第64話:見積もりと買い出し。〜ホームセンターの園芸コーナーを買い占める〜
動きを止めた守護神の足元。
俺はバインダーを片手に、見渡す限りの荒野を眺めていた。
「……広すぎるな」
世界樹を中心としたこのエリアだけでも、東京ドーム数個分はあるだろう。
地面はカチカチに乾き、酸性度が高すぎて草一本生えない死の大地だ。
「これを手作業で耕して、肥料を撒く? 軽トラのピストン輸送じゃ日が暮れるぞ」
俺は計算機を弾いた。
必要な土壌改良材の量、肥料の量、そして運搬にかかる工数。
結論はすぐに出た。
「一度戻って、デカいトラックを借りてくるか。『買い出し』だ」
俺は後ろに控えている頼もしい従業員たちを振り返った。
「ザガン、レオナルド。お前ら、力仕事要員としてついて来い」
「へい、社長! 任せてください!」
元・魔将軍ザガンが、ヘルメットの顎紐をパチンと締め直す。
すっかり現場の空気に馴染んでいる。
「神の資材調達……! 護衛はこの勇者レオナルドにお任せを!」
反射ベストを着た勇者もやる気満々だ。
よし、行くぞ。
◇
俺たちはゲートをくぐり、一旦日本(実家の裏山)へと戻った。
そこからスマホでレンタカー屋を検索する。
「もしもし? 佐伯です。……そう、4トントラック(平ボディ)一台。夕方には返すから」
俺は中型免許(正確には法改正前の普通免許)を持っている。これくらいのトラックなら運転可能だ。
レンタカー屋でトラックを借り受け、俺たちは隣町の『スーパービバホーム』へと向かった。
ブォォォォォン……
ディーゼルエンジンの重厚な響き。
助手席のレオナルドが、フロントガラス越しに高い視点からの景色を見て震えている。
「なんと巨大な鉄の馬車……! 軽トラ(チャリオット)とは馬力が違う! これほどの質量を操るとは……!」
「まあ、小回り効かないけどな」
俺はハンドルを回し、いつもの巨大ホームセンターの駐車場にトラックを停めた。
バックモニター完備で駐車も楽々だ。
◇
資材館、園芸コーナー。
そこには、色とりどりの袋が山のように積まれていた。
「いらっしゃいませー」
店員が近づいてくる。
俺は棚を指差して言った。
「すいません。在庫あるだけ全部ください」
「えっ? ……どれをですか?」
「この棚の端から端まで。『培養土(25L)』、『牛糞堆肥』、『苦土石灰』。あと『化成肥料』もパレットごと」
店員の目が点になった。
「ぜ、全部ですか!? 400袋以上ありますよ!?」
「トラック持ってきたんで大丈夫です。フォークリフトで積んでください」
「は、はい! 造園業者さんですか……?」
店員が慌ててインカムで応援を呼ぶ。
まあ、個人で買う量じゃないわな。
◇
数分後。
駐車場のトラックの横には、肥料の袋が山脈のように積み上げられていた。
一袋20キロから30キロ。総重量は数トンに及ぶ。
「よし、積むぞ。ザガン、いけるか?」
「お任せを! 筋トレには丁度いい重さです!」
ザガンが不敵に笑う。
彼は魔族特有の怪力で、肥料袋を両脇に3袋ずつ、さらに背中にも3袋、計9袋(約200キロ)を一度に担ぎ上げた。
「ふんぬっ!」
ドスッ! ドスッ!
軽々と荷台へ放り投げていく。
人間重機だ。フォークリフトより速い。
「(あ、あのゴツイ外国人……何者だ? 筋肉の密度がおかしい……)」
リフトの運転手がドン引きしている。
「ザガン、雑に積むな! 荷崩れするぞ!」
荷台の上では、レオナルドが袋を受け取り、テトリスのように隙間なく整列させていた。
「秩序こそが美! 1ミリのズレも許さん!」
几帳面な勇者の性格が、荷積み作業に遺憾なく発揮されている。
パワーのザガン、テクニックのレオナルド。
こいつら、いいコンビだな。
「よし、積み込み完了! ロープ掛けよし!」
満載になったトラックのサスペンションが沈み込む。
俺たちは再び運転席に乗り込んだ。
「急ぐぞ。向こうでエルフたちが腹を空かせて待ってる(ような顔をしてる)からな」
◇
再びゲートをくぐり、異世界へ。
灰色の荒野を、満載のトラックが爆走する。
「戻ってきたぞー」
世界樹の根元、エルフの集落跡地。
俺たちの帰りを待っていた長老やマギ婆さんが、トラックを見てどよめいた。
「おお! 戻られたぞ!」
「なんだあの巨大な箱舟は……!? 山のような荷物を積んでおる!」
俺は広場にトラックを停め、エンジンを切った。
運転席から降り、荷台の煽り(あおり)を開ける。
ガシャン!
その瞬間。
トラックの中から、強烈な「臭い」が解き放たれた。
「うっ、臭ぇ」
俺は鼻をつまんだ。
発酵した『牛糞堆肥』の臭いだ。
農業には欠かせないが、密閉された空間から出ると破壊力がすごい。
だが、エルフたちの反応は予想外だった。
「くんくん……」
長老が鼻をひくつかせ、目を見開いた。
「おおお……! なんと芳醇な! これは『生命の息吹』そのものではないか!」
「腐葉土と、獣の生命力が混ざり合った、濃厚な大地の香りじゃ……!」
マギ婆さんもウットリとしている。
死に絶えた無臭の荒野に住む彼らにとって、バクテリアと栄養に満ちた堆肥の臭いは、最高のアロマテラピーらしい。
「これほどの量の『神の土』を……! 我が里が三度は埋まる量じゃ!」
「ありがたや、ありがたや……!」
エルフたちが堆肥の山に向かって拝み始めた。
日本じゃ嫌がられる臭いも、所変われば信仰の対象か。
「よし、材料は揃ったな」
俺はトラックの横に停めてあったユンボへと歩み寄った。
肥料があるだけじゃダメだ。
カチカチに固まった地面を掘り返し、空気を含ませ、肥料を混ぜ込んで「生きた土」に変えなきゃならない。
「まずは土壌改良だ。『天地返し』を行う」
俺はユンボのキーを回した。
グオオオオン!
エンジンが唸り、アームが持ち上がる。
「派手に行くぞ。大地をひっくり返す!」




