第67話:世界樹の外科手術。〜チェーンソーで腐食部位を切除する〜
「せ、切断……!?」
エルフの長老が、泡を食って詰め寄ってきた。
「神の御神体を切り落とすと言うのですか!? なりませぬ! 世界樹様は我らの信仰そのもの! 刃を入れるなど言語道断!」
「信仰で木が治るなら苦労しねえよ」
俺は冷たく言い放った。
「壊疽した足と一緒だ。切らなきゃ全身に回って死ぬぞ。それとも何か、あんたらは神様を抱えて心中したいのか?」
「そ、それは……」
長老が言葉に詰まる。
そこへ、マギ婆さんが杖をつきながら進み出た。
「長老よ、下がるのじゃ。……主の目は『破壊者』の目ではない」
マギさんは、俺の腰にある道具を見つめた。
「あれは『医者』の目じゃ。患部を見極め、命を救うための覚悟を決めた目じゃよ」
「マギ様……」
説得完了。
俺はヘルメットの顎紐を締め直し、足元の相棒を拾い上げた。
『エンジン式チェーンソー(大排気量モデル)』。
オーク軍団を薙ぎ払った時と同じやつだが、今回は本来の用途――「林業」で使う。
ガイドバーは70センチのロングサイズに変更済みだ。
「離れてろよ。デカいのが落ちてくるからな」
俺は再び木に登り、腐った大枝の付け根に陣取った。
足場よし。退避ルートよし。
スターターロープを握る。
「いっくぞー」
キュルッ……ブオオオオオン!!
静寂な聖域に、けたたましい爆音が響き渡る。
エルフたちが悲鳴を上げて耳を塞ぐ。
「まずは受け口(切り込み)を作る」
俺は回転する刃を、枝の下側に斜めに入れた。
ただ力任せに切るのではない。枝が落ちる方向をコントロールするために、三角形の切り込みを入れるのだ。
ギャリギャリギャリッ!!
木屑が舞い散る。
腐った木特有の、酸っぱいような臭いが漂う。
「ひぃぃぃ! 世界樹様の悲鳴がぁぁ!」
「見なさい! 切り口から出ているのは『黒い膿』です!」
下で見守るアリシアが叫んだ。
「社長は……毒を出しているのです! 世界の毒を!」
◇
「よし、受け口完了。次は反対側から『追い口』だ」
俺は体勢を変え、枝の上側から水平に刃を入れた。
エンジンの回転数を最大にする。
バリバリバリバリッ!!
刃が食い込んでいく。
直径2メートルの巨木が、自重に耐えきれずミシミシと悲鳴を上げる。
あと少し。
重心が移動する瞬間を見極める。
「……今だ! 倒れるぞ!」
俺はチェーンソーを引き抜き、素早く退避した。
メキメキメキッ……
鈍い音がして、巨大な枝がゆっくりと傾いた。
そして。
ズシィィィィン!!!!
凄まじい地響きと共に、数トンある枝が地面に叩きつけられた。
土煙が舞い上がる。
「……ふぅ」
俺は幹に残った切断面を確認した。
切り落とした枝の中は見事に真っ黒に腐っていたが、幹の方の断面には、中心部にわずかに白く瑞々しい「生きた木質」が残っている。
「ギリギリセーフだな。形成層はまだ死んでない」
これなら助かる。
だが、このままではダメだ。
「切りっぱなしだと雑菌が入るし、水分が抜けて枯れちまう」
人間で言えば、手術後の縫合が必要だ。
俺は腰袋から、チューブに入った薬剤を取り出した。
『トップジンMペースト(癒合剤)』。
剪定後の切り口に塗ることで、雨水の侵入や雑菌を防ぎ、傷の治りを早める樹木用の薬だ。
俺はハケを取り出し、チューブの中身をたっぷりと出した。
「カサブタを作ってやるからな」
俺は巨大な切り口に、ペーストを塗りたくった。
その薬の色は――鮮やかな「オレンジ色」だった。
「ぬりぬり、っと」
直径2メートルの断面が、毒々しい朱色に染まっていく。
それを見たマギ婆さんが、目を見開いた。
「な、なんと鮮烈な朱色……! あれは『朱塗り』の結界か!?」
「傷口を魔法障壁で覆い、外敵を拒絶しているのです……!」
長老も震えている。
異世界において、赤や朱色は強力な魔除けの色らしい。
「ただの殺菌剤だよ。乾くとゴムみたいに固まるんだ」
俺はムラなく塗り終え、ハケを片付けた。
これで緊急手術は完了だ。
俺は地上に降り立った。
「悪いところは切った。止血もした。……だが」
俺は世界樹を見上げた。
腐敗は止めたが、これだけでは復活しない。
葉がないため、光合成もできないままだ。
「再生にはきっかけが必要だ」
俺は、先ほど切り落とした枝の残骸へと歩み寄った。
腐った枝の先端の方に、わずかに緑色を残した「若芽」がついているのを見つけた。
「こいつは生きてるな」
俺はポケットから、小さな刃物を取り出した。
『カッターナイフ(オルファ・黒刃)』。
「アリシア、その若芽を拾ってくれ。『接ぎ木』を行う」
「つぎき、ですか?」
「ああ。本体の生命力を借りて、新しい枝を移植するんだ」
チェーンソーという「剛」の次は、カッターナイフによる「柔」の作業。
ミクロン単位の結合手術が始まる。




