第60話:魔王の腹に風穴を開けた。〜勝利の宴は、A5ランク魔王肉の焼肉で〜
ギャリギャリギャリギャリッ!!!!
シールドマシンのカッターフェイスが、魔王の絶対防御結界を削り取っていく。
推力最大。トルク最大。
俺はレバーを握る手に力を込めた。
「そこだ、抜けろッ!!」
ズボォォォォォォォォッ!!!!
重厚な振動が抜け、機体が軽くなる感触。
貫通した。
俺はモニターを確認した。
マシンの先端は、魔王の背中から完全に突き抜けている。
黒い巨体のど真ん中に、直径10メートルの真ん丸なトンネルが綺麗に開通していた。
「よし、貫通。これで風通しが良くなったな」
ポッカリと開いたその穴から、遮られていた太陽の光が差し込む。
それは、日本の夜明けを告げる光だった。
◇
『ば……馬鹿な……!』
魔王が、信じられないものを見るように自分の腹を見下ろした。
そこには、空が見えるほどの風穴が開いている。
核ごと、物理的に削り取られたのだ。
『我が核が……鉄の蟲に食い破られただと……!?』
巨体が維持できなくなる。
穴の縁から亀裂が走り、闇の身体が崩壊を始めた。
『人間よ……心せよ……』
魔王は、消えゆく意識の中で、最後の呪詛を吐こうとした。
『この世界(地球)と繋がっている限り……向こう側の腐敗が止まらぬ限り……第二、第三の我が生まれ……』
だが、その声は俺には届いていなかった。
まだマシンのエンジンを切っていなかったし、何より防音イヤーマフをつけたままだからだ。
「あ? なんか言ったか?」
俺はイヤーマフを少しずらし、大声で聞き返した。
「うるさくて聞こえん! もっとハキハキ喋れ!」
『…………』
魔王は虚しい顔をした(ように見えた)。
そして、ふっと力を抜き、黒い霧となって霧散した。
ザァァァァ……。
黒雲が晴れ、青空が戻ってくる。
世界を覆っていた絶望の闇は、トンネル工事によって物理的に撤去された。
◇
「ふぅ。作業終了」
俺はエンジンを切り、シールドマシンから降りた。
地面に立つと、仲間たちが駆け寄ってくる。
「社長! ご無事ですか!」
「見事じゃ……! 神の体に風穴を開けるとは!」
アリシアとマギ婆さんが興奮している。
俺はヘルメットを脱ぎ、タオルで汗を拭った。
「まあ、硬い岩盤だったよ」
俺は魔王が消滅した場所へと歩み寄った。
そこには、ドロップアイテムらしき巨大な物体が転がっていた。
「ん? なんだこれ」
赤身とサシ(脂)が美しいマーブル模様を描く、巨大な肉塊。
牛一頭分くらいある。
『鑑定します……。うわぁ、出ました。「魔王の霜降り肉」です』
たまちゃんが画面の中で涎を垂らしている。
『神の食材です! 一口食べればレベルがカンストし、不老の肉体を得ると言われる、幻の肉ですよ!』
「へぇ、いい肉落としたな」
俺はポンと手を打った。
ちょうど腹も減ってきたところだ。
「よし。戦勝祝いだ。焼肉にするぞ」
◇
数十分後。
佐伯家の庭には、香ばしい煙が充満していた。
「ジューーーッ……!」
U字溝(側溝のコンクリ)を並べた即席コンロの上で、分厚い肉が焼けている。
燃料は、イフリートから手に入れた「消えない炭」だ。火力は最強。
「タレは『黄金の味(中辛)』だ。さあ食え」
俺は焼けた肉をトングで配った。
「い、いただきます……!」
ザガンが震える手で肉を受け取る。
彼は元・魔王軍の幹部だ。かつての主君を食べることに抵抗がある……と思いきや。
「はむっ……」
「…………ッ!!」
ザガンの目から、大粒の涙が溢れ出した。
「う、うまい……! 口の中で脂が溶けていく……!」
「これが……陛下の味……! 全身に力が漲ってくる……!」
彼は空に向かって合掌した。
「陛下、あなたは最後まで我らの糧となってくださるのですね……! ご馳走様です!」
「いい供養だな」
レオナルドも肉を頬張る。
「魔王を食らう……これぞ聖餐! 力が……勇者の力が限界を超えていく!」
「わんわん!(おかわり!)」
ポチも夢中で食らいついている。
世界を救った直後に、庭で焼肉をつつくシュールな光景。
だが、これが佐伯工務店の日常だ。
◇
キキーッ!
そこへ、黒塗りの車列が滑り込んできた。
政府の役人たちだ。
車から転げ落ちるようにして、権田係長が走ってくる。
「さ、佐伯さん!!」
権田さんは俺の顔を見るなり、膝から崩れ落ちた。
「魔王反応が……消滅しました! 世界中のゲートも閉じていきます!」
「ああ、お疲れ様です。騒音の元は断ちましたよ」
「あなたは……! また、日本を……いや、世界を救ったんですね……!」
権田さんが男泣きしている。
ずっと胃を痛めていた中間管理職の重圧が、ようやく解けたのだろう。
「まあ、座ってくださいよ。役所の方も肉食います?」
「えっ、いいんですか? ……いただきます」
権田さんは肉を口に運び、さらに泣いた。
「うっ、うまい……! 荒れた胃壁に染み渡る……! 胃潰瘍が治っていくようだ……!」
「そりゃよかった」
こうして、世界の危機は去った。
……はずだった。
◇
宴の後。
片付けをしながら、マギ婆さんが真剣な顔で俺に話しかけてきた。
「主よ。魔王は倒したが……まだ終わってはいないぞ」
彼女は、裏山の奥にある大穴を指差した。
魔王はいなくなったが、そこからは依然として、淀んだ瘴気が漏れ出している。
「あの大穴の向こう……『異世界』そのものが腐っておるのじゃ。魔王はあくまで、世界が病んだ結果生まれた『症状』に過ぎん」
「大元の環境が改善されぬ限り、また新たな厄災が生まれ、こちらの世界に溢れ出してくるじゃろう」
なるほど。
俺は腕組みをして考えた。
「つまり、下水管が詰まって逆流してるみたいなもんか。ここで蓋をしても、また圧力がかかって爆発するってことだな」
現場監督として、施工不良を見過ごすわけにはいかない。
対症療法ではなく、根本治療が必要だ。
「……行くか」
俺は決断した。
「元栓を締め(直し)に」
『えっ? マスター? まさか……』
たまちゃんが目を見開く。
「出張工事だ。たま、『軽トラ』と『重機』の準備だ。向こうの世界(異世界)に行って、環境ごとリフォームしてやる」
俺はヘルメットを被り直した。
ここからが、本当の「魔改造」だ。




