃。〜ドーピング(活力剤)注入〜
俺は再び世界樹の幹(地上付近)に取り付いた。
ここからは、チェーンソーのような「剛」の力ではない。ミクロン単位の精度が求められる「柔」の作業だ。
俺は腰袋から、見慣れた黄色いボディの刃物を取り出した。
『オルファ カッターナイフ(L型)』。
装着しているのは、通常の刃よりも鋭利な「黒刃」だ。
カチ、カチ、カチ……。
スライド音と共に、漆黒の刃が繰り出される。
「……空気が変わった」
下で見守るアリシアが息を呑んだ。
俺の集中力が切り替わったのを察知したらしい。
「やるぞ。『接ぎ木』だ」
俺は世界樹の幹の樹皮に、カッターの刃を当てた。
スパッ。
抵抗なく皮が切れる。
木質部と樹皮の間にある、緑色のライン――「形成層」を露出させる。
「次は、穂木だ」
さっき拾った小枝の断面を、鋭角に削ぎ落とす。
細胞を潰さないよう、一太刀で、滑らかに。
「形成層同士を合わせるのがコツだ。ここがズレると水も養分も通らない」
俺は息を止めた。
巨木の傷口に、小枝の断面を密着させる。
血管を繋ぐバイパス手術のようなものだ。
「……今だ!」
位置が決まった瞬間、俺はポケットからテープを取り出した。
『接ぎ木テープ(ニューメデル)』。
伸縮性が高く、芽が突き破って出てこれる特殊なテープだ。
俺はテープを引っ張りながら、接合部をグルグル巻きにして固定した。
「よし、活着!」
テープを巻き終え、手を離す。
すると、引き伸ばされたテープが透明になり、樹皮と一体化したように見えなくなった。
「き、消えた!?」
マギ婆さんが驚愕する。
「『融合の包帯』か……! 異なる個体を、一つの生命として強制的に同化させたのか!?」
「乾燥防止だよ。これで本体の根から吸い上げた水が、この芽に届くはずだ」
俺はカッターの刃を引っ込めた。
カチッ。
小さな音が、静寂な荒野に響いた。
「見事な手際です……。次元を切断するような鋭さでした」
アリシアが感嘆の溜息を漏らす。
だが、作業はまだ半分だ。
◇
「手術は成功した。でも、患者の体力がなさすぎる」
俺は世界樹を見上げた。
接ぎ木はしたが、本体が弱りすぎていて、水を吸い上げるポンプの力が足りない。
このままでは、接いだ枝も干からびてしまう。
「自力で回復するのを待っていたら手遅れになるな。……やるか」
俺はニヤリと笑った。
「点滴だ」
俺はトラックの荷台へと歩き、積んでいたダンボール箱を次々と地面に下ろした。
その数、数十箱。
「ザガン、開封しろ!」
「へい!」
箱を開けると、中には小さな緑色のボトルがぎっしりと詰まっていた。
ホームセンターの園芸コーナーでよく見る、あれだ。
『植物用活力液(アンプル・30ml)』。
10本入りで数百円の安物だが、弱った植物には劇的に効く。
俺は、店の在庫を全て買い占めてきたのだ。
「す、凄い数です……。何本あるのですか?」
「10,000本だ」
俺は事もなげに言った。
「いちまん!?」
ザガンが目を剥く。
「これを……全部刺すのですか? もはや毒殺では?」
「栄養剤だ。人間でいうユンケルみたいなもんだよ。弱ってる時は数で押すに限る」
俺はアンプルを一本手に取り、先端のキャップをハサミで切り落とした。
そして、世界樹の根元の土に、ブスリと突き刺した。
「ほら、お前らもやれ。絨毯爆撃だ」
◇
全員総出の作業が始まった。
俺、アリシア、ザガン、レオナルド、そしてエルフたちも手伝って、アンプルの先端を切り、地面に刺していく。
ブスッ、ブスッ、ブスッ。
世界樹の根元が、緑色のボトルで埋め尽くされていく。
まるで剣山のようだ。
そして、100本、1000本と刺していくうちに、異様な音が響き始めた。
コポ……コポ……コポコポコポ……
アンプルの中の緑色の液体が、土に吸い込まれていく音だ。
通常、この手のアンプルは数日から一週間かけてゆっくり減っていくものだ。
だが、今は違った。
「減るのが速い! 刺した端から空になっていくぞ!」
レオナルドが叫ぶ。
ボトルの中の液体が、見る見るうちに減り、数秒で空っぽになる。
ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ……
まるで、巨大な生き物が喉を鳴らして水を飲んでいるような、生々しい音が足元から聞こえてくる。
「すごい吸引力だ。相当喉が渇いてたんだな」
俺は次々と新しいアンプルを刺していった。
質より量。
1本数十円の安物でも、1万本集まれば神の秘薬になる。
「大地が……『緑の秘薬』を飲み干しておる……!」
マギ婆さんが杖を握りしめて震えている。
「これほど濃厚な栄養素を、直接根に流し込むとは……! これは治療ではない、強制的な『蘇生』じゃ!」
◇
数十分後。
用意した1万本のアンプルが、全て空になった。
地面には、空になった緑のボトルが散乱している(あとで回収してリサイクルだ)。
一瞬の静寂。
風が止まった。
「……来るぞ」
俺は直感した。
足元の地面から、微かな振動が伝わってくる。
ドクン……!!
心拍音。
いや、地鳴りだ。
世界樹の根が、膨大なエネルギーを吸い上げ、幹へと送り込み始めたのだ。
「お、心拍再開。効いてきたな」
俺は見上げた。
カチカチに化石化していた樹皮の隙間から、淡い光が漏れ始めている。
そして、先ほど接ぎ木した「小さな若芽」が、プルリと震えた。
「さあ、起きろ。朝だぞ」
俺が声をかけた瞬間。
メリメリメリッ!!
若芽が、爆発的な勢いで膨張を開始した。




