第65話:土壌改良(天地返し)。〜死んだ大地に、石灰を撒く〜
トラック満載の肥料を運び込んだ俺たちは、早速作業に取り掛かった。
場所は、世界樹を中心とした広大な荒野。
かつては森だった場所だが、今はカチカチに乾き、ひび割れた灰色の地面が続いている。
「まずは土のpH調整だ。酸性が強すぎて、これじゃ雑草すら生えない」
俺はトラックの荷台から、白い粉が入った袋を下ろした。
『苦土石灰』。
酸性に傾いた土を中和し、植物が育ちやすい環境を作るための基本資材だ。
「よし、撒くぞ。ザガン、レオナルド!」
「へい!」
「承知!」
俺の号令で、二人が袋を抱えて走り出す。
ザガンは袋の口を大きく開け、豪快にブンブンと振り回す。
レオナルドは計算された歩幅で、均等にサラサラと撒いていく。
バサァッ……バサァッ……
灰色の荒野が、みるみるうちに白い粉で覆われていく。
その光景を見て、アリシアが目を見張った。
「雪……? いや、これは『浄化の塩』か!?」
「うむ。酸の毒を中和しておるのじゃ。大地の毒素を吸い取る儀式じゃな」
マギ婆さんが杖をつきながら解説する。
まあ、中和という意味では合っている。
「よし、撒き終わったな。次は混ぜるぞ」
ここからが本番だ。
俺は、トラックの横に待機させておいた相棒――『小型ユンボ(3トンクラス)』に乗り込んだ。
キーを回す。
ドッドッドッ……グオオオオン!!
ディーゼルエンジンが唸りを上げ、黒い排気ガスが吹き上がる。
俺は安全レバーを下ろし、操作レバーを握った。
「行くぞ。『天地返し』だ」
俺はアームを振り上げ、バケットの爪を地面に突き刺した。
ガガガガッ!! メリメリメリッ……!!
硬い。まるでコンクリートだ。
だが、油圧のパワーは伊達じゃない。
俺はアクセルを吹かし、無理やり地面を抉じ開けた。
深さ1メートル以上。死んで固まっていた地層が、悲鳴を上げて掘り返される。
「ひぃっ! だ、大地が……!」
見ていたエルフたちが、恐怖に顔を引きつらせた。
「大地が悲鳴を上げている! 皮を剥がされているぞ!」
「やはり我らは滅ぼされるのか!? 破壊神の怒りじゃ!」
破壊ではない。再生のための破壊だ。
「ザガン! そこに肥料入れろ!」
「おうよ!」
俺が掘った穴に、ザガンたちが『牛糞堆肥』と『培養土』を次々と放り込んでいく。
強烈な発酵臭が立ち込める。
「よし、混ぜるぞ! 空気を含ませろ!」
俺はバケットを器用に操作し、掘り返した元の土と、投入した肥料を撹拌した。
グワン、グワン、ボトッ。
巨大なスプーンで料理を混ぜるように、土を捏ねくり回す。
すると、変化が現れた。
死んでいた「灰色」の土と、肥料の「黒」が混ざり合い、空気に触れることで、ツヤのある「黒褐色の土」へと変わっていく。
「おお……見ろ!」
マギ婆さんが、その変化にいち早く気づいた。
彼女は魔眼を開き、土の中で起きているミクロの現象を凝視する。
「信じられん……。死んでいた土の中で、微生物たちが爆発的に増殖しておる!」
「あの臭い黒土(堆肥)が、命の起爆剤になっておるのじゃ! バクテリアのビッグバンじゃ!」
アリシアも、その光景に息を呑んだ。
「破壊ではありません……これは『再構築』! 星の表面を削り取り、新しく塗り替えているのです!」
◇
数時間後。
太陽が傾きかけた頃、作業は完了した。
世界樹を中心とした広大なエリアが、ふかふかの「黒い絨毯」に生まれ変わっていた。
発酵熱と地熱によって、土からは白い湯気が立ち上り、芳醇な土の香りが充満している。
「ふぅ。終わったな」
俺はユンボのエンジンを切り、地面に降り立った。
しゃがみ込んで、生まれ変わった土を手に取る。
軽く握ると団子になり、指で押すとホロリと崩れる。
「いい団粒構造だ。これなら根っこも伸びるし、水はけもいい」
上出来だ。
家庭菜園レベルの話ではない。これだけの広さを半日で改良するなど、日本の土木技術と魔族の筋力があってこそだ。
「……あたたかい」
エルフの長老が、黒い土に顔を埋めて泣いていた。
「死んだ砂のようだった大地が……こんなに温かく、柔らかくなるなんて……」
「母なる大地の温もりじゃ……。ありがとうございます、創造主様……!」
エルフたちが涙を流して感謝している。
俺はパンパンと手袋の土を払った。
「まあ、土台はできたな。……でも」
俺は空を見上げた。
相変わらずの曇天。雨が降る気配はない。
「これだけじゃ植物は育たない。『水』がないと」
せっかく良い土を作っても、カラカラに乾いてしまえば意味がない。
遠くにある泉からバケツリレーをするには、広すぎる。
「雨乞いでもしますか?」
マギ婆さんが杖を構えるが、俺は止めた。
「爺さん婆さんが無理するな。寿命が縮むぞ」
「じゃあどうするんじゃ?」
「『水道』を引くんだよ」
俺はトラックの荷台を指差した。
そこには、灰色の長い棒が大量に積まれている。
「スプリンクラーで、人工の雨を降らせる」
俺が取り出したのは、『塩ビパイプ(VP管)』と、回転式の散水機。
無機質なプラスチックの管が、この荒野に命の水を運ぶ血管となる。




