第62話:エルフの生き残りへ、救援物資(カロリーメイト)を配給。〜ブロックタイプの『神の糧』〜
俺たちが近づくと、エルフの長老らしき老人が、震える顔を上げた。
その目に映ったのは――。
作業着を着て、顔半分を覆う白い「防塵マスク(排気弁付き)」を装着した、謎の集団。
マスクの弁が「カポッ、カポッ」と動くたびに、不気味な呼吸音がする。
「あ、あれは……『白き面の死神』か……?」
長老がガタガタと震え出した。
「ついに……我らを冥府へ迎えに来たか……。もう逃げられぬ……」
完全に誤解されている。
まあ、この格好じゃ無理もない。汚染処理班か、怪しいカルト教団にしか見えないだろう。
「やれやれ、人を死神扱いとは失礼な」
俺の隣で、マギ婆さんがマスクをずらした。
「安心せい。死神ではない。わしじゃ、マギじゃ」
「!? そ、その声は……!?」
長老が目を見開く。
「大賢者マギ様!? 数百年前に失踪したはずの……生きておられたのですか!?」
「うむ。異界で美味いものを食っておったら、少し若返ってな」
マギさんの生存確認で、ようやくエルフたちの警戒が解けた。
だが、安堵したせいで緊張の糸が切れたのか、数人がその場に倒れ込んでしまった。
「いかんな。限界じゃ」
「感動の再会は後だ。まずは腹を満たさないと」
俺はテキパキと指示を出した。
「みんな顔色が悪い。典型的な栄養失調と脱水症状だ。固形物いけるか?」
俺は軽トラの荷台から、黄色い箱の束を取り出した。
ドラッグストアで箱買いしておいた、日本のバランス栄養食の決定版。
『カロリーメイト(ブロック・フルーツ味)』。
手軽にエネルギー補給ができる、現場仕事の相棒だ。
「ほら、これ食え。よく噛んでな」
俺は箱を開け、中から銀色の袋を取り出して長老に渡した。
「こ、これは……?」
長老が銀色のパッケージを恐る恐る撫でる。
「銀の袋……? なんと薄く、強靭な……。『ミスリルの薄膜』で密封されているのか?」
「湿気ないためのアルミ包装だよ。ここから開けるんだ」
俺は別の袋をビリッと破いてみせた。
途端に、甘酸っぱいフルーツの香りが漂う。
中から現れたのは、黄色い長方形のブロック。
長老は震える手でそれを受け取り、口へと運んだ。
「……硬い。焼き菓子か?」
カリッ。サクサク……。
一口食べた瞬間。
長老の動きが止まった。
ドクン!!
乾いたスポンジが水を吸うように、老人の体に力がみなぎる。
「な、なんだこれは……!!」
長老が叫んだ。
「胃に落ちた瞬間、熱となり、力となって全身を駆け巡る! たった一口に、牛一頭分の生命力が凝縮されているようだ!」
「そりゃ高カロリー食だからな」
1本100キロカロリー。
飢餓状態の身体には、劇薬レベルのエネルギーチャージだ。
マギ婆さんが、パッケージの裏面を見ながら解説する。
「見よ、この裏面に記された微細な文字(成分表示)を。ビタミン、ミネラル、タンパク質……人間に必要な5大栄養素を、神の比率で配合したレシピが記されておる」
「神の比率……! これぞ、錬金術の極致たる『完全食』!」
エルフたちが拝みながらカロリーメイトを齧り始めた。
パサパサして口の中の水分を持っていかれるのが欠点だが、今の彼らにはそれすら「高密度の証」らしい。
「喉乾くだろ。水も飲め」
俺は続けて、ペットボトルの水を配った。
『い・ろ・は・す(500ml)』。
絞れるくらい柔らかい、軽量ボトルのやつだ。
「この容器……向こう側が透けて見える! 『水精霊の被膜』か!?」
「こんなに薄くて軽いのに、水が一滴も漏れない……! なんという加工技術!」
エルフたちは、キャップを開ける「パキッ」という音にすらビクついていたが、一口飲んでまた涙を流した。
「あぁ……! 味がしない……いや、雑味が一切ない!」
「泥の味も、苔の臭いもしない! これは純度100%の『H2O』……聖女の涙よりも清らかな水じゃ!」
日本の軟水は、泥水しか啜れなかった彼らにとって、究極の聖水だったようだ。
◇
数十分後。
カロリーメイトと水を摂取したエルフたちの顔色は、みるみる良くなっていた。
即効性がすごい。さすが「バランス栄養食」だ。
「救われた……。貴方様は救世主です……!」
長老が俺の足元にひれ伏す。
他のエルフたちも、俺(と黄色い箱)に向かって祈りを捧げている。
「礼はいいよ。余ってたやつだし」
俺は手を振った。
人助けをしたつもりはない。現場に入る前に、近隣住民に挨拶をしただけだ。
「それより、聞きたいことがある」
俺は荒野の彼方を指差した。
遥か遠くに、枯れ果てた巨木が霞んで見えている。
「あそこが『世界樹』か?」
「はい……。かつては世界を支える大樹でしたが、今はあのように朽ち果てて……」
「やっぱりか。この土地が死んでる原因(配管詰まり)はあそこにある」
俺は立ち上がった。
土壌改良をするにも、まずは元栓(世界樹)の状態を見なきゃ始まらない。
「行ってくるわ。ちょっと修理してくる」
俺が軽トラに向かおうとすると、長老が慌てて引き止めた。
「お待ちください! 世界樹には……今は近づいてはなりませぬ!」
「あそこには、古の『守護者』が……暴走して鎮座しております! 近づく者は、敵味方問わず雷で焼かれるのです!」
守護者?
ああ、なるほど。
「警備ロボットみたいなもんか?」
俺はヘルメットを被り直した。
「センサーがいかれてるんだろ。壊れてるなら修理するか、電源落とすだけだ」
神の雷だろうが何だろうが、電気なら扱い慣れている。
俺は電気工事士(二種)の資格も持っているからな。
「ザガン、レオナルド、行くぞ。アース線の準備しとけ」
「御意!」
俺たちは再び軽トラに乗り込み、アクセルを踏んだ。
目指すは世界の中心、枯れた世界樹の根元だ。




