第66話:スプリンクラー設置と、虹の架け橋。〜自動散水システムは雨乞いより確実〜
「土は良くなった。だが、水がない」
俺は、ふかふかに耕された黒い大地に立ち、空を見上げた。
相変わらずの曇天。雨雲のようなものは見えるが、ここ数百年、この地にはまともな雨が降っていないらしい。
「これじゃあ、せっかく撒いた肥料も溶けないし、種も発芽しないな」
農業において、水管理は命だ。
特に、こんな乾燥した荒野では、一日で土が干からびてしまう。
「主よ。わしが雨を呼ぼうか?」
マギ婆さんが進み出た。
彼女は杖を掲げ、悲壮な決意を瞳に宿している。
「わしの全魔力を空に打ち込めば、一時的に雨雲を励起できるじゃろう。……寿命が数年は縮むかもしれんが、世界のためなら安いもの」
「マギ様! おやめください! これ以上お体を削っては……!」
エルフたちが涙ながらに止める。
感動的なシーンだ。
だが、俺は冷静にツッコミを入れた。
「やめとけ。爺さん婆さんが無理するな」
俺は少し離れた場所にある、枯れかけた泉を指差した。
地下水脈と繋がっているらしく、そこだけは辛うじて水が湧いている。
「水ならあるだろ、そこに。あそこから引けばいい」
「しかし、ここまでは距離があるぞ? バケツで運ぶには広大すぎる」
「だから、『水道』を引くんだよ」
俺はトラックの荷台から、灰色の長いパイプを束で下ろした。
ホームセンターで大量買いした『塩ビパイプ(VP管)』だ。
「雨乞いなんか待ってられない。強制的に雨を降らせる」
◇
「ザガン、レオナルド。手伝え」
「へい!」
「御意!」
俺たちは配管工事に取り掛かった。
ザガンがパイプを並べ、俺とレオナルドが接続していく。
使用するのは、『継手』と呼ばれるエルボ(L字)やチーズ(T字)のパーツ。
そして、接着剤の『タフダイン(速乾性)』だ。
缶を開け、ハケでパイプの端に透明な液体を塗る。
ツン、とした有機溶剤の臭いが漂った。
「くっ、鼻を突く刺激臭……! これが結合の触媒か!」
レオナルドが顔をしかめる。
「強力な『溶着魔法』の代償(臭気)……。この液体、ただものではない!」
「換気しながらやれよー」
俺は手際よくパイプを繋いでいった。
グッと差し込み、数秒押さえるだけでガッチリと固まる。
まるで巨大なプラモデルを組み立てる感覚だ。
数十分後。
黒い大地の上に、灰色のパイプラインが幾何学模様のように張り巡らされた。
「大地に……灰色の血管が埋め込まれていく……」
アリシアが感嘆の声を漏らす。
「これで、泉からここまで水を運ぶ道ができた。次は出口だ」
俺は、等間隔に立てたパイプの先端に、金属製の器具をねじ込んでいった。
『インパクトスプリンクラー』。
水圧で首を振りながら、広範囲に水を撒くための装置だ。
荒野に突き出した、無機質な金属の突起物。
カクカクと動く可動部。
「こ、これは……『自動迎撃砲台』か!?」
ザガンが身構える。
「近づく敵を感知し、魔弾で撃ち抜く防衛システムだな!? さすが社長、防備も完璧だ!」
「まあ、撃つのは水だけどな」
◇
配管は完了した。
いよいよ通水テストだ。
俺は泉のほとりに『エンジンポンプ』を設置した。
吸水ホース(ストレーナー付き)を水中に沈め、呼び水を入れる。
「エンジン始動」
スターターを引く。
キュルッ……ドルルルルル!!
エンジンの振動が始まり、ポンプが水を吸い上げる。
ゴポポポポ……。
パイプの中を、水が走っていく音が聞こえる。
地面に這わせた塩ビパイプが、水圧で僅かに膨らみ、生き物のように震えた。
「漏れなし。接着完璧だ」
水圧計の針が上がる。
末端まで水が届いた合図だ。
「よし。散水開始!」
◇
その瞬間。
荒野に設置された100個以上の「砲台」が、一斉に火を噴いた。
シュバババババッ!!
勢いよく水が噴射される。
それと同時に、スプリンクラー特有のリズミカルな作動音が響き渡った。
カチ、カチ、カチ、カチ……シュバーッ!
カチ、カチ、カチ、カチ……シュバーッ!
金属のアームが水流を叩き、その反動で首を振る。
360度回転しながら、断続的に、しかし広範囲に水を撒き散らす。
「うおおおおっ!?」
エルフたちが驚いて逃げ惑う。
だが、すぐに足を止めた。
空から降ってくるのは、冷たくて気持ちのいい「恵みの雨」だったからだ。
「雨だ……! 地面から雨が降っている!」
「見て! 空を見て!」
誰かが叫んだ。
灰色の空の下、無数のスプリンクラーが作る水のドームに、陽の光が差し込んだ。
そこに現れたのは、巨大な七色の虹。
「おおぉ……!」
荒廃した世界に、鮮やかな色彩が生まれた。
水の粒子がキラキラと輝き、乾いた黒土を潤していく。
「虹の結界じゃ……! 死んだ空気が、洗われていく……!」
エルフの子供たちが、歓声を上げて虹の下を走り回る。
大人たちも、空を仰いで涙を流している。
「マギ様の命を使わずとも……こんなに簡単に雨が降るなんて……」
「これが、異界の技術……!」
俺はポンプの横で、満足げにその光景を眺めた。
「よし、散水ムラなし。水量も十分だ」
しゃがみ込んで、湿った土を手に取る。
適度な水分を含んだ土は、最高の状態に仕上がっている。
「これで土壌環境は整った」
俺は視線を上げた。
目の前には、巨大な枯れ木――世界樹がそびえ立っている。
周囲が潤っても、肝心の本体はまだ死にかけたままだ。
「あとは……こいつだな」
俺は世界樹の幹を触診した。
ボロボロと樹皮が剥がれ落ちる。
「腐食がひどいな。特にあの太い下枝。あそこが腐敗の元凶だ」
放っておけば、幹まで腐って倒れるだろう。
治療が必要だ。
「悪いところは切り落として、元気な枝を接ぐしかない」
俺は軽トラの荷台から、最大サイズの『エンジンチェーンソー』を取り出した。
オーク軍団を殲滅した、あの相棒だ。
「えっ? しゃ、社長?」
アリシアが、俺の殺気(やる気)を感じ取って振り返る。
「切るぞ。大手術だ」
俺はスターターに手をかけた。
神木相手にチェーンソーを向ける俺を見て、エルフたちが絶叫する。
「ひぃぃぃ! 世界樹様を!? 御神体を切り落とす気ですか!?」
「荒療治にも程があるぞ!」
知ったことか。
腐った患部は、切り捨てなきゃ助からないんだよ。




